ぼくは信長である~十四歳の令和少年が、天文の戦国時代に転生しちゃった~

サトヒロ

第一幕 初陣から桶狭間まで

第一章 信長と五人の仲間たち

1 信長が死んじゃった。六天魔王かく語りき



 天文十六年(一五四七)五月、信長は今川の砦、吉良大浜を急襲した。

 元服をした翌年、十四歳の時である。

 八百の手勢で、二千を超す百戦錬磨の今川勢を相手にする。初陣にしては、無茶苦茶な挑戦だった。宿老の平手政秀、林通勝らの反対を押し切っての出陣だった。 

 この作戦、奇襲のつもりだったが、実のところ今川側に漏れており、天王の森で逆襲されてしまったのだ。押されに押され、退却することとなった。追撃の手を逃れるため、織田軍は近くの村々に火を放った。

 信長は数騎のお供と共に、敗走することとなってしまった。



 令和二年五月末、中学三年生のぼく織田信人は、信長研究会の仲間と、那古野城址を見学してから碧南市天王寺に行き、吉良大浜の地形、風土を調べてから、信長が退却したといわれる道筋を歩いていた。

 遠雷が聞こえた。雨粒がぽつりぽつりと落ちてくる。

 ぼくは仲間たちに木陰で雨宿りすることを提案した。腰を落とし信長関連の資料の入ったショルダーバックを肩から外す。



 信長は森の中に身を潜め、今川の追っ手をやり過ごした。数百の兵を失った。今、彼と共にいるのは、もり役の平手政秀と二人の若い兵だけだった。信長は軍馬を追い放ち、戦装束を脱ぎ捨てていた。

 西の空から入道雲が沸き上がってくる。ぽつりぽつりと雨粒が落ちてくる。遠雷が鳴った。目の前を数百の今川の騎兵が通り過ぎていく。


 信長は森の中から林縁に出て、今川の騎馬軍を見送った。

 その時、天空を光がギザギザと走った。

 次の瞬間、その光の刃が、信長の体を貫いた。



 ぼくは立ち上がって、空を見上げた。西の空に青い雲の切れ間が見えた。

 ショルダーバックを襷掛けにした時、天空に光のギザギザが流れた。次の瞬間、ぼくはその光の刃に打ちのめされていた。



 ぼくはベッドに横たわっていた。口には人工呼吸器を咥えている。点滴セットが見え、チュウブが左腕に垂れ下がっている。

 上空から、ぼくに手を差し伸べている者がいた。その者は宙に浮き、白衣を纏っている。ぼくに手を差し伸べるように促している。ぼくは右手をその者に向かってあげた。その者は僕の右手を掴み引き上げた。ぼくの魂は肉体から抜け出し、宙に浮いた。

 自分の体を見下ろす。

 これが幽体離脱。ぼくは死んだのか。


「仏様」呻き声が聞こえた。

「他化自在天のものでございます」

「六天魔王であるか」

「そのように呼ばれておりますが、仏の教えに帰依するものであります」

「欲望の魔ものに用はない」

「仏様、先ほど、織田信長が天に召されました。天文と令和の間の時空に歪みが生じております。この歪みを正さなければ、仏教界に亀裂が起こります」

「それが天の摂理であるならば、いかしかたあるまい」

「今天に召されようとしている者は、信長の末裔の者であります。時空の歪みを正すためには、その者の魂を信長の亡骸に入れるしか方法がありません。その者の手をお放しくだされ」


 ぼくの目の前に六天魔王が現れた。ぼくの左手を握り締める。

「もし、この者が本能寺まで生き延び、明智光秀に討たれれば、仏教界は安泰となりましょう」

「本能寺まで生き延びて、信長が光秀に殺された時には、その者を天に召してよいのだな」

「仏様、これからこの少年の歩む道は修羅の道でございます。生き延びても、死んでしまっても、天に召すというのは、仏様としては、あまりにも無慈悲ではありませぬか」

「……いかしかたない。よかろう。本能寺で明智光秀に、めでたく殺されたなら、その労に報いて、天に召すのをあきらめよう」


 仏様は消えて無くなった。

 ぼくは六天魔王に抱かれている。ぼくの顔を覗き込んだ。黑いフードの中に青白い顔が燃えている。赤い二つの目玉がぎらぎら輝いている。

「小僧、聞いていたな。おまえは、今から信長になる。死にたくなければ、生き続けるのだ。承知したならば、瞬きをせよ」

 死にたくない。

 ぼくは瞬きをした。


「おまえが持っている信長の資料を、天文に届けよう。おまえを助け支える者たちを授ける。イヌ、サル、ウシ、ハチ、チョウの五名だ。この者たちに、ことの次第を伝えておこう。この者たちと相談し、うまく使って生き延びるのだ。承知したなら瞬きせよ」

 ぼくは瞬きする。


「いいか小僧、本能寺で明智光秀に殺されるまで、令和のおまえに戻れないのだ。もしそれまでに信長が再び死んでしまったら、おまえも死んでしまう。分かったか。承知したなら瞬きせよ」

 ぼくは瞬きした。



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