7 お前が信じてくれるなら


変身を繰り返しているうちに、ただのバケモノになってしまうのではないか。

あの日の夜から、自分の変わり果てた姿が頭から離れなかった。


異常に伸びた爪、頭から生えた角、服の下からはうろこが現れたのが分かった。

両目が縦長に伸び、人間の目ではなくなっていくのを感じていた。


自分が人間じゃない何かに姿が変わっていく。

腹の底から湧き上がる力を止めることはできなかった。


人間たちとの間に常々感じていた、あの溝の中に落ちていくようだった。

京也と入れ替わるようにして、溝の中から何かが這い上がってくるのも感じた。

たまりにたまった怒りに似た何かだ。


それが自分の中に流れている竜だというのだろうか。

顔も知らない父の力があるというのだろうか。


気がついた時には、吸血鬼たちはどこかに消え去っていた。

驚いたようにこちらを見ている二人がいた。


彼の声はちゃんと届いていた。何度も、聞こえていた。

自分の名前を繰り返し呼んでいた。

その声のおかげで、現実世界に戻ってこられたのかもしれない。


現実を目にした途端、恐怖に襲われた。

だから、その場から逃げ出した。


あの橋の下で過ごした時間は地獄のようだった。

変わり果てた自分を何度も確認した。


ようやく、自分に流れている血の恐ろしさを自覚できた。

これだけの力を吸血鬼が欲しがるのも納得できた。

自分の能力だって封印するはずだ。


こんなバケモノ、いつ殺されてもおかしくない。

そう思うと、父も案外、恐怖に煽られた人間に倒されたのかもしれない。

橋の下の影はパニック状態から、徐々に回復させてくれた。


母は竜をどうやって見つけたのだろうか。少しだけそのルーツが気になった。

父のことは何も聞かされていない。とっくの昔に死んだこと以外、何も知らないのだ。

学校の授業で家族の思い出を取り上げられるたびに、ネタに困っていたのを思い出す。


その話題になると、彼はひとり取り残されていた。

特に、父親のこととなると何もできなかった。クラスメイトの視線が痛かった。

隠したい理由も分かるが、何か話してくれればよかったのに。


冷静になっていくと同時に、体の変化も静まっていった。

ただ、体の奥にある恐怖感は残ったままだった。


「あの時みたいに、自分じゃない何かに変わるんじゃないかって。

そんなことになったら、どうしようかって考えてた」


あの力は自分では止められない。

暴走してしまえば、「大丈夫」な状況では絶対なくなるはずだ。


「だから、あんな暗かったんだね」


「あの時のことを考えちゃいけないって思ったら、余計にな」


いくら意識から追いやっていても、気づけばそのことばかり考えてしまう。

目に見えない何かにずっと怯え、逃げていた。


「けど、そういうことじゃないんだろうな。お前の話を聞いてる限りだと。

すっかり忘れかけていたけど、あの姿も俺なんだよな」


暴走した竜の力をすぐに信じることはできそうにない。

あの姿を受け入れるまで、時間がかかることも確かだ。


「自分なりのペースでいいんだよ。怖かったのは僕も同じだったから」


変化していく自分に何度も恐れ、逃げたいと思ったのだろう。

そう思うと、ルードラの言葉に力強さを感じる。


「お前が信じてくれるなら、俺も自分のことを信じないとだめだな」


せめて、今の自分を受け入れられるくらいには前向きに信じたい。


「いろいろとありがとな」


「それじゃ、仲直りだね」


彼は右手を差し出し、京也は左手で握り返した。

とりあえず、あの姿に怯える必要はもうなさそうだった。




それからの日々は、何事もなく過ごせていた。

数週間が経ち、二人の仲も無事に戻った。


自分の影におびえることもなくなった。

信じてくれる人がいるだけで、勇気が湧いてくる。

子どもの頃の自分は知ることができなかった感情だ。


その日を境に、吸血鬼たちが襲ってくることも、ハンターが来ることもなかった。

あれだけ血を欲しがっていたというのに、何もしてこないのが不思議でならなかった。


京也の代わりが見つかったのだろうか。

それはそれで、犠牲となった誰かを哀れに思っていた。

しかし、そう簡単に問屋は卸さないのである。


「また、あの公園にいる。白黒の吸血鬼。仲間は前と同じくらいの数だけど」


ある日の夜、ルードラははっきりと断言した。

京也の作業の手が止まった。


ヴィヴィアンと名乗った女のことだろう。

吸血鬼の魔力を受け入れられず、中途半端に覚醒してしまったらしい。

白と黒のまだら模様の髪、派手なドレスは今も覚えている。


彼女がまた、京也を狙っているということだろうか。


「なかなかどうして、懲りん奴じゃのう」


老人は呆れたように言った。


「多分だけど、僕たちを待っているんだと思う」


それだけはっきり見えているのであれば、彼女は本当に公園にいるのだろう。

自分たちがそこを見回るとも限らないのに、わざわざ仲間を連れて来ているのだ。


彼女をそこまでさせるのは、何か確信があるのだろうか。

物量で攻めれば押し勝てると思ったか。

あるいは、また幻覚でも見せようというのか。


正直、力の差ははっきりしている。

京也がひとりになる時間に襲ってきてもおかしくはなかった。


まさか、厨房にあるスパイスで近寄れないとでも言うのだろうか。

それが一種の魔よけになっているのだろうか。


「前回は吸血鬼対策が甘かったからのう。今回は本気出していくぞい」


そう言いながら、老人は部屋の奥へ向かった。

そういった道具もこの一家は持っているのか。

いつのまに買い集めていたのだろうか。


「大丈夫? 怖くない?」


ルードラが不安げに顔を覗き込む。

ヴィヴィアンが見せた幻のことを言っているのだろう。

幻だと途中で気がついても、竜の力は止められなかった。


本当に恐ろしい能力だ。


「怖くないって言ったら、嘘になる。

けど、俺のことを信じるって言ってくれたからな。

俺も竜の自分を信じてみる」


同じものを見せられたら、竜が湧き上がってくるのは確かだろう。

そいつを受け入れられれば、それでいい。

今の自分にできることはそれくらいだ。


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