第6話 聖樹

アスランがイシュタンベールと対峙する少し前。

サンシャインの地下で邂逅かいこうした2人の魔法戦士は、この状況を打破すべく行動を開始していた。



「んでな、拓篤たくまは自分で場所を把握してるから片付けなくていいって言うんだよ。」


「でもさ、シワになるに決まってんじゃん?だから、俺が毎回クローゼットに掛けるんだよ。ちゃんと消臭除菌スプレーしてさ。」


「あいつ肉しか食わないからさ、野菜も食わせるの一苦労ひとくろうなんだよ。このあいだ、大っ嫌いなセロリをこーんな小さく刻んでハンバーグに入れたら、うめーって全部食ってやんの!」


「俺が本読んでると、必ず腕にくっ付いてくんだよ。コアラみたいだなって思いながら、まいいかって。」


「でさー……」


「だーーーっ‼︎

もぉいいからさ。さっさと魔法陣描けよっ!」


耐え兼ねたユーギスは、思わず槍を放り投げ頭を掻いた。

廊下に小気味良い音が響く。


ここはサンシャイン60の地下駐車場。結界に閉じ込められたユーギスは退路を探して彷徨さまよっていた。

そこに外から助けに入ったメディウムと偶然合流したのだ。


2人はサンシャインの中の状況と外から見た情報を照らし合わせ、打開策を練った。

そして何やら大きな魔法陣を描き始めたのだが……。


「わーってるよ。ちゃんとやってるって。でもさ、俺、こーゆー地味な作業苦手なんだよな。」


「こんな強力な結界内での召喚術は一筋縄ではいかないんだ。呼び出すものに比例して魔法陣は複雑かつでかくなる。俺1人じゃ時間かかるだろって。」


ユーギスはぶつぶつと言いながら槍を拾い、その先で魔法陣の続きを描き始めた。


「はいはいって。こっち半分はもうすぐっと。」


「こっちもあと少しだ。」


「でもさー、愚痴る相手もいないから。ちょとは聞いてくれよ。」


「愚痴って…お前さ、舞久まいくにウザがられてるぜ。ただでさえあいつ筋肉質マッチョ嫌いなのにさ。どうせ、ノロケ話ばっかり聞かせたんだろっ?」


「えっ?俺、嫌われてる?マヂでっ?!仲良くしてると思ってたんだけど…そーいや、最近会ってくれないな…。」


「ったく。恋に溺れた筋肉質マッチョほど救いようのないモンはないな。」


祐樹ゆうきだっているだろ?ほら、駅の反対側にある大学だろっ?よく侵入して一緒に授業聞いてるって言ってたよな?」


「あいつはただの供給者サプライヤーだっての。俺のこと、幽霊かなんかのたぐいだと思ってるし。」


「ほうほう、もっと男として見て欲しいとな…。」


「だーかーらっ!違うってーの!」


「素直になれよ。ほら、体は反応しんてんじゃんか。」


メディウムは手を止めて、指でどこかをいじるマネをする。表情も少し意地悪だ。


「お前なっ!俺たちの使命は、この世界を守る事だぞ!いちゃいちゃしに来た訳じゃねーんだ!」


ユーギスも手を止め、槍を振り回しながら顔を真っ赤にしている。


「もちろん分かってるさ。拓篤との関係もずっとってわけじゃないしな。でもさ、せっかくこの世界にふたたび生きてるんだ…後悔はしたくない。」


そう言いながらどこか寂しそうにうつむき、剣で魔法陣の続きを描き始めた。


「まぁ…、そうだな。俺はお前みたいに恋愛体質じゃないから。」


ユーギスも作業を再開しながら、その表情はパッとしない。


「さっ、終わった。」


「俺の方もだ。やるぞっ!」


2人を挟んだ駐車場の床には、直径3メートル程の大きな魔法陣が敷かれていた。半分緑の光、半分青い光が輝き、内部は緻密な文様もんようえがかれている。


魔法陣を間に挟み、2人は魔力を高める。

それぞれの鎧が魔力の光を帯び、さらに輝きが増していく。


昇り立つ魔力が最高点に達した時、お互いの武器をかざしながら呪文の詠唱が始まった。


「ダルビス ネル ゴーン」


「バズ ニエ パスターン」 


「シュトラ ディ フォンドゥ」


「エステス ルナ ワイイル」


呪文が重なる度に魔法陣の色が輝きを増す。緑と青が混ざり合い、次第に金色こんじきに変わる頃、2人の魔法が最高潮クライマックスを迎えた。



『セメトナ ルール フール‼︎


いでよ!聖樹せいじゅ スタンブリゲイト!』


金色の光の奔流が地下駐車場を満たし、2人の姿も飲み込まれて行った。







「こっ…告白?」


「そうです。明日夢君に好きだと告げるのです。」


「なっ何言ってんだよっ?あいつ男だぞ!」


「関係ありません。それにさっき、明日夢君に気があるような発言をしたではありませんか。」


俺は羽根白はねしろたけし、経験15年になるセクシー男優だ。

今、俺は"男に告白しろ"と喋るボーリングの玉(しかも宙に浮いている)にせまられている。


そうだ、俺は…明日夢に会いたくて仕方なかった。初めて会って初めて結ばれてから、頭の中は明日夢あいつの事でいっぱいだ。


「良いですか。明日夢君はあなたみたいな方がタイプなんです。色黒で背が高くて彫りが深くて懐も深くてアソコが大きくて精力の強い男性。

いて言えば背が足りないですが…まぁ、良いでしょう。自信をお持ちなさい。」


「あっ…アソコって…見たのかよっ!」


思わず股間を両手で隠してしまう。


「だいたいわかります。あなたと明日夢君の相性は抜群です。お付き合いなさい。」


どーゆっこった⁈

ボーリングの玉にお墨付きをいただくとは…。


口車に乗るわけじゃないが、なんだか色々想像してしまい、顔が火照ってしまった。

付き合うって…さ。


「でも…」


と言いかけて、玉を見上げた時だった。



ドスン!



地面から揺れがひとつ突き上げた。


「おいっ!なんだ何だ!」


「これは…大地と水の精霊が共鳴している?」


ボーリングの玉は、俺からサンシャインに向き直る様に回ると、全体をピカピカと光らせた。


次の瞬間、目を疑った。


鉄格子で覆われたサンシャインの周りから、木の枝…いや、幹だ。無数の幹が地面から生え始めて、どんどん絡みついて登っていく。


このスピードなら、サンシャイン全体を覆うのも時間の問題だろう。


「これって…何だよっ!どーなってんだよっ!

警官は倒れてるし、サンシャインは牢屋の塊になってるし、ボーリングの玉に告白しろって言われるしさーっ!とどめは地面から木が生えてきたし!」


思わず俺は空を見上げて、頭を抱えてしまった。ただ明日夢に会いたくて、ここにきただけなのに。


行き倒れた明日夢あいつを拾ったあの日から、俺の人生は方向を見誤ったんじゃねーのかっ⁈


困惑する俺を尻目に、ボーリングの玉は興奮したように俺の周りを回りはじめた。


「コレは、スタンブリゲイトですっ!ユーギスとメディウムの召喚術ですよっ!

なるほど、これで土地と建物全体を浄化するつもりですねっ!」


「すっスタンプリケツ?

ユーっ?メデ…?

何だよ?」


「スタンブリゲイトですっ!神より遣わされたと言われる精霊界の聖樹です!」


玉はさらに興奮した様子で高速回転しはじめた。つか、玉の感情がわかるようになった俺って…。


「この樹は、邪気や陰気を吸い取り成長します。魔界に浸食されないように、精霊界の砦となっている樹です!」


「何だかよくわからんが、スゴいヤツなんだなっ?このわけわかんない状況が何とかなるんだなっ?」


玉の興奮振りに、つい俺も釣られて興奮してしまう。回転を両手で掴んで止めて問い詰める。


「えぇ…ただ魔精獣の結界内でこれだけの召喚魔法を使うとなると、術者の魔力はほとんど尽きてしまうでしょう。残されたのはアスランだけ…。」


「アスラン?明日夢のことかっ?」


玉はしばし沈黙したのち、俺の周りを一周して目の前で再び止まった。


「ふむ、コレで行きましょう!」


ボーリングの玉は1人(?)で納得したようで、くるりと半回転した。

どうやら俺の方を向いたらしい。


「よく聞いて下さい。この樹は、邪気を吸い込む他に、喜怒哀楽で言う"喜"や"楽"といった感情を好み、力を貸してくれます。」


「樹が?喜怒哀楽を理解してるのかっ?」


「先程も説明した通り、聖樹ですからね。

いいですか?

強く念じるのです。明日夢君に会いたいと。」


その言葉に俺はサンシャインの方に向き直って考えた。その聖樹とやらは、すでに建物を半分以上覆っていた。


明日夢…

俺が初めて抱いた男……


いや、男とか女とかそんなんじゃない。

こんなに愛おしく感じた相手は初めてだ。


そんな事を考えていて、ボーリングの玉が俺の背後にちゃっかり移動していた事に気付かなかった。


「そ〜れっ‼︎」


「どわぁぁぁっ!」


突然背中に衝撃をくらい、その聖樹とやらに突っ込んでしまった。硬い幹に激突する事を想像して目をつぶって……


おやっ?


まるで干したての布団に飛び込んだかのように、柔らかい感触に包まれた。

そして包まれたまま…


「って、おいっ!どんどん入っていくぞっ!」


体は包まれるどころか、全身が木の幹の間にズブズブと入っていく。


「いってらっしゃ〜い♪」


黒い玉は手を振るかのように、左右に体を振って俺を見送っている。


「冗談じゃねーぞっ!マジかっ?死ぬのかっ?俺、死ぬのかぁぁぁぁ……」




絶叫共々、次第に聖樹に飲み込まれて行った。


「ふむ。これでうまく行けば、アスランへのエネルギー供給が安定しますね。良かった良かった。

アレ以来、少し遠慮がちですからね〜。」


マルゴーは全体を青く光らせながら、空を見上げるように向きを変えた。






大きな樹の幹の間に挟まれた俺は、不思議と痛みなどなく、なんかふかふかの布団に運ばれているみたいだった。


なんだか気持ち良くて、眠たくなってきた……あれっ?閉じた目蓋まぶたに映るのは……



ん?

どこだ?

ここ?


周りを見渡すと、滑り台やらブランコやら。


公園か?


「あら、たけちゃん、お目覚めね?」


そういいながら頭を撫でた手の方を見上げた。


「まぁ…まぁ…」


えっ?

死んだハズの母さんだった。それにかなり若い。

んで、俺…今、ままって……。


「あっ!明日夢あすむ君!学校帰り?」


明日夢だって?

母親が手を振りながら声をかけた方を反射的に振り返った。


駆け寄ってきた人物は、すらっとした体格、広い肩幅の割に小さな顔。端正な顔立ちにサラサラの栗色の髪。

紺のブレザーに同色のボストンバッグを肩にかけている。


「コンニチワ!ハネサン!

ガッコウ、オワリマシタ!」


「日本語、上手になったわね!ほら、たけちゃんもごあいさつするのよ〜。」


母親は俺の手を取り、その人物に向かって左右に振る。

手を取られながら、今の状況を理解し始めた。


俺は多分子供で、今ベビーカーに乗せられている。よくよく見れば、公園の遊具がみんなデカく見える。


死ぬ前に夢を見ているのか?


明日夢と呼ばれた少年…いや、格好からするに高校生っぽい。俺の前でしゃがみ視線を合わせると、白く長い指で俺の手を握った。


「コンニチワ。タケチャン。ゴキゲンハドウデスカ?」


間近で見れば見るほど、俺が会いたかった人物だとわかる。

その目は優しく、触れる指はシルクのようにすべすべだった。


「うっ…うぅぅぅ…わぁぁぁ!!」


なんだか嬉しいやら悲しいやら怖いやら、交錯した感情が溢れ出した。


母親は慌ててタオルで俺の顔をぬぐってくれたし、明日夢は困り果てた顔で俺をあやしてくれた。


涙で視界が白く滲んだ。


死ぬ前に会えたのか?


それとも夢なのか?

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