第11話 須藤太一

東京都練馬区の中心、区役所や大型のホールを備える練馬駅は、現在人ごみでごった返していた。

都営大江戸線が光が丘〜都庁前とちょうまえで運転を取りやめているため、西武線に長蛇ちょうだの列ができているのだ。


入場規制がかけられ、改札前にはホームにすらたどり着けない人々がウンザリした表情で、手元のスマホをいじったり、電光掲示板をにらみつけたりしている。


行列は改札前から階段を降りて、隣接する某有名スーパーの入り口まで及んでいた。それを避ける様に、建物の隅に明日夢達3人が集合していた。


「すごいね。この光景。何年たっても日本人は変わらない。」


「日本人はこーゆーのを美徳びとくとしてるからな。俺の頃はもっとひどかったぞ。」


「台風が来て電車が止まってたって、動くのを待って並ぶような連中だぜ。アホだ。」


明日夢あすむ祐樹ゆうきれんの3人は呆れ顔で言いたい放題、もちろん彼らの姿は列を作る勤勉者達には見えない。


「いきなり光が丘に行かないで、ここに集合したのは意味あるの?ゆうくん?」


「あぁ、あの一帯は魔氷まひょうの結界で簡単には近づけない。だが、地下でつながっているからな。地中ならなんとかなる。」


と、力こぶを作る。


「なるほどね。」


「しかもさっき都庁前あたりの様子をうかがったら、地下を通ってやつらの魔力の影響が少なからず届いていた。」


「そうだぜ!壁一面が凍り付いて黒くなってんだ。光が丘だけがダメなら練馬春日町ねりまかすがちょうで折り返し運転すればいいのにな。都庁前まで動かないということは、事態はやべー方向にいってんな。」


煉はやたらこの路線に詳しいようだ。


「都庁前には舞久まいくに待機してもらっている。地下を通じて都心にちょっかいを出す可能性があるからな。その場合は…はぁ、俺たち9人で総がかりだな。」


祐樹はただでさえ強面こわもてな表情をさらに固くして、2人を下階かかいうながした。


話をしながら地下鉄入り口へ降りると、困惑している駅員達が右往左往、警察も消防も来ているが、役には立たないだろう。


彼らをすりぬけながらホームに降りると、そこは一面黒い雪に覆われ、わずかに漏れる明かりで施設の形状がわかるのみであった。


ベンチも転落防止柵にも黒い雪が積もり、一切天候の影響を受けないはずの地下鉄ホームが不可思議な光景となっている。


「地下鉄の駅数で3駅分あるのにね。こっちまで影響受けてる。」


「ああ、地上には波及はきゅうしないで地下ってのもな。気になる。」


「なぁ、なんか聞こえねーか…?」


れんの呼びかけにならって、明日夢あすむ祐樹ゆうきも耳をすます。


すると、暗いドーム状の天井の一部からガムを噛んでいるようなくちゃくちゃとした音が反響していた。


明日夢がそちらに目を向け、他の2人は背中合わせになり周囲を警戒する。陽動ようどうの可能性があるからだ。


音は、ささやきのようなつぶやきのような…それらは次第にハッキリと声となしていく。


"ちょっと、あいつら!エンドルケン様に逆らって乗り込んできたのね!"


"あのチンチクリンのやつ、魔法戦士の中で1番背が低いんだって。"


"子供見たいね。"


"あの茶色い髪のコ、かなりのヤリ○ンよ!ワタシわかるわっ!"


"色黒のやつ、オッサン臭いね。なんかむさ苦しいわっ。きっとアソコも臭いのよ!"


ホームに静かにかつはっきりと響く声に、短気な煉が前へ出た。


「おい!どこのどいつだっ!誰に聞いた!」


「なんか失礼だね!相手選んでるしっ!」


明日夢も額にシワを寄せおかんむりだが、どことなく可愛い印象を与えてしまうのは秀麗きれいな容姿の役得やくとくだ。


「やめろ…挑発にのるな!どこにいる?姿を表せ!」


祐樹が手を挙げて2人を制し、声がしたあたりを見上げた。


「そこかっ!」



天井の闇から蝶のように小さい生き物が湧き出ると、瞬時に溢れ出し一気にそこらをうめ尽くした。


湧き出たのは蝶の羽を背にした小さな小人ピクシー、目は釣り上がり、口元が大きく裂けている。その口から、ぶつぶつクチャクチャと罵倒ばとうを繰り返していた。

サイズこそ小さいが、お世辞にも可愛いとは言えない。



「チッ!見た目は小さいが中級だな。」


「バカにしやがって!テメーらだって小さいくせに!」


「今はたけさんだけだもんね!一応。」


3人は狭いホームを散開して呪文を唱えだした。

それぞれを追って、蝶というよりは蝿のような激しい羽音を立てながら小人ピクシー達が群がっていく。


「イヴ ロ デルメルケン!

大地を統べるものよ その豊穣ほうじょうめぐみたたえ 賛歌さんかささげん」


「フレール オム バジュナ!

熱き魂の叫びに応え 我、紅蓮ぐれんの炎と化し魔を滅するやいばとならん」


「ラ エルヴェス プルラーダ!

風の御霊みたまよ 夢の彼方にいでましなんじの力 召喚したまえ」


3人の声が美しく調和はもる!


『メタモルフォーゼ!!!』


祐樹の周囲をいくつもの石板モノリスが覆い、煉の身体からだが炎に包まれる。明日夢の姿が風渦に消えると、全てが弾けて群がる小人ピクシー達を吹き飛ばした!


各々おのおのの変身の衝撃を受け、大半の小人ピクシー達が黒い塵となって消えていく…しかし、天井の闇からさらに小人ピクシー達が大量に出現した。


「あそこが本体だな。よっし!」


ディルフレンが勇んで狙いを定めたのは、ドーム状の天井、小人ピクシー達が出現する部分だ。よく見れば、そこだけ雲の様なかげりが見える。


ここぞとばかりに呪文を唱え出すディルフレンをユーギスが止めた。


「やめとけ、お前の魔力は切り札だ。ここで無駄に消耗するな。

俺に任せろ。」


口答えするいとまを与えず、ユーギスの低く荘厳そうごんな声が響く。


「ラムラディア バル ゴーン 大地の底に眠りし熱き魂よ 目覚めの時きたり」


呪文と共に地下鉄のホームが静かに揺れ、線路部分が赤く熱を帯びていく。


「我が元に出でよ 大地龍ガイアドラゴン……

溶岩龍撃バスタルド!」


線路から周辺に熱風が吹き荒れ、熱を帯びた地面から溶岩の龍がゆっくり顔をのぞかせる。

咆哮一つあげたか…と思うと、一気に飛び出しピクシー達を大きな顎で飲み込んでしまった!


「おっ!出たな!祐樹アニキの奥義だ!」


ディルフレンが指をパチンと鳴らしてはしゃいだ。


「さっ、いくぞっ!」


ユーギスは両手でそれぞれアスランとディルフレンを軽々と抱えて、龍の頭部に飛び乗った。


溶岩龍ドラゴンはだるそうに体をくねらせながら、ゆっくりと線路に沿って進み始めた。周囲を覆い尽くしていた黒い雪は、その熱に溶かされ煙を上げながら浄化されていく。


「氷結の精魔人のアジトへ乗り込むぞ!」






ひたすらパソコンのキーボードを打っていた指が攣りそうになり、俺は手を止めた。


セクシー男優歴15年の俺、羽根白武は文字通り、体力仕事は得意なんだけど。


お茶でも入れようと立ち上がりかけたとき、スマホの揺れる音がした。


ん?原稿の納品先の出版社だ。オゲレツ記事ばかりで、コンビニでも端の端に置かれるようなやつなんだけどな。


『品川区のマンションで昼間から乱行パーティーが行われているとの噂。確かめられたし。』


って、これは指令か?


明日夢には出かけるなっていわれてるけど…どうせ食材を買いに出なきゃだしな。


いいかげんパソコン仕事に嫌気がさしていた俺はいつものボディバッグに取材用タブレットを押し込み、サンダルを引っ掛けて家を後にした。


目的の場所は、新宿経由の山手線で徒歩含めても1時間ははかからない。ホントかウソか確かめる程度なら、3〜4時間で帰ってこれるだろ。


「それにしても、今年の夏は…長いな。」


強烈な日差しに思わず手をかざし、汗を拭う。途中、コンビニで飲み物を買って、最寄りの幡ヶ谷駅へ急いだ。


こんな時でも、ジャスミン茶を選んでる自分の事は結構好きだ。


ちょうどよく電車に乗り継げたおかげで、30分足らずで目的の五反田に到着した。様々なジャンルの飲食店が並び、ランチ時ともあってどこも行列だらけだ。


ここから例のマンションまで10分もかからない。なんとなしに立ち並ぶビルを眺めながら、日陰を選んで歩いて行った。


どの位歩いたか…


ふと風に乗って聞こえた声…これはあえぎ声だ。我慢して我慢して、ついに漏れてしまった…しかも快感にむせび泣くやつ。


なんとなく声のした方に向かうと、そこはマンションの裏手、自転車の駐輪場の隣の小さな公園だった。

よく緑化りょくか推進で設けられるアレだ。


そこに近づいていくと、声とあいまって粘液に塗れたモノがれるような音がする。


俺が良く知っている音…。


それに合わせて聞こえる葉擦れの音が俺の好奇心を刺激した。


そっと…近づいてのぞくと、垣根のすきまから女の姿が見えた。30歳くらいか?色白でセミロングの少しぽっちゃりした女が寝そべっている男の上にまたがり、一心不乱に腰を振っていた。


男はピクリとも動いていない…まさか、死体に乗ってるなんて事ないよな…。

角度を変えて男の様子を見ようと、少し体を寄せたのがまずかった。

ガサッと、思い切り音を立てちまった!


振り向きざま乱れた髪の間から見えた目は大きく開かれ、血走っていた。

半開きの口の端からよだれを垂らす様は、正直、醜さの方が目立っていた。


「あっ…お取り込み中、しっつれいしました…。」


まずい、なんか変だ。

さりげなくその場を立ち去ろうとしたのだが…。


その女は俺をしばし凝視していたかと思ってたら、急に飛びかかってきたんだ!


ヌボッ!って音がしたぞ!


アソコからダラダラなんか垂れてるしっ!


「うぉっ!落ち着いて!」


慌てて逃げようと向けた背にかかった手の力は…本当に女か?


あっさりとその場に倒された俺は、圧倒的な力で仰向けにされると、全身をまさぐられた。


「うぅ…うっ!」


あまりの恐怖に声がうまくだせない。

シャツもはだけて、所々裂けてしまった。


しかも手が短パンにかかる。


「やめてくれっ!

俺は仕事以外では明日夢にしか…。」


いわゆるレイプものの撮影もしたことはあるが、実際に自分が襲われることになるとは…しかもなんか変だぞ。こんな力で押し倒されるなんて。


あぁ、明日夢……ゴメン…今日は出歩くなって言われたのに…。


意識が少しずつ遠のいていき、目の前がかすんできた…。ついにここで死ぬのかな…。


「おいたはダメだよ。さ、ウチにお帰り。」


突然、頭上から声がした。


途端に女の動きが止まり、スックと立ち上がったかと思うと、スタスタとマンション裏手へと歩いて行ってしまった…しかも全裸だぜ!


アソコから漏れた汁が地面に卑猥ひわいな跡をのこしている。


「どうなってんだ!」


体の怠さを跳ね除けて、両手を使って起き上がる。


見上げた先には、肩にかかるぐらいの軽く巻いた髪、フレーム無しの眼鏡がよく似合う知的で中性的な顔立ち、夏だというのに長袖のシャツに薄手のカーディガンをはおっている男…?がいた。


「大丈夫?…って、僕の事見えるんだね?」


そう言って細い手を差し伸べた。


「あっ…ありがと。」


つい抵抗もなくその手を取った。白くて細い指…明日夢と似ているけど、こちらの方が力強い。


かすかに魔力を感じるね。君、誰かの供給者サプライヤー?」


供給者サプライヤーって…もしかして?お前は…?」


「あ、僕っ?

僕はね、須藤すとう太一たいち。よろしくね!」


眼鏡を下に傾けて、その青年はひまわりの花の様にとびきりの笑顔を見せた。

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