第七夜 お買いもの

「ミコトくん、何か美味おいしいものを探しに行こうか?」


 アキラは毎日、午后ごごにミコトを訪ねていた。昼食が決まって手付かずで放置されている。気掛かりだ。


此処ここの売店、一度、行ってみたかったんだ。一緒に、どう?」

 と、ミコトを案じたアキラの提案。

 肺炎ならば特に積極的に、栄養をつけるべきだ。


「僕を連れ出してくれるの?」


 ミコトの言い回しは少し滑稽だったが、病室から連れ出すという意味では正しい。アキラが頷くと、ミコトはフランネルの寝衣パジャマの上に、丈の長い生成色きなりいろのカーディガンを着込む。アキラは寝衣の上に、入院する際にまとって来た焦げ茶色の長い外套コートを羽織った。


「お出掛けだよ。僕、とても楽しい」

「散歩は楽しいよね。退院したら、もっと遠くへ、楽しいところへ、行けるよ」


 ふたりは手をつないで売店へ向かった。磨き抜かれた白い廊下に、蛍光灯の白色を受けた影が、ふたりぶん並んでいる。


「アキラさんは背が高いんだね。どうしたら、そんなに大きくなれる?」


 百五十センチ未満のミコトが、百八十センチ以上のアキラを見上げて問うた。


「よく眠って、普通に食べることかな」

「僕は薔薇から生まれたんだ。そんな僕でも大きくなれる?」


 女医の言葉どおりだ。ミコトは薔薇から生まれたと言い張っている。アキラは辿たどり着いた売店で、贈答用の菓子や果実を眺めて語る。


「薔薇にも水と肥料を与えてあげないと育たないだろう? ミコトくんも、そうだよ。この林檎は艶やかだ。薔薇の花片はなびらの形の菓子も、なんて綺麗だろう」


 アキラと繋いでいた指をほどいて、ミコトはつややかな林檎を手にした。両の掌で抱かえて、茎から放たれる甘やかな芳香を味わう。その仕草が絵になる。


 アキラは、一珠ひとつの大きな林檎と、薔薇をかたどった洋菓子の詰め合わせを買った。


 病室に戻る途中、

咽喉のどが渇いたよ」

 と、ミコトが自動販売機を指差して言った。

 ミコトの指は、薔薇色のストレートティーのペットボトルを示す。加糖の清涼飲料水を二本、買い求め、ふたりは休憩所の椅子に並んで腰を掛けた。


 アキラに買ってもらった紅茶を、ミコトは本当に美味おいしそうに飲んだ。ミコトの頬も空も、紅茶と同じ色味に染まっていた。肺炎は、夕刻から夜半にかけて症状が重くなる。アキラも僅かだが、差す熱と気怠けだるさを感じ始めた。


「帰ろうか」


 ふたりは各々の寝台に戻った。果実と菓子はミコトのサイドテーブルに置かれて、切り取られた楽園の絵のようにきらめいている。



   第八夜『お遊び』に続く

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