第四夜 オトギバナシ

「何かな?」


 内心、何をかれるのか当惑していたが、アキラは冷静に応じた。ミコトは寝台に起き上がり、熱が高いとは思いがたいほど白い顔の表情を崩さず、真顔で問う。


「アールスメールゴールドを探し続けているんだ。何処に行けば咲いている?」


 専門外のことだ。アキラは知る由も無かったが、少年の夢を壊すようなことは、したくない。正直に知らないと言えば、ミコトは、がっかりと肩を落とすだろう。アキラは、病の床にせるミコトの慰めになればと思い、想像力を働かせて戯れを語り始める。


此処ここから道路沿いを南に行くと、月翳橋つきかげばしというところに辿たどり着く。その橋を渡って、聖堂への一本道を、東の路地裏に逸れるんだ。月燈つきあかりに、しっとりと濡れた草の傾斜なぞえを滑り降りる。其処そこには白と紫の詰め草が一面に咲いて、たった一輪の黄金の薔薇を、たたえているようなんだよ」


「素敵だね。僕、あの鳥の姿を借りて、飛んで行きたい」


 銀枠の窓の外を飛翔する鳥が見える。疑うことを知らない少年は、アキラの創作譚ものがたりに陶酔していた。


「ミコトくん、黄金の薔薇を求めて、どうするんだい? もし、摘んで持ち帰ろうと思っているなら、きみに大切な内緒話を打ち明けたことを後悔する。詰め草の泣くこえが、聴こえるようだろう?」


「僕、黄金の薔薇をひとめ、見るだけでいい。そして魔法の雪融水ゆきしろみずいただいた末に、ひとつのねがいを叶えてもらえれば、他には何にも要らないんだ」


 ミコトは、それだけ話すと苦しそうに息を吸い込んで、瞳を閉じた。


 それ以上、話させるのは酷なように思えて、アキラはへやを出て行く。突然、立ち去ってしまった青年の気配を探して、ミコトは腕を宙に流離さまよわせた。濃紺の寝衣パジャマそで手繰たぐれて、紫斑と切り傷の刻まれた腕が露になる。


 暫くして戻ったアキラは、水道水で冷やした自分のタオルを、ミコトの額にてがった。その際、痛々しい腕を見る。その腕を取って布団の中に仕舞う。


「ミコトくん。続きは、また今度にしよう。今日は、もう、おやすみ」


 少年が寝付くのを見届けると、アキラは、もとどおり扉を少しだけ開いた形にして、自分の病室に戻った。


 ミコトは眠る。アールスメールゴールドの幻を近くに感じている。



   第五夜『現実』に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る