4 魔法使いではないからな
まだら髪の女はドレスの裾を揺らしながら、京也の目の前で止まった。
血の気のない青白い肌と赤い目は、まさに吸血鬼のそれだ。
「悪い噂は何度も耳にしていたのよ。とても強い力を持つ者が潮煙に来たって。
どこから来たのかはよく分からなかったけど……あのニュースを見て確信したの」
合点がいったと言わんばかりに、明るい声を上げて笑う。
「まさか、竜人がこの町に来ているだなんて思わなかったわ~。
そんなこと、ちっとも分からなかったもの」
「来ちゃ悪いかよ?」
言いながら、彼は構える。
今月から会社の寮を借りて、潮煙で一人暮らしをする予定だった。
頼れる親戚もいなかったし、母も快く送り出してくれた。
まさか、一日にして何もかもが過去形になるとは思わなかった。
今更、気にしても仕方がないことだ。
「違うわよ、私はそんなことを言いたいわけじゃないの。
今の子にしては、度胸があるなって思っただけ。
普通なら、この町に来ようとは思わないもの~」
「生憎、何も知らなかったよ。夜の方が怖いんだってな?」
「それはどこも同じよ。
夜の世界は私たちの遊び場所だから、人間たちの場所ではないんだけどね~。
科学はどんどん進化して、夜も明るく過ごせるようになっちゃうし。
魔法だって簡単に取得できるようになっちゃって、もう踏んだり蹴ったりだわ~」
彼女は憂鬱そうにため息をついた。皮肉なことに、科学が発達していくと同時に、異形たちの住処も奪われているようだ。
「ところで、そちらのお二人は魔法使いではないようだけど、ずいぶんとうちの子たちを痛めつけてくれたみたいじゃない?」
「ワシらは魔法使いではないからな。
あくまで、科学で説明できる力を持っておるんじゃよ。
そういうお前さんは、吸血鬼にしてはずいぶんと醜い見た目をしておるのう?」
女の片眉がぴくりと動き、笑顔がひきつった。
まだら髪のことを自分でも気にしているようだ。
咳払いをひとつして、冷静に話を続ける。
「私はね、とある方の眷属になる予定だったの。
けれど、そのお方の力を私の体が拒んだせいで、未だ完全体にはなれていない。
中途半端に覚醒した私は、ファミリーから追放されてしまったの」
声高らかに、彼女は話す。
吸血鬼は人間に噛みついた際に、自分の魔力を体内に送り込む。
その魔力でもって人間を吸血鬼にし、眷属を増やす。
彼女もこの町にいる真祖の吸血鬼に噛まれ、同じ種族となるはずだった。
しかし、完全に吸血鬼になることはできず、人間の性質が残ってしまった。
髪が白と黒のまだら模様なのもそれが理由らしい。
「超能力者……あなたたちのこともよく聞いているわ~。
この町に住んでいる人間たちを守っているんですってね? 若いのにえらいわねえ」
小ばかにするように、ルードラを見る。
「噂をすれば、何とやらってよく言うじゃない?
ついさっき、あなたたちのことを聞いたばかりなの~」
ヴィヴィアンは数歩後ろに下がり、男たちが前に踊り出る。
彼らは彼女の支配下に置かれているただの操り人形だ。
路地裏で会った印象だと、ただのごろつきのように思えた。
「あなたに流れている気高き竜の血で、私は高みへ向かう。
白黒曖昧に反転する世界で眠るといいわ!」
男たちは武器を持って一斉に襲い掛かってきた。
自然と二人と背中合わせになる。
京也は吸血鬼を殴り倒し、二人は数秒先の未来を予測しながら、攻撃をかわす。
頭数が多いだけで、戦力にはなっていない。
戦闘能力はほとんど持っていないようだ。
ただ、後ろの二人を執拗に狙っているあたり、何となく目的が見えてきた。
「連中の狙いは俺だ。今すぐ逃げろ」
ルードラに耳打ちする。
超能力者の二人を先に倒し、京也を捕らえる算段なのだろう。
思えば、路地裏の時も彼を狙っていた。それだけ、竜の血が魅力的らしい。
「無理だよ! 君を置いてはいけない!」
ルードラは攻撃を避けながら、即答する。
「言ってる場合か! このままだとやられるかもしれないんだぞ!」
いくら殴り倒しても、男たちは起き上がる。
吸血鬼がこんなに頑丈だとは思わなかった。
一体一体が弱いとはいえ、体力に限界がある。
状況は圧倒的に不利だった。
幸い、ヴィヴィアンは何もしてこない。
今はスキを見て逃げ出すしかない。
「あらあら、美しい友情ね。
こんなセリフ、聞けるとは思わなかったわ~」
柔和な笑顔を崩さず、奥で観察している。
せめて、逃げる時間くらいは稼ぎたい。
「おい! まだら女!
こんな雑魚ども準備運動にもなりゃしねえぞ!」
奥のヴィヴィアンを煽る。一瞬、無表情になった。
まだらという単語を彼女は気に入らないらしい。
「挑発のつもりかしらね? いいじゃない、乗ってあげる。
それなら、とっておきを見せちゃおっかな~」
女が指を鳴らした途端、京也の目の前の世界が切り替わった。
それは、いつかの入社式だった。
黒のスーツに白のワイシャツ、無個性たちは緊張な表情を浮かべていた。
あの日、京也もその無個性になろうとしていた。それでよかったはずだった。
どうあがいても埋められない溝を抱えたまま、未来を生きるのか。
そのことに気づいた途端、目の前が真っ暗になった。
絶望感に抗うように、彼の体の底から何かが湧いてくる。
その流れに逆らえない。どれだけもがいても、押し戻される。
幻を見せられていることに気がついても、無駄だった。その力は止められない。
「一体何なの!」
ヴィヴィアンはあのニュースを特に調べていた。
どのような会場で誰が参加していたのか、家具の配置から生けられていた植物まで、あそこにあった物すべてを把握していた。
京也のトラウマであろうそのシーンを幻覚で再現し、彼を無力化するつもりだった。
それで終わるはずだった。
「こんなの、聞いてない……!」
そのシーンが引き金となって、竜の力が再び目覚めたらしい。
びりびりと空気を揺らす彼の声は、まさしく竜の咆哮だった。
男たちは彼女を置いて、逃げ出していく。
予想以上の力だ。竜の力がこれほどまでとは思わなかった。
ヴィヴィアンの口から自然と笑みがこぼれた。
しかし、今の彼の相手にして勝てるはずがない。彼女は闇夜に姿を消した。
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