プロキシマ・ケンタウリからきたオウムアムアがヒューメイリアンのパンスペルミアだったらどうする?
鴨志田千紘
プロキシマ・ケンタウリからきたオウムアムアがヒューメイリアンのパンスペルミアだったらどうする?
「ごめん。もう一回言って?」
二人きりの放課後の教室。留学生のドロシーの言葉で頭が真っ白になった。
彼女の言葉がわからないのは今に始まったことじゃない。たまに出る母国の言葉はわからない。けど、これはわかるけどわからなかった言葉だ。
澄んだ茜色の瞳が僕を捕らえて離さない。ブロンドの髪はつゆも揺れない。真剣だ。
「だからプロキシマ・ケンタウリからきたオウムアムアがヒューメイリアンのパンスペルミアだったらどうする? って言ったノ。セイヤなら意味、わかるでショ?」
「待って。ツッコミが追いつかない」
僕は宇宙が好きだ。未知の領域を科学で解き明かされることに胸が躍る。
しかし悲しいことに、宇宙や未知の領域の話へ関心を持つとどうしてもUFOや宇宙人などの都市伝説が目についてしまう。
だから彼女の喋っていた横文字の意味だけはわかる。意味がわかっても腑に落ちない。僕は証拠がないものをを疑ってかかるタイプの人間だからだ。
「まず大前提としてオウムアムアは宇宙船だってことか? オウムアムアは天然のものだって説もあるんだぞ」
「うん、そう。あれは宇宙船ダヨ」
「その前提を信じろって言うのか……まあいいや」
オウムアムアは太陽系外からきた恒星間天体だ。葉巻型という特長的な形に彗星とは異なる動きをしたことから「オウムアムアは宇宙船で、岩で偽装しているのではないか?」とまことしやかに囁かれている。
もちろん囁いているのは都市伝説オタクが多く、反論もある。だがドロシーの仮説ではオウムアムアは宇宙船ということらしい。それが太陽系に最も近い恒星——プロキシマ・ケンタウリからきたのだ。
「で、次だ。パンスペルミアってことは地球に外宇宙の動植物の種を撒こうってことなのか? その使者がオウムアムア?」
「うん」
「ヒューメイリアンって人間とのハーフだろ? 外宇宙にはすでにヒューメイリアンがいるのか?」
「そうダヨ」
「どんな発想だよ……」
はっとため息が漏れてしまう。
彼女の仮説を噛み砕いて言うと『偽装小惑星船オウムアムアに乗った人とのハーフの宇宙人が地球に種を撒こうとしている』ということになる。
突飛ではあるがこのような仮説は都市伝説界隈では日常茶飯事だ。今さら驚くようなことでもない。
「けど、どれも証拠がないじゃないか。オウムアムアがどこからきたか判明したらしいけど、プロキシマ・ケンタウリだと特定はされていない。面白い話だけど情報ソースがないんじゃありふれた妄想都市伝説だ」
彼女の仮説を鼻で笑って一蹴する。ドロシーは不満げに頬を膨らませていた。
「それはそうだケド!!」
「信じて欲しければ確かな証拠の一つや二つは欲しいね」
ドロシーはいつもそうだ。僕と話がしたいからか都市伝説の話ばかり振ってくる。休み時間も昼飯を食べている時も……挙げ句授業中でさえ隣の席から話しかけてくるのだ。僕が確証のない話を信じない人間だと知っているのにもかかわらず。
その度にこうやって「証拠を出せ」と反論した。それでもデタラメな話は尽きず、ついには混乱させるような横文字を羅列しただけの仮説を話してきたわけだ。一体僕が君になにをしたっていうんだ。
「情報ソースは……ワタシ」
「は? ワタシ?」
耳を疑い、おうむ返ししてしまう。ワタシ? ワタシって私か?
「私が……私が地球に遣わされたヒューメイリアンなんだ」
「君が宇宙人だって……言うのか? 冗談だろ」
ドロシーがかぶりを振った。紅の宝玉は射抜くように覗いている。
意表をついた告白で脳の回転が静止しそうになるが、僕は違和感に気づく。
——あれ? なんで今日だけ目が赤いんだ?
ドロシーは典型的な白人で、金髪碧眼だ。しかし今日の瞳は蠱惑的な赤。
朝、カラーコンタクトかと思って尋ねたことを思い出す。あの時ドロシーは「え、あ、うん! そ、そうなノ」と誤魔化すように言葉を澱ませていた。
——ヒューメイリアンだから? 逆に普段がカラコンだったのか?
宇宙人には妙に色気があり、美しい者がいると聞く。ドロシーが見目麗しく、紅い目をしているのに説明がつく。星が瞬くように煌びやかで長い髪ももしかしたらそうなのかもしれない。
「いやいや待て待て、落ち着け僕。美しいのは確かノルディックタイプの宇宙人って話だろ? いやヒューメイリアンだから美しい人間の姿なのか。ああ!! なんなんだよ、もう!!」
独り言が思わず絶叫に変わってしまう。思考を巡らせ過ぎて頭がショートしそうだ。
「セイヤ、ワタシのことキレイだって思っててくれてたんだネ。嬉シイ!」
「違う! これは客観的な証拠だ!! みんな君のことは美人だって褒め
このまま彼女のペースにさせるのは危険だ。ドロシーは僕をからかっているんだ。そうだ、そうに違いない。なんとかして論破して冗談だと証明しなければ。
「そもそもヒューメイリアンがなんで外からくるんだよ!? すでに人間とのハイブリッドが外宇宙で繁栄しているって言うのか!」
「人類が地球固有の種だと思う?」
「な……!?」
まさか人類そのものもパンスペルミアだって言うのか。人が外宇宙からきてパンスペルミアしたならそのハイブリッドである上位種ヒューメイリアンがパンスペルミアしてもおかしくはない。つまり人間の地球での繁栄はパンスペルミアの結果であり、さらにより強い者がパンスペルミアしてパンスペルミアするのか。
「それにすでに地球人類の遺伝子はサンプリングされていて配合することで環境適応を図っているんだよ」
「デタラメだ! 妄想甚だしい!! 非科学的だ!!」
「この星の科学力じゃわからないことだってあるの。けど私は知ってる」
「ヒューメイリアンだから?」
「ヒューメイリアンだから」
「マジカヨ」
僕の発音がおかしくなる。そしていつの間にか彼女の言葉は耳心地がいいほど流暢な日本語になっているような……
ステレオタイプな漫画の外国人キャラみたいな話し方をしていたのもそういうことだったのか。外国人留学生としてのキャラ作りだったんだ。
「じゃあドロシーっていうのも偽名なのか? 留学生を装うための」
「私の本名は……そうね、この星の言葉っぽく発音するならパンスコ・ピテーラ・ポリノーク・ペデプッチ……かな?」
「僕をからかってるだろ!? 絶対からかってるだろ!? 一〇〇パーからかってるだろ!?」
思わずド突いてツッコミを入れたくなる。
なんだそのポンポコピーノポンポコナーノみたいな名前は。どう考えたって今テキトーに考えただろ。
「ワタシは本気! じゃなきゃこんなこと言えないヨ! 本気でセイヤに言おうとしてるノ!」
しかし彼女は引き下がらない。真剣でひたむきで本気で。瞳には確固たる意志が宿っていた。嘘ついている人間の表情にはとても見えなかった。
「じゃあなんで……なんでこんなこと僕に打ち明けたんだよ。『プロキシマ・ケンタウリからきたオウムアムアがヒューメイリアンのパンスペルミアだったら』なんて」
「誰かに知って欲しかった。けど……ほかの人に言ったってなに言ってるのか理解できないもの。『ドロシーが狂った!』としか思わないよ」
「まあ、それは確かに」
聴き慣れぬ意味不明なカタカナの羅列。果たしてここまでの話を正確に把握できる人間はどれだけいるのだろうか。皮肉なことに信じてない僕だけはわかってしまう。
「それに……それにね。最後に私の……本心を伝えたかった」
「最後……? 最後ってなんだよ」
「私の任務は終わったの。だから、星に帰らないといけない」
怪気炎を上げて喋っていた彼女が急に俯き、しおらしくなる。なにか大事なことを話すのを躊躇っている感じ。
「嘘だろ……? なあ、嘘だって言ってくれよ!」
「聞いてセイヤ! ワタシはトモダチだったあなたに本当のことを知って欲しいノ。ワタシの気持ち」
——私の気持ち。
そう言われてしまったら口を噤まざるを得ない。僕は二の句を待つ。
「本当は地球人との接触は最低限に止めなきゃいけないけど……言うね。ワタシ、セイヤが好きダッタ……! 多分……初恋だった」
「え……? ドロシーが僕のことを? 嘘だろ」
「嘘なんかじゃないヨ。セイヤは嫌だったかもしれないけど……ワタシがオカルトとかUFOとか宇宙人の話してたのはセイヤといっぱい話したかったカラ。ワタシができる話ってそれしかないシ。理解してくれるのセイヤだけだシ」
——ああ、そうか。僕は彼女にとって唯一の理解者だったのか。
自分と同じ世界を共有できない苦しみはよくわかる。突出した知識量に誰も追いつけず、誰にも打ち明けられない。挙げ句一人の世界に閉じこもり、心の中でどんどん話したいことが溜まっていく。僕にとっての宇宙の話がそうだった。
思えば宇宙の話をする相手はいつも彼女だった。ドロシーとの話はデタラメな方向に脱線してばかりだったけど、それもちゃんとした会話だ。
都市伝説やオカルトと宇宙論。全く違うような話に見えて、実は近しいものだったのかもしれない。なによりドロシーと話すことを嫌だと思ったことは一度もない。テキトーにあしらうこともあったけど、それはそれで楽しかった。
けれどそんな楽しい日々も今日でおしまい。
「僕も……僕もだ!」
口から本心が溢れる。最後だからこそ素直にならなきゃ。最後なら口にするしかないじゃないか……!
僕にとってもかけがえのない存在だったんだ。さっきは照れ臭くて誤魔化したけど、ドロシーは美人だ。こんな女の子がカノジョだったらって……心底から思っていたんだ。
外国人だとかヒューメイリアンだとか、人種なんて関係ない。美しいものは美しい。好きなものは好き。証拠や確証は主観的な自分の感性でいい。
「ありがとうセイヤ。何光年先にいっても私のこと忘れないでね」
不意にドロシーの顔が近づいてくる。僕は抵抗できず、されるがまま。
唇と唇が触れ合う。キスをしている。僕は今、ヒューメイリアンとキスをしているんだ。
そして……お互いに離れる。光が過ぎるような一瞬のできごと。けれど確かにこの瞬間、僕らは繋がった。
「体液サンプル貰っちゃった」
教室に艶かしく言葉が鳴りはためく。耳を疑うような驚愕の一言。
ドロシーは笑っていた。邪悪さを微塵も感じさせない笑顔のはずなのに、背筋がぞわりと……見えないなにかに撫でられたような錯覚を覚える。言葉が出ない。
「セイヤ……じゃあネ。ワタシもあなたのこと、絶対忘れないと思う。絶対ネ!」
「お、おい!!」
そうして彼女はオウムアムアのように去っていく。教室に一人取り残された僕は呆然とドアを眺めることしかできなかった。
まさかサンプルを取るための芝居だったとは。あまりにも迫真で、思わず彼女のペースに流されてしまったようだ。一杯食わされてしまったな。
「僕のせいで地球が全滅……なんてことはないよな? あくまでサンプルだったわけだし……ってだいぶ彼女に染められちゃったな、僕」
肩を竦めて自分自身に呆れ返る。いつの間にか彼女を信じたいと思うようになってしまったらしい。きっとそれは惚れてしまった時点から決まっていた運命なのだろう。
「まあでも……宇宙人を信じるのも悪くないかもな」
そう独り言ちて、僕も教室を後にした。
気づかないうちに、僕も心のどこかで都市伝説やオカルト話に惹かれていたのだろう。じゃなきゃ単語を覚えているわけがない。
否定し続けたのはきっと……素直になれなかっただけ。そう、素直になれなかっただけなんだ。
…………だがしかしである。翌日、僕の世界は変わっていた。
登校した時、その違和感に気づいた。男子は僕を目の敵にし、女子はなぜか楽しげに声を上げている。
「ハロー、マイダーリン」
気さくに声をかけてくるのは紛れもなく彼女——そう、ドロシーである。金髪碧眼の少女はまるで昨日なにもなかったかのように平然と教室にいた。
いや……なにもなかったことはない。なぜなら今、彼女は僕を「マイダーリン」と呼んだ。
昨日のできごとの全てが星座を描くように線で繋がる。あの告白だけは本当のことだったのだ。それ以外は全て……
「信じた僕がバカだったよっ!!」
「待ってヨ、セイヤ! ごめんッテ!! 素直になって欲しかっただけなノー!!」
顔を真っ赤にして、僕は着いたばかりの教室から逃げていく。けれど清々しいのはなぜだろう。安心しているのはなぜだろう。
ああ、今日も地球は平和です。
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