第12話 光が丘攻防戦

太一たいち…って、男…か?」


ここは品川区某所のとあるマンションに隣接りんせつされた公園だ。

昼間から乱行騒ぎが続いているとの情報を得て調査に来た俺、セクシー男優、羽根白はねしろたけしは、着いて早々、現場に出くわし襲われてしまった。


そこを助けてくれたのが目の前にいる人物だ。髪も長めだし、顔立ちも綺麗なせいか、パッと見は性別不明。


「ん?ふふっ!そうだね、男だよ。」


太一の表情が再び花のように明るくなる。なんだか楽しそうだ。


「それより、お兄さん。男前だね。誰の供給者サプライヤーなの?アソコも大きそうだし。」


細く長い指が破れたTシャツからはみ出た俺のチ○ビを捕らえた。


「はぁぁっ!何すんだよぉ!」


つい感じてしまった自分が情けない…。俺ははだけた胸と反応するアソコを押さえてうずくまる。


コレじゃ俺が女優役みたいじゃねーか!

最近、明日夢に開発されまくってるから…。


「ふふっ!可愛いね!」


太一がさらに俺にじゃれっこうとしたその時…周りの景色がゆがみ始めた。

目の前の白いマンションの外壁が赤黒くグニャリと曲がると……


世界が反転した……!


「どわっ!何だよコレ!」


頭を揺さぶられたような感覚。


見上げると、たくさんのマンションやビルがまるで空から生えているかのようだ。足元には赤い雲が広がり、俺の足はどこでもない空間を捉えている。


何もないのに足元はぐらつかず普通に歩けるんだよ。


「なんだよ…どうなってんだ?」

 

何度か足踏みしてみるが、空中を歩いてる。変な感じ。


「コレは精魔獣の結界だね。親玉の登場かも。」


「せい…って、悪魔がなんたらかんたらのやつだな。」


「よくご存知で!って、お出ましみたいだ。」


太一が指差した方から人の形に何かを巻いたようなモノがいくつか、スキップをする様に飛び跳ねながら近づいてきた。


げっ…アレ蛇だな。


近づいて来た者…いやモノは、人の形はしているものの、全身が薄紫、顔に当たる部分には口しかなくて、その体、手足に何匹もの蛇が巻きついている。


シルエットでは男か女かの判別もつかない。

つか、そんな区別ないのか。


「あーあ、出て来たね。お兄さん、ちょっと脱いでくれない?補給チャージしなきゃ。」


太一が屈託くったくのない笑顔で再び俺の股間に手をかけようとした。


「ぶぁっか!明日夢みたいなことしてる場合かよ!」


思わずその手を払う。あんなハズかしいプレイはもうゴメンだ。


「明日夢くん?彼のじゃ、手が出せないね!

ふふ、冗談。

ちょっと下がっててね。」


太一は悪びれもせず長い髪をなびかせて、俺の前に出ると、白く光る手を優雅ゆうがに回し、しなやかに光る唇が呪文を紡いだ。


「ク ケルヴィン エトロラ

朝日と夕陽のはざまに光る希望よ 波のしるべと共に我が元に出で、力となれ!


メタモルフォーゼ!」


太一のしなやかな手の動きに合わせて、七色の虹がリボンの様に全身を取り巻くと、それぞれが美しく混じり合い光を放つ。


光が収まった後には、紫の光沢を放つ鎧を備えた太一が優美ゆうびな微笑みをたたえ立っていた。

ポーズと共にウィンクをひとつ。


幻操げんそうの魔法戦士、スコルティーネ!見参けんざん!」









地下深い改札から地上に上がると、駅周辺一帯は、薄い氷の膜がそこかしこに張り付き、

静まり返っていた。

ひとっこひとりも見当たらず、歩道沿いに止まっている自転車も街路樹がいろじゅも全てが凍りついている。


「そんな…。」


いの一番に道路に飛び出したディルフレンが驚愕きょうがくの声を上げた。


「こりゃまるで冷凍庫れいとうこの中だな。」


「空気もこごえているよ。生命の息吹いぶきが感じられないね。」


夏真っ盛りだというのに、続いて現れたユーギスとアスランの息が白く立ち昇る。


目の前には駅直結のショッピングモールがあった。


「ここ…覚えてるんだ。」


建物を見つめながらディルフレンが語り始めた。


「俺、小さい頃この辺りで育って、よく友達や兄弟とこの建物に遊びに来ていた。


自転車乗り回してさ。この辺りは俺の縄張なわばりだったんだ。」


思い出を噛み締めるように、時折小さな微笑みをクスッと浮かべている。


少年の様な幼い顔立ちが、さらに柔和になっていった。


「このショッピングモールは大きな迷路みたいでさ。何回巡っても飽きなかった。

奥の公園に秘密基地作って。


疲れて寝ちまって…兄さんがよく迎えに来てくれた…。」


思い出に浸るディルフレンの背中をユーギスが優しい眼差まなざしで見つめている。

まるで、可愛い弟を見守るようだ。


風の匂いが変わったのをいち早く察知したのはアスランだった。


「誰だい?そこにいるのは!」


冷えた空気に響いた声をきっかけに、3人が背中合わせになり警戒かいかいモードに入った。


「フフン!ようこそおいでくださいました。」


目の前のショッピングセンターの入り口がゆっくりと開き、一つ前に出た人物…いや精魔人せいまじんは見覚えがあった。


「イシュタンベール…っ!」


池袋のサンシャインシティに精魔獣せいまじゅう蔓延はびこらせていた張本人ちょうほんにんだ。アスランの魔法で片足を失い退散たいさんしたハズだったが、その足も健在けんざいのようだ。


「お前がイシュタンベールか。サンシャインの時といい、今回といい…。こんどは何の実験だ。」


ユーギスが一つ前に出て、飛び出しそうになるディルフレンを制する。


「よくもっ…よくも俺の故郷ふるさとを‼︎」


アスランは正面に向かう2人と反対、後方に視線を走らせる。中央分離帯ちゅうおうぶんりたいのある大きな道路の向こうに駅、その向こうは巨大マンションがいくつも乱立らんりつしている。

視界はひらけているが、隠れるところもふんだんにある。


「ここはね、貯蔵庫ちょぞうこなんですよ。人間も、ほらアレ、冷凍して食料を保存しておくでしょ?

他にも繁殖実験はんしょくじっけんを開始しています。


ワタクシ達は人間という絶滅危惧種ぜつめつきぐしゅを保護しているんですよ。


利害は一致しているはず…ですよねぇ?」


「食料…って!人間はオマエらの食いもんじゃねーぞ!」


「これはこれは。炎の魔法戦士殿、アナタ達だって人間が精製せいせいするタンパク質が必要不可欠でしょ?」


「そりゃそーだが、俺達は殺したりはしねー!」


「まぁ、ワタクシ達もそこまでしなくても…という所はありますが…なんせ悪魔ですからねぇ。」


イシュタンベールはゆるやかに歩を進めながら、ショッピングモールの建物をあおぎ見た。


「人間はこの様な建物や街を作る知恵と力を有しております。

素晴らしいです…でも、このままでは全滅してしまいます。

勿体もったいない…いつか世界が再構築さいこうちくされた際には、ワタクシ達の理想郷ユートピアを作るいしずえとなってもらわねば。」


丸眼鏡を光らせながら、心底楽しそうに両手を広げてた。


「ンな事させるかよっ!」


「おい、小僧!お前の相手は俺だっ!」


耐え兼ねたディルフレンが飛びかかろうとした時だ。


右手の階段から姿を現したのはエンドルケン。濃紺のうこん獣毛じゅうもうで覆われた狼男の立髪たてがみは、戦いへの興奮でいっそう逆立っている。


「臨むところだ!

オート ル・ブセン ラディカ!

煉獄れんごくより生まれし力よ、我が元に出でよ!

フレアカイザー!」


合わせた両手を広げると共に炎が一条走る。それはすぐに死神鎌デスサイズとなった。


フレアカイザーを手にしたディルフレンは一気に階段に飛び乗ると、エンドルケン目掛けて突進した。


「この前の決着をつけてやるよぉ!」


狼男は、両手の爪を一気に伸ばすと、大きなあぎとをガバッと開き冷気を撒き散らした。



「風の小僧よ!お前は俺が相手をしてやる。」


今度は後方の建物の上…


「なっ…君はっ?」


「久しぶりだな。あの時の借り、返させてもらうぞ!」


コウモリのような翼に額にヤギのような角、口元からのぞく牙は鋭く光る。全身を黒く甲羅こうらのような鎧に身を包む精魔人…。


「どうやら仕留め損ねたようだね、アルムベルド!」


アスランは素早く呪文を唱えながら、広い道路へと飛び出た。




「ということは、アナタの相手はワタクシですねぇ…。」


丸眼鏡まるめがねを光らせたイシュタンベールが、ゆっくりとユーギスに向き直る。


「そーゆーことだな。」


その手に出現させた槍を構えると、ユーギスは大地を蹴った。

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