最終話 隠蔽は、曖昧を敵にも味方にもする。

 暇を持て余すムハメドは、会話に飢えていた。


 「エドワード、聞いていいか?」

 「何題、俺に答えられるものならね」

 「アルティアはどうしている」

 「彼女か?暇と体力を持て余しているよ、あっ、発病はしてない、今の処はね」

 「お願いがあるんだ、アルティアと話せないか、そこの電話で」

 「そうだな、考えておくよ、でも、」

 「分かっているさ、内容は盗聴されているってことだろ」

 「まぁな。それでもよかったら」

 

 エドワードは直ぐに動いてくれ、隔離室の電話が鳴った。


 「ハーイ、元気」

 「元気そうだな」

 「元気過ぎて、体力を持て余しているわ。あなたは?」

 「エドワードが便宜を図ってくれて、日本で得られる情報を毎朝調達してくれて、1日読みふけっているよ」

 「そうなんだ。私も似たようなものね。あっ、知ってる?アメリカのこと?」

 「何題?」

 「インフルエンザが猛威を振るっているって話」

 「いや、エドワードからの差し入れの中にはなかったような」

 「アメリカでは風邪なんて病気の内に入らないの。寒くなれば毎年のこと。でも、今年は様子が変なの?」

 「まさか…」

 「そう、私はそう思っている。日本と違って保険制度が円滑に動いているとは言えないわ。医療費が高くて病院へ気軽に掛かれないもの。心配なのは症状が似ているでしょ。今、中酷とはお世辞にも上手くいっているとは言えないわ。そもそも、私の任務も上層部が今回の事を懸念しての事だったのよ。だって、事が露見しても中酷がまともに当該のウイルスを提出するわけがないものね」

 「そうだろうな。私の国も似たようなものさ」

 「私たちが得たサンプルが役立っていればいいんだけど」

 「そうだな、結果は出ていないのか、それとも」

 「時間が掛かるわよ。半年で絞り込んで、あと半年で副作用などを確かめる、ざっと、一年ね。それに製薬会社の利権、金儲けの邪魔があるからね」

 「まずは製薬会社が金を儲ける、その後か」

 「そうね」

 「人の命を何だと思っているんだ」

 「お金よ。彼らにとって他人の命よりお金の方が重いのよ、覚えて置いて」

 「お偉いさんの頭の中は札束で出来ているのか」

 「資本主義ってそういうことでしょ」

 「くそっ」

 「共産主義よりもましよ。できもしないことを主義にする方が滑稽よ。中酷にしてもロシアにしても共産主義なんてなばかりで、金儲けに走っているじゃない。特に中酷なんて自国民が貧困に喘いでいてもほったらかしで、他の貧困国に湯水のように金をばらまいているじゃない、そもそも貧富の差がないのが共産主義のモットーでしょ。なのに現実は。農村戸籍(農業戸籍)と都市戸籍(非農業戸籍)。その逃げ道の様に用意されているのが団体戸籍。平等なんて絵空事よ」

 「確かに、インドも似たようなものさ」

 「そうね。そうそう、薬と言えば、アメリカの製薬会社ギリアド・サイエンシズが開発してきたエボラ出血熱の治療薬のレムデシビルの認可を急がさせているわ。日本の富士フィルが開発したアビガンに脅威を感じて。製薬会社が政治家にもっともらしい言い訳を用意して仕掛けているみたい、いつものことだけどね」

 「SARSの時もそんなのがあったな」

 「ええ、ごり押しとも言える認可後、出てきた薬は高額すぎて世界には広がらなかった。同じ轍を踏まないように学習しているんじゃない」

 「その学習って、金儲けのためにだろ。高くても手を出させるような」

 「そらそうよ、でなきゃ高級スーツを身に纏えないじゃない、弁護士が」

 「何のためにいい学校を出ているんだか」

 「あら、知らなかった。人を見下すためよ」

 「慈善とか良心とかないのかねぇ」

 「あら?そんなの試験にでたっけ。でなきゃ、進学校の先生は教えないわね」

 「どうかしてるぜ、この世界は」

 「あら、真っ当なことも言うのね。でも私たち、そんな彼らに雇われているんだけど。と、言うことは、私たちも彼らのお友達?」

 「考えたくもない」

 「じゃ、考えないで。与えられた仕事を熟す、それだけよ」

 「割り切りか?俺はこれまで考えもしなかったが、今回の件で生き方を変えたくなったよ」

 「あら、刑期満了で出所?いいえ、違うわね、司法取引で出所するのね。それなら、高級スーツを着た弁護士が必要ね、お金はあるの?」

 「また、金か」

 「それが、現実でしょ。そもそも司法取引のネタはあるの?あっ、あるか、スパイですものね。でも、容易い道じゃなさそうね」

 「でも、辞めたくなったよ、何のために命を賭けているのか…」

 「ムハメドに忠告するわ、その考えが整理できなきゃ、今すぐスパイなんて辞めることね。いざと言うときの判断力ができないから」

 「そうだな、考えてみるよ、暇を持て余すほど時間はあるからな」

 「そうね。考えればいいわ、私は考えないけど」

 「何故だい?」

 「何言っているのよ、こんなスリリングな仕事なんて他にある?ないわ。タイムカードや勤務表に支配されない仕事が他にあれば教えて欲しいわ」

 「保証もないけどね」

 「保証って言えば、ムハメド、ここを出られたらどうするの?」

 「確かに出入国禁止で母国には帰れないな」

 「じゃ、死ぬ?」

 「死ぬって?」

 「あなたは任務中に武漢ウイルスに感染して死んだ、そうする?それなら、簡単に出来るわよ。エドワードはあなたと接して人間的にいいやつだと言っていたから、手続きは簡単よ。アメリカ国籍を得て別人として新たな生き方を選ぶのも選択肢よ」

 「いいかもしれないな、そう決めた時は宜しく頼むよ」

 「わかったわ、任せておいて。ジョークじゃなくね」

 「ありがとう」


 ムハメドはアルティアと話して、もやもやしていた心の中の澱みが一掃されたように感じていた。


 翌朝、エドワードが書類を携えてムハメドの所にやってきた。


 「君はアメリカ人になりたいんだって。ほら、これに記入しなよ。手続きはこちらで行うよ。と言っても君たちの情報を流せとは言わない、まぁ、書類上はそうなっているかも知れないが、それは了承してくれ」

 「取引の条件は…って、俺はまだ何も決めていないぜ」

 「私のお節介に君は乗るさ」

 「何故だい」

 「君たちの立場で、自分の仕事に疑念を持った瞬間…」

 「もう、役に立たないって言うことか」

 「そうだ」

 「…」

 「もう、考えるな。野球選手が引退する時と同じだ。決断は早いほど、今後の人生の時間が増えるからな」

 「ああ」

 「ムハメド聞いてくれ。医療関係者は過酷な現場で頑張っていてくれる。しかし、彼らも人間さ。責任感が強ければ強いほど自己犠牲の道を突き進む自分に気づかない。そのストレスは誤った解放の手段しか教えない、そんな悲劇がニューヨークで起きた。君にはそうなって欲しくない。孤立せず、活路を見出すための努力や話し合うことが出来る環境作りが必要だ。君たちにはそれがない。なら、逃げるが勝ちだ。それは恥じる事ではない、後悔も生きていればのことさ。後悔だって、その後の生き方で何とでもなるさ。まぁ、数年も経てばいい思い出になってるさ、私はそう願っている」

 「なぜ、エドワードはまだ知らないことの多い私に優しくしてくれるんだ?

 「同じムジナってやつかな、まぁ、見えない敵と戦う中でのひとつの私なりの希望ってとこかな、君が、と言うより私がそうしたいんだ」

 「ありがとう」

 「なら、私を助けると思ってその書類に記入しておいてくれ。明日、受け取りに来るよ、それとインターネットを繋げておいたから自由に楽しんでくれ。ただ、ポルノをを観てもいいが君の趣味は記録に残るからほどほどにな」

 「ああ、わかった。ありがとう、エドワード」


 エドワードは別れ際、ムハメドの方に振り向くとウインクをしながら、手握り拳から親指を立て、笑顔で去って行った。



 レムデシビルは、ウイルスに対する効果を試験管内で行った実験で、新型コロナウイルスの増殖を抑える働きが高いことが確認された。ウイルス増殖への抑制効果は、アビガンを含むさまざまな抗ウイルス薬のなかで最も高いことが実験から判明している。これらの実験結果をもとに、日本も3月に国立国際医療研究センター(東京)がレムデシビルの臨床試験を開始。同センターで国際感染症センター長を務める大曲貴夫医師は、「標準薬がなく時間も限られる中で治験をするには、まずレムデシビルから医師主導治験をするのが筋だろう」と述べている。

 一方、日本発のアビガンにも期待が集まるのは仕方ない部分はあるが、検証の遅れは否めないでいた。研究現場ではレムデシビルのほうが優先して治験が行われているのが実情だ。ここにも、利権の争いの影が見え隠れしている。雁字搦めの法律にはいい面と悪い面が見え隠れする。

 タイでは、コロナウイルスの制圧に成功していると言ってもいい成果を出している。タイでは六種類の薬を使い分け成果を上げている。その中でもアビガンは安価で効果が得られており重宝されている。国民の命を最優先に考える場合、慎重論だけでは進捗状況に差が出る。命の重要性は分かる。急務にはリスクが生じる。それを解消するのが、いや言い方を変えれば責任を取るのが政府だ。助けられる命をリスクを承知で多く助ける。昔の火消しの考えだ。燃え広がるなら、燃え広がらないように建物を壊す。その被害より人命を救う。待っていても失われる命は同じだ。使う者の理解と承認の上でリスクに怯えつつも突き進む大胆な行動も時には必要だ。

 人生には多かれ少なかれ選択の時がある。意を決する。それは、良質な経験が必要だ。情報の選別は良質な経験の獲得に役立つ。情報の氾濫による被害の要因は無知であろう。物事には必ず裏がある、光あるところには影がある。鵜呑みは禁物だ。消化することが大事。消化するには考え方が必要。その考え方には制限を設けてはならない。既成概念は、目に見えたものの上に成り立っている。目に見えないところに改革のヒントが隠れている。ウイルスと言う見えない敵も可視化され何れは沈静化を迎えるだろう。その迎え方も死滅させるか上手く付き合うかによって、違う。塩梅、曖昧は程よく付き合うこと。そこに新たな道が開かれる。


 何れは、武漢ウイルスと上手く付き合う方法が常となるだろう。これからは、世界第三次大戦の口火を切るやも知れない戦いが世界を席捲する。

 アメリカは中酷の存在を疎ましく考えている。国民ではなく政治をだ。ひとの嫌がることをすれば、天に唾を吐くようなものだ。5Gの問題も絡めて、今回の責任を中酷に取らせようとするだろう。他国が注目しない世界機関にメスを入れる。15の世界機関の三分の一を支配し、その勢力を更に広めている。WHOも国連機関も同じだ。中立な判断が出来ないでいる。アメリカは共産主義でない民主主義であるG7で新たな国際機関を模索している。ミサイルが飛び交う戦争は最終手段。経済制裁、ネットの環境市場の闘争。世界はアメリカ寄りか中酷寄りかに分離される。アメリカはそれを視野に入れている。現在、武漢ウイルスの被害を中酷に取らせるべく動いている。関税の増額、移動の制限、共産圏からの移民への重圧等々。露骨なヘイトスピーチが日常になるだろう。この争いは、民主主義の経済大国と飴と鞭を駆使し、貧困な国を支配する大国との争いだ。

 良識では、抱えきれないペットを飼えば破綻する。破綻が伺えれば、掌を反すように救世主となる、それもまた世の常。見えない敵は、ウイルスから民主主義vs共産主義との戦いへ突入していく。喧嘩は、結束と破綻を生み出す。未来は、どちらを選ぶのだろうか。


 

 

 

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武漢(加油)・あかん(政府)・悪寒(対応) 龍玄 @amuro117ryugen

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