日本史好き必読!良質な歴史エンターテイメント

信長の足跡をエンタメ的に味付けしながらも、誠実に辿っていく物語です。また、主人公が現代から戦国時代という"異世界"に転生したという設定もあるため、歴史好きの人にはもちろん、歴史ものはなんだかとっつきにくいと思っている読者の方々に対しても、おすすめできる良質な作品となっています。

本作の主人公は、織田信長の末裔にあたる14歳の現代の少年です。ある日彼は雷に撃たれると、その拍子に彼の魂は戦国時代の織田信長の身体に入りこみます。
その時に、六天魔王なるものから告げられたのは、「織田信長として本能寺までを辿り着けば、元の世界に帰してもらえる」との内容でした。それから少年は元の世界へ帰るため、数人の仲間と資料『信長公記』を頼りに史実をなぞり始めます。

過去へのタイムリープ系の話ですと、現代最先端のツールや知識を使って無双する展開も多々見受けられますが、本作はそういった展開にはなりません。あくまで丹念に信長の足跡を辿っていくものです。しかしながらライトノベル風に味付けすることによって、嫌味のない作品として仕上がっているという点に作者の妙技が光ります。

歴史ミステリの要素もあります。
なぜ信長は感情の起伏が激しいのか?
なぜ平手政秀は自害したのか?
なぜ信長は尾張を統一できたのか?
なぜ信長は十倍もの戦力を有する今川に桶狭間で勝てたのか?
なぜ明智光秀は本能寺にて信長を討ったのか?
未だに各論ある日本史の謎の数々に独自の視点から切り込み、勇ましく解釈を与えていく痛快さは、ぜひみなさんに実際に味わっていただきたいところです。

戦の描写は、やはり信長の目線なので、どちらかというと指揮する立場から俯瞰的に眺めることが多くなります(例外の場合もありますが)。大迫力の戦の様子にも増して背筋が冷たくなるような要素は、主人公の心の変容ぶりです。信長として戦国の世に生きるうちに、元々の自分の価値観や人格が次第に塗り替えられていき、やがて他人の命に対して酷薄になっていく様には、どこか薄寒いまでの危うさを覚えずにはいられません。

令和少年"ぼく"の目的は、令和の病室に横たわる自分の身体へ意識を戻すことでした。 
信長が史実通り本能寺で死ねば、ぼくは令和の時代に帰れるというのが、六天魔王と交わした契約だったのです。
しかし物語の中盤以降、もう六天魔王と契約を交わしたころの令和少年はどこにもいないような気がします。
よしんば"ぼく"が本能寺まで辿り着き、無事にそこで殺され、精神を令和の元の肉体に再び宿すことができたとします。しかし果たしてそれは、彼が転生する前の元の状態に戻ったと言えるのでしょうか?
どのような結末を迎えるのか想像を膨らませつつ、そしてまた手に汗握る展開に期待しながら拝読させていただきます。

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