第三夜 会話

 少年は、図書館の淡闇うすくらがりで見たときよりも、幼気いたいけ可憐かれんに、青年の瞳に映る。聖像のように白く曇りの無い肌が、病院のものとは違う濃紺の寝衣パジャマに、よく釣り合っていた。

 

黄金色きんいろの薔薇は、見付かったかい?」


 青年は、愛らしい少年にたずねる。

 少年は、くびを振り否定を表わす。


「そう。残念だね」


 精粋な眼差しを逸らせて身を翻した少年は、寝台に潜ってしまう。それでも尚、辛抱強く立ち去らない青年に、忠告する。


「僕に近寄っては駄目。病が伝染うつるよ」

「いいよ。それでも構わない」


 青年は、枕に埋もれた少年の顔を間近にして、その整然とした目鼻立ちと絹糸のような黒髪に縁取られた輪郭に、人形を想った。

 それは無表情に凍て付いた、一種、病的な美しさだ。


「ミコトくんは、胸の病気?」


 あまりにも直入過ぎるかと慮りながらも、青年は訊ねた。

 ミコトくん。そう呼ばれた少年は答えず、逆に問う。


「そんなふうに、見えますか?」

「ごめん。とても色が白いし……」


 壊れそうに華奢ほそいものだから。チャコールグレーの水溶き絵の具を流したようなミコトの瞳に対峙たいじすると、青年の答えは困窮してしまう。


 結局、少年は自分の病に対して返答を濁らせたまま、横たわっていたが、青年に親しみを示し、問いを重ねてくる。


「お兄さん、図書館でアールスメールゴールドを教えてくれた人だね。此処ここに入院しているの? お兄さんの名前は?」


「僕はアキラだよ。窮屈な相部屋に居る。胸が悪いのは僕なんだ。肺炎で」


 アキラをおぼえ込むミコトの唇は、痛々しい朱色あかだった。


「アキラさん。肺炎で入院している、アキラさん」


 グレーの瞳が潤んでいるのも、どうやら熱の所為せいらしい。冷たい指をミコトの額に並べたアキラは、思った以上に熱を帯びていることに気を揉んだ。


「大丈夫かい? 看護師さんを呼ぼうか」


 しかし、ミコトは平然と、熱に動じる気色を見せ無い。


「呼ばないで。あの人たちは、すぐに僕を寝台にくくったり、注射を打ったりするからきらいだよ。八方塞がりなの。僕には逃げ場が……ううん、生き場所が無いんだ。それよりもアキラさん、僕に教えてほしいことが、ある」



   第四夜『オトギバナシ』に続く

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