1-8 ランナーズダイ:症例1 長谷エラッタ

絶はいっそう顔色を悪くしたまま、自分で作った朝食に手をつけないでいる。

その原因が自分にあることを理解しながら、塀人はかまわず話を続ける。

「柳田通達と弓削夕餉は、4キロ先で保護されました」

「……弓削ってひと、無事だったの」

「無事でしたよ。下半身と命は」

 塀人はゆで卵の黄身を潰し、ベーコンに絡め、口へ運ぶ。

 絶が口を押えた。粘性の液体に塗れた肉から弓削を想像したのだろう。

「弓削が迂闊だったんですよ。あえて無礼な態度をとったんですから」

 もちろん塀人は知っていた。

柳田の引き金は『ポケットに手を入れる仕草』

 引き起こす暴力は『対象者を体力の続くかぎり引き摺る』

「まあ、自業自得でしょう」

「ねえ塀人、あなたなんで満足そうなの」

「満足?」

「結局、あなたは全員傷つけただけじゃない。長谷さんも、柳田さんも、弓削さんも。あなたは、カウンセラーでしょう。どうして平然としていられるの」

紙のような顔色の姉は、檻の向こうから懸命に問いかける。

塀人はナイフとフォークを置き、指折り数えて見せる

「まず私は、長谷さんの依頼は達成しました。『初めて嗅いだ匂い』が原因だと突き止めたわけですからね。次に、柳田の件は事故です。たまたま私を尾けてきた彼を、たまたま弓削が刺激しただけです。彼は罪に問われません」

「それはあなたが仕向けたからでしょう」

「……弓削は他人を兵器にして人を傷つけた。だから同じような目にあった」

 ぞっとするほど低い声で塀人はつぶやき、立ち上がった。

 絶えは、ひっ、と声を漏らし、檻の中で小さく体を丸める。

 檻を覗き込んだ塀人は、怯え切った姉に向かい、口角を上げて見せた。

「という話を見た気がしますよ。どこかのSNSの書き込みで」

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マインドマインド 佐賀砂 有信 @DJnedoko

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