3 血が欲しいの


京也が二人の店で働き始めて、三か月が経とうとしていた。

彼は裏方の仕事を任されていた。

主にパソコンによる在庫管理や買い付けの時の用心棒など、様々だ。


ルードラはインドから留学生で、将来はこちらで働くつもりでいるらしい。

異種族でごった返す潮煙、この町でできる何かを探しているようだ。

千里眼や未来予知と言った能力を活かしたいらしい。


自分と違って意識が高い。うらやましいものだ。


バハ爺は彼の保護者として一緒についてきて、大学に近い潮煙に住むことになった。

住居を探す際、日本にいる知り合いを頼ってたどり着いた先がカレー屋だった。


閉店寸前の知り合いの店をどうにか立て直して、生活費を稼ぐ手段にしていた。

その人はただの一般人で、京也のこともどうにか了承してくれた。


とりあえず、しばらくはどうにかなりそうだ。

あの二人には感謝してもしきれない。


母からの連絡は未だに来ない。入社式についても、何も言われていない。

気を遣う暇もないのか、あるいは、とうとう見限られたか。


いずれにせよ、干渉されないのは気楽でいい。

あの事件も徐々に風化され始め、メディアも別の話題で盛り上がっている。


ルードラの家系は元々、超能力を代々受け継いできており、その界隈ではかなり有名らしい。潮煙に潜む異形たちに襲われていないのも、その名前が浸透しているからだそうだ。


さすが、竜と直接対決した超能力者だ。

その名前は海を越えて、広まっている。


「夜の見回り?」


3か月が経った、ある夜のことだ。

二人は定期的に潮煙を巡回し、異形たちから住民を守っている。

京也を助けた時と同じように、少し遠くまで足を延ばすこともあるらしい。


「何か見えたのか?」


誘ってきたルードラの表情が少しだけ、曇っていた。

未来予知も安定して見えるわけではないらしく、ぼんやりとしているときもあるようだ。

その時は決まって、不安そうにしている。


今も見えない何かにおどおどしている。


「何かが起こるんだけど、その何かが分からない。

嫌な予感しかしないんだ」


「それなら、行かない方がいいんじゃないか?」


「けど、ここにいるよりかはいいと思う。原因は外にあると思うから」


「外?」


その原因を探るために、外出するつもりらしい。

何者かが待ち伏せしているということだろうか。


「この町って不思議な奴も多いんだけど、物騒な奴もたまにいたりするんだ」


「お主の血を狙っていたあの連中も、その部類じゃのう。

ワシらは街を見回って、人を助けてるんじゃ」


「何でそんなことを?」


「ま、店の営業妨害にならんように、ケジメをつけとるんじゃの。

領土は主張せんとなあ」


潮煙という町は眠らないことで知られている。

背の高いビルは怪物のように町を見下ろし、スクリーンに映される広告は夜の闇を飛び回る。あのギラギラした世界は誰かを眠らせるつもりはさらさらない。


繁華街は不夜城と呼ばれ、夜の間しか活動できない異形たちにとっての最高の遊び場所だ。彼らにとって、人間はただの獲物で、狩る対象でしかない。


あそこに一歩でも踏み込んでしまえば、生きては帰ってこられない。

だからといって、人間の警察が首を突っ込んだところで、どうにもならない。


警察を頼るくらいなら、専門のハンターを頼ったが早いとまで言われている。

国家公務員が役立たずになるのは、この町くらいだ。


「それでも、税金は払わなくちゃいけないんだよね。

せめて、化け物対策にもう少し力を入れてくれたらいいんだけど」


「他の町はどうなんだ?」


「どうだろうね、異形たちは各地にいると思うけど。

ここまでひどいのは潮煙くらいじゃないかな」


「うんにゃ、どこも似たり寄ったりじゃろ。

むしろ、専門のハンターが常駐しているだけマシかもしれんぞ」


なるほど、そういう見方もできる。

異形たちに注目しているのも、この町以外にないということでもある。


「あれだけ暴れたのに、ハンターは俺を狙ってこないんだな」


「その辺は、警察とうまいこと折り合いをつけてるんじゃろ。

連中のことは気にせんでもいいと思うぞ」


この前の事件は警察に任せているということだろうか。

探しに来ないハンターのことを考えていても仕方がない。


今は外にいると思われる何かを探しに行かなければならない。


「気をつけろよ。

あの事件から時間が経ったといっても、吸血鬼がいなくなったわけじゃない」


血に飢えている連中は、そこかしこにいるんじゃからの。

老人は声を落として、京也とルードラにそう忠告した。

偶然にも、その日も青白い満月が浮かんでいたのである。


漠然とした未来でも、嫌な予感は的中するものらしい。

中心にある公園で吸血鬼が大勢集まっていた。

虚ろな表情で中心にいる何かと話をしている。


全員が全員、赤い目を鋭く光らせている。


「あの女が吸血鬼どものリーダーってことか?」


三人は遊具の陰に隠れ、様子をうかがっていた。


中心にいたのは、中世ヨーロッパの貴族のような恰好をしている女だった。

派手なドレスにはこれでもかと装飾がつけられ、つばの広い羽根つきの帽子を身に着けていた。世界史の教科書から出てきたと言われても不思議ではなさそうだ。


しかし、女には教科書にないものがあった。

それは白と黒のまだら模様を描いている長い髪だ。


「あら? どうしてこんなところにいるのかしら?」


女は妙に間延びした声で、振り返った。


「そんなところにいないで、こちらにいらしてくださいな。

こんなに月が綺麗なんですもの、一緒にお話ししましょう?」


どうやら、こちらのことは分かっているらしい。

隠れていても無駄なようだ。三人は立ち上がり、姿を現した。


「初めまして、私はヴィヴィアンと申します。どうぞ、よろしくお願い致します」


彼女を取り巻いていた吸血鬼たちが道を開けた。

ヴィヴィアンはゆっくりと歩み寄る。


「アンタたち、こんなところで何してる?」


「この子たちから聞いたの。あなたが竜人なんですってね?」


会話が成り立っていない。

初対面の人と会話をしない習慣でもあるのだろうか。


「聞いていないかしら? 私、血が欲しいの」


彼女は口角を上げ、白い牙をのぞかせた。


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