第九夜 おままごと

「器用だね」


 再び横たわったミコトが、枕許まくらもとで林檎の皮をくアキラの手付きを褒めた。


「これは観賞用じゃない。食べてもらいたかったんだよ。なのに、つくづく僕は気が利かないね。今度はピックを忘れた。僕の指からで、ごめんよ」


 淡い、いちょう切りの林檎が、アキラの清い指に挟まれている。口に合う淡さの滋養を、ミコトが拒否することは無かった。


美味おいしいね」

「良かった。栄養を付けて、早く治らなくては、ね」


 ミコトひとりでは到底、食べ切れないであろう林檎を、アキラも一緒に食べた。ミコトは、静かに仰向けになったまま、

「僕、肺炎は治っているんだって。でも、熱が下がらない。お……喋りな女医さんがね、心因性発熱と言っていたよ」

 と、おかしな具合に咽喉のどつかえさせながら言った。


 炎症性サイトカインを伴わない発熱。慢性的な脳疲労、あるいは感覚過敏に惹起じゃっきされる発熱がある。アキラは、その症状を知っていた。東洋医学で熱をなだめることが、出来るかもしれない。


「どれぐらい、熱は続いているの?」

「さぁ……もっと、ずっと、小さいときからだよ」


 アキラの差し出す四切れ目の林檎を、ミコトは断った。


「ミコトくんは、頭が良いんだね。脳が過敏だから、様々な情報を刺激としてキャッチして、痛め付けられるんだ。オーバーヒートしている。今も」


 少しの果実を口にしただけなのに、ミコトの熱は見るからに上がっている。


「血液がたぎっている。助けて、アキラさん」


 彼が悲痛に、アキラさん、と叫ばなければ、ナースコールを選んだだろう。


 看護師さんはいやだ。呼ばないで。お願い。


 アキラは、自分に伝わる心を選ぶ。再会した日のようにタオルを冷やしに行く。

 洗面所から戻ったときには、目を疑った。


 ミコトは、右手に果物ナイフを持ち、左手に血の筋を作っている。果汁の如く、あかい液が滴っていた。



   第十夜『切り刻む』に続く

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