第8話 隠蔽は、好奇心を拡散させる

 中酷と癒着が疑われるWHOの発表とは異なり、パンデミックの恐怖が各国を席巻し始めていた。中酷人の入国禁止、いや、それはアジア人にまで広がりを見せていた。人々の心の奥に潜んでいた人種差別の牙が顕になり始めていた。明らかになっている情報では死者の多くは、中酷人かその者に関わった者に限られていた。憶測が流れる。中酷がアメリカや日本などに散布する目的で作られた新型ウイルスをアメリカが手に入れ、特に東洋人に蔓延するように改良されたものではないか、とか、米中の貿易戦争、5Gの覇権争いのための生物兵器戦争だとか、真偽を疑いたくなるような情報が好奇心を刺激的に掻き立てていた。

 白人至上主義者が少なくない欧米人には、東洋人の識別など出来ない。自分たちを脅かすニュースは、今まで燻っていた有色人種への差別意識が日に日に露呈していた。


 ムハメドは、暇を待て余していた。中酷の情勢が知りたい。早速、連絡用の電話で要望を伝えた。係りのエドワードが態々、来てくれた。強化ガラス越しの電話でのやり取り。まるで、日本の拘置所の面会の風景のように。


 「情報を知りたいんだって」

 「ああ、テレビで見る限り大変なことになっている、が詳細は分からない。そこで、ネットでのニュースを知りたい」

 「なぜだね?」

 「夢に魘されるんだ。無事、ここを出ても、そこは地獄のね。まるで、リアル・バイオハザードの中に放り込まれるような」

 「…OK。ネットで新型コロナウイルスのニュースを拾い上げてやるよ」

 「Thank you。出来るだけ詳細を知りたい。面倒を掛けるが真偽の是非は問わない、片っ端にお願いしたい。現地の者による投稿はより有難い。言語は問わない。ただ、記事は英文で願いたい」

 「知っての通りネットは使えないから、動画と記事をUSBに取り込み、毎朝、渡してやるとするか。それでいいか」

 「助かるよ、手間を掛けて済まない」

 「いいさ、じゃ、早速、第一弾を用意してやるとするか」

 「信じてるぜ、隠蔽のないことを」

 「何が隠蔽で、何が真実なんてわからないさ、自分で判断するんだな」


 それから小一時間もたっただろうか、エドワードがやってきた、ラップのかかっていないノートパソコンを片手に。それを食事を運び込むベルトコンベアに載せてくれた。このベルトコンベアは出るときは除菌室を通るが、入るときはそのまま運び込まれる仕組みになっていた。

 

 「存分に楽しむがいいさ。拾い上げていて、俺も興味を持ったよ。時間が許す限り、youtubeやネットニュースの記事を取り込んでやるよ。寝不足になっても知らないからな」

 「幸い、時間制約がないから好き勝手に楽しませて貰うよ」

 「明日からは、USBのみを差し入れるよ、好きに見てくれ」

 「済まないな、面倒を掛けて」

 「お前、日本人みたいだな。いちいち礼を言う何て」

 「大阪で暮らしていたゆえのカルチャーショックさ」

 「そうか、面白い記事も入れておいたよ。まぁ、楽しむんだな、じゃ」


 そこには夥しい動画と記事がダウンロードされていた。一体どうやってこんな短時間にこんなに集められたんだ、とムハメドはエドワードの手際の良さを頼もしく思った。なぜかその対応に親近感さへ覚えていた。真偽の程は多岐に渡る情報から想像するしかなかったが、辻褄の善し悪しで見当をつけていた。

 一方、エドワードも情報集に興味を掻き立てられていた。同僚に暇があれば動画や記事をダウンロードするように頼んでいた。同じものがあれば、スキップが表示される。そうしてまとめた物をエドワードはムハメドに渡していた。


 ニュースを見る限り中酷は映画で見たバイオハザードの様子を呈していた。ここにゾンビでも現れたら映画そのものだ。ゾンビではないが中酷人にとれば、マスクをしない無防備な者がそう見えているのに違いない。

 ムハメドが中酷で得ていた情報、いや噂では、コストパフォーマンスのいい生物兵器が2019年4月には完成していた。それの効力と効果的な使用方法を探るため、膨れ上がった人口を削減する。1億人粛清計画だった。高齢者問題は、中酷にとって深刻な問題だった。また、借金漬けで国家を支配する方法は、世界からの避難を受け始めていた。巨額を投じたが回収の見込みなどない、ましてや中酷化、完全支配下に置く計画も世界の目が厳しくなっていた。それに加え、5Gの覇権争いに勝ち、サイバー攻撃と言う最もコストパフォーマンスのいい支配権も、アメリカの強力な妨害によって進捗状況は芳しくなかった。そこに、日本のNECと最大手移動体通信事業者を展開する企業がタッグを組み、6Gを完成させた。

 EU離脱で混沌とする英国(UK)は、離脱後の国の運営への焦りか、明らかに出来ない裏があるのか、中酷が実質管理するフィーウエルとの提携を発表。UKの発表に驚き、怒りを顕にしたのは、アメリカだった。

 アメリカのドナルド・カード大統領は、大胆な発言と行動力で世界を何かと震撼させていた。SNSで自分の考え思いを伝える。それは、マスコミ、メディアが中酷の金に腐敗し真実を伝えない。良きことをしても報道されない。躓けば傷穴をこじ開けて批判に没頭する。だからこそSNSでぼやき、賛否両論を聞き分け、政権維持に役立つ事案の優先順位を決め行動していた。

 思いつき外交と揶揄されながらも間違いなく、世界の対応の動きは早くなっていた。一筋縄でいかないものは、強引にこじ開ける。身動きが取れないと判断すれば、さっさと見送る。このやり方に世界は、薄氷を踏む思いで対応を迫られていた。

 中酷はその手法にフェイクニュースを流すなど対処していたが埒が明かず、経済活動の頭打ちを余儀なくされていた。アメリカを失速させたい、その思いが生物兵器の使用を押し上げた。完成はさせた。実験的に使用を極秘に着手する段階になっていた。

 当初は、膨れ上がった高齢者の国民の粛清、天安門事件の再来を予期させるもの。次に候補に上がっていたのは、目障りな国への攻撃。貿易赤字と知的財産権の保護を理由に圧力を掛けるアメリカ、発展途上国への支援で争う日本。インフラへの投資、新幹線の導入。特に新幹線の案件では、横槍を入れ当該国の重要人物を賄賂で撃沈。玉虫色の契約で横取りするも工事は進まない。中酷にとっては工事を行うことでなく、日本の契約を封じること。その意味では、契約を取り付けた時点で任務は完了。工事など興味がない。相手が文句を言ってくれば借金漬けを盾に圧力を掛ける。事勿れ主義の日本が牙を剥き始めた。寝た子を起こした形に。発展途上国への締めつけは国際問題として取り上げられるまでになった。小国、日本が目敏くなって来ていた。

 そこで発生した香港の逃亡犯条例の改正案に対するデモ。容疑者を引き渡し協定の国に中国が含まれていた。これが通れば、香港での民衆の自由と人権がなくなってしまう。簡単に罪を吹っかけて捕まえられる、これは大変だと若者を中心にデモが起こった。似たようなデモが2014年に反政治デモ『雨傘運動』があった。一国二制度とは言え、香港の選挙には民衆の殆どが参加出来ずにいた。中酷に対して不平不満の声を上げれば、人知れず拘束され、自由が奪われる恐怖が民衆を突き動かした。

 中酷は、制圧に四苦八苦していた。各国の関心が集まり、中酷への批判が高まる中、香港の制圧が最優先の解決事項となっていた。

 天につばを吐けば、自らに及ぶ。ずさんな管理、いい加減な対応、環境汚染・衛生面の悪化、貧富の差による不満などに足元を掬われる。

 中酷科学学院武漢病毒研究所から流出した新型コロナウイルスは研究所のある武漢を中心に広がりを見せた。メッセージアプリ「微信(ウィーチャット)」に「武漢の人々がSARSに似たウイルスに感染しており、自分の病院でも患者が隔離されている」との投稿があった。それは「微信」で話題となり反響が拡販し始めた。

 中央政府は揉み消し、隠蔽に躍起。投稿者、その周辺の口止め。記事、アカウントの削除。鼬ごっこは、民衆にリードを許す。隠しきれなくなった中央政府は、過小報告を発表。病院で亡くなった者はカウントし、重傷者を病院外に放り出し、自宅などで亡くなった者はカウントしない。政府の都合を上回る数字になれば、原因不明の死として黙殺。小手先の数字合わせは、拡散の勢いに反比例し、信用度は落ちていく一方だった。

 自分本位の中酷人の性格を顧みれば、人民にも政府を批判する資格などなかった。香港に立ち寄った人民が、発熱した。その症状や渡航歴を隠蔽し、「万家宴」に参加。「万家宴」は、春節を祝う大宴会。1月18日に武漢で行われた春節の到来を祝い、各家庭が自慢の手料理を持ち寄って皆で食べるという中酷南部の伝統行事。4万世帯以上が参加した。この時、武漢市当局は41人の感染を発表し、人から人への感染は排除できないとしていた時期だった。しかし、宴会は予定通り行われた。この時期の開催を黙認した武漢市当局への批判は必死。結果、感染者はスーパー・スプレッダーとして確認されているだけで十数人に感染させた。当然、二次感染、三次感染、表に出てない保菌者を考えれば、ウイルス拡散として最悪な結果を招いていた。注目すべきは、国内で広がりを見せ始めたウイルスより感染率の高いウイルスを香港に立ち寄った者が持っていたことだ。

 政府は、外出にはマスクの着用を促すだけでなく、情報の拡散にも最高死刑を視野に入れた罰則を人民に告知する。それでも、危機感は人民に浸透しない。ここで、告知厳守の徹底を目的に刑執行の前例を作るのは容易だが、政府への不安が募る今、強硬手段は反政府の大義を設けるようなもので、表立って動けない状態だった。

 中酷の国家主席・秀劤弊は、武漢封鎖を余儀なくされ、封鎖は各地に広がった。住民は移動手段を失った。商業施設、工場、会社も閉鎖。その被害は、中酷だけに留まらず貿易国に甚大な被害を齎した。採算を土返して中酷依存の物資調達を見直す企業も出てきた。SARS、豚コレラ、今回の新型コロナウイルスなどが起こる確率は高く、好んで進出するに適しているとは思えないことを世界に知らしめる事態になっていた。

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