第八夜 お遊び

 翌日も、アキラは午后ごごにミコトを訪ねた。昨日と同じように斜めに角度を付けた寝台に、病室の入り口に後ろ姿を向けて、横向きに眠っている。後ろ髪が真っ直ぐに揃えられていた。アキラは、遮る髪の無い細いくびに触れる。


「やぁ、今日は、どう?」


 声を掛ける前に確かめれば良かった。ミコトは眠っている。午后の早い時間だと言うのに、アキラの指に伝わる熱が痛い。昨日、売店へ連れ出したのが不可いけなかったのか。果実と菓子は手付かずのまま、サイドテーブルに行儀よく並んでいる。


「アキラさん?」


 ベッドサイドに訪れたアキラの気配を、ミコトは察した。長いまつげが震える。双眸ひとみは大きく見開く。前髪は形の良い眉の辺りで、やはり真っ直ぐに切られており、その容貌かおはアキラの目に、ますます人形めいて映った。


「ミコトくん、大丈夫かい? 昨日、無理をさせただろうか」


 そんなことないよ、と力なくくびを振り、ミコトは、ゆっくりと上体を起こす。

 そして猫がするような小さい、ごく小さい音の、くしゃみをする。


くびが寒い。長いと邪魔だからって、切られちゃったんだ、髪」


 真実に寒そうな様子で目を伏せる。


「誰に?」

「お……かあさん」


 ミコトは「おかあさん」と、ぎこちなく言った。


「そう。でも、とても綺麗だよ。薔薇も蔓を剪定するだろう。そして、また、すぐに伸びるよ」


 少年のぎこちなさには気付かない振りをして、アキラは話した。

 薔薇から生まれた。そんな幻想が、しっくりとくる美しいミコトを前に、アキラは林檎を手に取る。


「皮をいてあげる。林檎が薔薇科だということ、知っていた? ミコトくんに、ぴったりだね。ナイフは何処どこかな?」


「分からない。たぶん、この部屋にはナイフなんて無いよ」


 ミコトの答えを受けて、アキラは売店で簡素な果物ナイフとまないたを求めた。

 買ったばかりの小型ナイフで、林檎の皮を剝き始める。するすると一本の螺旋が出来上がっていく。



   第九夜『おままごと』に続く

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