第10話 黒氷の街

「これで最後だぁぁ!」


狼男ワーウルフの爪がれんを今まさに切り裂こうとした…その時だ!


岩守鉄壁トラムフォード!」


両者の間の芝生から巨大な石板モノリスがせりあがり、お互いの視界を塞いだ。


「ぬわぁっ!」


予期せぬ壁に激突した狼男ことエンドルケンは、衝撃で後方に飛ばされ地面に打ち付けられて昏倒こんとうする。


「えっ?」


自分の魔力が尽きてしまいうずくまるだけだった煉は、肩に温かい感触を感じて顔を上げた。


「大丈夫か?無茶ばっかりするからだ。」


煉の肩に手を置いているのは、光沢のある緑の鎧を纏った魔法戦士ユーギスだ。少し怒って見えるのは強面だからか?


「さ、とりま帰るぞ。」


手を引いて立たせようとするが、その手を振り払った。


「ダメだ!アイツを倒さなきゃ!」


先っきまでただうずくまるだけだった少年とは思えない程、血気をみなぎらせ、闘争心を露わにする。

よく言えば熱血だが、単にお調子ものなのだ。


「いーから一度撤退するぞ!」


「まだだ、まだヤレる!今夜こそあの狼ヤロウをぶちのめしてやるんだ!」


少し語気を強めたユーギスに食ってかかる。弱い自分に負けた、その姿をさらした悔しさが強く握った手に表れていた。


「落ち着け!その様子じゃかなり魔力を消費してるだろ?その状態であいつらを相手にするのは無理だ。」


実際のところ、召喚呪文で煉の魔力はかなり低下していた。精霊界と人間界がうまく繋がっていない現状では無理はない。

池袋では精魔獣せいまじゅうの結界内とはいえ、聖樹せいじゅを召喚するのにユーギスとメディウムの魔力2人分を使ったのだ。


戦いの展開を予期しない、この無計画で無鉄砲むてっぽうさが気性の荒い炎の精霊との相性を良くしていたりもするが、今回は裏目に出た。


「根性ねーこといってんじゃねーよっ!ヤルったらヤルんだよ!」


立ち上がって、変身しようとする煉だが、首根っこを掴まれ、軽々と持ち上げられてしまった。


そもそも身長差があり過ぎる。公称175cmのユーギスに対して、煉は160cmだ。体格もユーギスがゴリマッチョなのに対し、煉はいいとこサッカー少年の様だ。


「離せよ!俺は猫じゃねー!」


「あーこれだから子供ガキはっ!いいかっ?お前は俺たち9人の中で1番弱えーんだよ!自覚しろ!」


「んだとっ?」


「その怖いもの知らずで熱い性格が精霊と相性を良くしている。だがな、炎の精霊は1番扱いが難しいんだ。今は制限リミッターをかけられているからあやつれていることを忘れたか?」


ユーギスに真剣にさとされ、煉は叱られた子供の様にシュンとしてしまった。

さらに小声になり、今度は子供に言ってきかせるようにゆっくり話しかけられる。


「それに俺の言うことを聞いていたか?俺はあいつらと言ったんだ。もう1人いる…この戦いを陰で見ている誰かが。

未来みらいも来てるんだ。今そのもうひとりの誰かを警戒しながら俺たちの後方にいる。

防御魔法が有効なうちに撤退するぞ。いいな?」


この説得に煉は素直にうなずいた。説得中も石板モノリスを砕こうとエンドルケンの攻撃は続いていた。

よくよく考えたら、石板モノリスを避け、回り込めば良いのだが、あちらも頭に相当血がのぼっているいる様子だ。


壁越しにチクショーだの、正々堂々と勝負しろだのと聞こえてくる。


「いくぞっ!」


ユーギスは右手で煉を抱え、左手をげた。それを合図に2人の周囲がピカピカと光出す。

まるでイルミネーションに囲まれたかの如く光が溢れると、すぐに2人の姿は光にのまれていった。





「どーりゃー!これでどうだ!」


両手の爪を駆使してユーギスのモノリスを破ったエンドルケンであったが、残念ながら2人の姿はとっくに消えていた。


「チクショー逃したかっ!おい!お前!さっきからそこにいただろ?

なんで手伝わなかった!」


生茂る木々の一点指差し、怒鳴り散らすが、そこには誰もいない…だがそこから声が聞こえた。


「フン!あの坊主はひとりで仕留めると言ったではないか。それに俺がやっちまいたいのはアイツらではない。」


闇夜に赤い爪が光る。


風を操る小僧…っ!


ひとつ伸びた木の枝の上、そこから闇のベールを剥がしたかのように現した姿は、大振りの翼に額にヤギのような角、全身は黒く甲羅のような光沢のある鎧に覆われている。

明日夢が倒したハズの精魔人、アルムベルドだった。






昼間仕事にならなかった俺の仕事は深夜に及んでしまった。原稿の締め切り近いんだっけ。


なんだか板橋とか西葛西あたりの団地でよなよな乱行パーティが開かれてるとか?

夫婦だろうが他人だろうが関係なく、入り乱れて喘ぎ声が街中に響き渡ってるってさ。


本当かな?そこまで乱れたか…日本は。


っていうことで、先日こっそり周辺を回ってみたのだが……どこの世帯も子作り真っ盛りでさ、まぢでビビったよ。


今はそのレポート作成中。


そんな俺の隣で明日夢はずっと動画サイトに夢中だ。

魔法少女?…の動画らしいが。っていう割には歳いってるけど。

牛丼食ってタバコ吸ってるんだがいいのか?ソレ?


「あ、そーいえばさ。お前普段どこに寝泊りしてんだよ?」


画面から目を離さず片手間に聞いてみる。コレも疑問だった。金稼いでなさそうだしな。


「僕?僕は適当に。都庁とか西新宿のホテルとかオフィスとか。どうせ誰にも気付かれないし。祐樹ゆうき君は池袋の大学って言ってたよ。メロ君は恋人のおうちだけど。」


「それならウチにいろよ。水だけでいいならな。お前気付いてたか?浄水器いいやつに変えたんだぞ!」


「ホントに?ありがとう。お水だけじゃなくてハーブティーも。」


明日夢の顔がパッと明るく花開く。整った顔って、表情変えても整ってるんだな。それに改めてお礼を言われると照れるな。


「でもね。こっちも要るんだよね〜。」


と言いながら明日夢は俺の股間をまさぐり始めた。


「おいっ!昨日もしたじゃねーかよっ!」


「だってしたいんだモン♪」


明日夢がこんなに大胆だとは…だが、めちゃくちゃ気持ちいいんだ。俺、AVの仕事出来なくなるかもな。


「ほら、もう大きくなってるよ。」


短パンの裾から片手を入れてアソコをまさぐり、反対の手で俺の耳を愛撫しやがる。


あーまぢかー。こりゃ溺れるなぁ。


俺を見上げながら楽しそうに愛撫する明日夢の顔を両手で撫でながら、唇を近づける。


もちろん行為もたまらなく好きなんだけどな…その無邪気で小悪魔的な所が好きなんだゾ……わかってるか?


と、その時。


「邪魔すっぞー!」


「突然すみませんねぇ。」


玄関からぞろぞろといつもの面子めんつが突然入ってきた。

鍵かけたのに?


明日夢はしれっと手を離し、髪を整えるフリをしてパソコンに体を向けた。俺は戦闘態勢に入った俺自身を必死で押さえ込む。


「あっ!みんないらっしゃい…って、珍しい人も来たね。」


いらっしゃいじゃねーつーの。


入って来たのは、宙に浮くボーリング玉と、色黒格闘家と…あと1人は初対面だな。黒くて癖っ毛の髪に少年の様な顔立ち。今は機嫌が悪そうだ。下手すりゃ中学生か?


「おいれん挨拶あいさつくらいせんか!」


少年は頭を小突かれて前へ出た…が、相変わらず表情は硬いままだ。緊張してる…いや、この顔はしかられた子供の顔だ。


そっか。明日夢達の仲間ということは…。



俺は股間の具合を確認してからキッチンに向かい、グラスいっぱいに水を注ぐ。


「ほれ、飲めよ。美味いぞ!」


俺を見上げた少年は不可思議な顔をした後、黙ってグラスを両手で受け取り、一気に飲み干した。


「おいおい、こぼれるぞ!」


口元からこぼれる水を手ですくってやる。


ハッと見上げる顔が赤らんだ。そうか、よっぽど美味かったんだな。


「あーすんません。こいつは羽生はにゅうれん、俺たちの仲間です。」


「あ、そうだよな。ずいぶん若いんだな。」


「一応、18歳は超えてるハズなんですけど。」


「ま、とにかく来ちゃったんなら仕方ない。

こんどはなんの相談会だい?」


とりあえず来客をリビングに促す。


「明日夢、お湯沸かしてくれよ。」


ソファに座る明日夢に声かけたが、膨れっ面をしてテーブルの上を片付けながら無視を決め込んでいる。


ん?なんだよ?


何か悪いことしたか?


あ、営みを中断されて怒ってんのか?


あいつもまだまだ子供だなぁと思いながら、お茶の支度をする。最近、コレばっかだな。


いつものハーブティーを人数分用意して、一同がソファに落ち着く。


煉とやらがチラチラ俺を見ては目をらし、その度に明日夢が俺をにらみ、祐樹がため息をつく。


何だ?このルーティンは?


咳払い一つして、祐樹が話始めた。


「うぅん!今夜はやられたな。光が丘…あの一帯はエンドルケンと名乗る精魔人の根城になっているみたいだ。何を企んでるのかわからんが…煉、どこまでわかってるんだ?」


声をかけられた当事者はおし黙るばかりで、なんだか親子…いや、歳の離れた兄弟みたいだな。


「先日の池袋の一件もありますし。大事おおごとになる前に対処した方が良さそうですね。」


マルゴーがいつもの様にクルクルと回りながら困った口調になる。


「まぁ、このままでは放っておけないな。意図はわからんが、やっつけちまえば同じだ!」


クイッとお茶を飲み干して、格闘家らしく息巻く…が、他の面子メンツの反応はイマイチだ。


煉とやらはかたくなな表情を崩さず、明日夢はまだ機嫌が悪そうだ。


「よし、明日の夜、俺たち3人で奇襲をかける。」


「僕?僕はイヤだね!2人で行けば!」


明日夢が速攻で拒否ことわる。

なんだよ、なんでそんなに拗ねてんだよ。


祐樹が困り果てた顔でソファに背を預けた。


「いいか、光が丘一帯を狙っているのは、氷結の精魔人だ。

それに1番有効なのは炎、次にそれを内包している地の魔法に炎をあおる風の魔法だ。それぐらいわかるだろ?」


「俺は…ひとりでやれる!」


やっと口を開いた少年は会話を遮るように立ち上がった。


「おや、魔力が少し戻っていますね。」


「かけられた魔法が解けたのかっ⁈」


「わかんねーけど、なんだか元気だ!明日は俺だけでやる!舐められっぱなしだからなっ!」


「ダメだ。3人で行くぞ!」


「僕はヤダってば!」


「おい、明日夢。なんだか大変そーじゃねーか。手伝ってやれよ。」


俺は何気なく明日夢の首に腕を回して引き寄せた。そんなに強くしたつもりもなかったんだけどな。


「えっ?」


明日夢は頬を赤らめてうつむいて固まった。

煉が顔を真っ赤にして目を吊り上げ、祐樹が何度目かのため息をつく。


「んじゃ、今夜も一仕事ひとしごとよろしくね〜!」


明日夢がこれよとばかりに俺の首にしがみつく。

なんだよ、機嫌直ったのか?


「くっ!オマエっ!人前でっ!」


黒い剛毛を逆立てながら、煉が明日夢に詰め寄った。だいぶ感情が出てきたな。


「君には関係ないだろっ?それにオマエ呼ばりされるのもね〜。」


「いー加減にしろよ!2人とも!」


「話まとまりましたねー。ワタシは他の戦士達にも情報共有してきますゆえ。お暇いたしますよ〜。」


祐樹が仲裁に入るが、煉の頭から湯気が出そうになり、明日夢は涼しい顔。

ボーリングの玉は、いつもの如くクルクル回りながら消えてしまった。



なんだよ、コレ!

話まとまってねーじゃねーか!







次の日の朝、目蓋まぶたを貫く強烈な夏の朝日で目が覚めた。


ふぁぁ、結局あいつらが帰ったのは3時過ぎ……その後、軽くムフフでな。

今はもう8時か。通りで暑いわけだ。


とりまTVをつけて、モーニングショーを見ながら湯を沸かす。

明日夢にハーブティー入れてやるんだ。

毎日の日課になっている。


今朝は暑いからアイスティーかな。


自分用に朝メシの支度をしながら、ニュースの音声が耳に入ってくる。

 

「……都営大江戸線は光が丘から都庁前まで始発から運転を見合わせております。」


「ご覧ください。練馬区、光が丘一帯です。この様に駅を中心に周囲半径5キロメートルほどが黒い水晶のようなものに覆われて氷山の形になっております。」


「このように上空からは建物の影が確認できますが、中の様子を窺い知ることはできません。」


「えっ?光が丘って。

あいつらが話してた所じゃねーかよっ!」

おい、明日夢!起きろよ!大変なことになってるぞ!」


寝室に飛んでいくと、まだタオルケットにくるまっている明日夢を揺さぶり起こす。


「んー、僕まだ眠いよ。寝かせてくれなかったのはたけさんじゃん…。」


「おい、いーから!昨日話してたじゃねーか。光が丘公園の話!街一帯が黒い氷の山だってさ!」


「えっ?」


明日夢は飛び起きて、リビングに駆け込んだ。アホ毛が飛び出てるが、これは内緒にして後でバカにしよう。 


テレビを両手で掴み、画面に釘付けの背中が少し震えていた。


「これは…悪魔の冷却魔法だ。日が出てる時間で一般人にも見えるなんて…まずいっ!」


明日夢は寝室にもどると、いつもの七分袖のシャツにデニム姿で戻ってきた。


「武さん、今日はあんま外に出ないで。約束だよ。」


少し背伸びして軽く唇を合わせた。


あぁ、気をつけてな…なんて言わせるひまもなく、あいつは風のように部屋を去って行った。


また明日夢はあんな化け物達と戦うのだろうか。俺には何にも出来ない…いや、供給者サプライヤーってやつで協力しているのだろうけど。



明日夢用に淹れていたハーブティーを一口。


今朝はカモミールだったのにな…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る