新宿魔法BOYS

世田谷一師

第1話 明日夢・ランドバーグ

世界一乗降客が多い事で知られている新宿駅。その西方にひときわ高くそびえる2棟のビルがある。東京都庁だ。


高さ243mをほこるその屋上に、1人の青年が立っていた。スラリと高い背丈に細身ながらがっしりとした体格。学生服の丈を短くしたような上下に、体の要所要所を覆うのは白銀に光る鎧だ。

鎧に覆われていない腹は、シースルーの布越しに美しく割れている。


その人物は、何かを探るように周囲を見渡したあと、ある方向を見定めた。そして……


迷う事なくそこから飛び降りた!


青年は大きな風の手に包まれたように、ふわっと浮かぶと、栗色の髪をなびかせながら飛んで行った。


さながら宙を舞う精霊のように。



「タケちゃんっ!お疲れ様っ!次も宜しく頼むよ!」

「監督、お疲れ様です!ナナちゃんも、またね!」

帽子を逆さに被り、トレーナーを肩にかけ、今どきウエストポーチしてる…。無精髭の監督に一礼し、部屋の奥で身支度を整えている女の子の声をかける。

「タケシさん、ありがとうございました〜。」

壁越しに顔を覗かせてくれたのがナナちゃん。今回で3回目の共演だったかな?毎回、明るくて仕事しやすいコなんだよなぁ〜。


撮影場のビルを出ると、暑さもおさまった風が心地よい。橋を渡って岩本町駅に向かう。もう11時過ぎだが、秋葉原界隈はまだまだ明るく人出も多い。

地下鉄の改札ををくぐりホームに降り立つと、ちょうど橋本行きの電車が来た。車内は平日の割に空いていて、長い座席の真ん中に腰掛けた。


俺の名前は、羽根白はねしろたけし。36歳。いわゆるセクシー男優をやっている。その他、投資をちょこっとやりつつ日銭を稼いでいる。

今日は朝から撮影で、部屋にこもりっきり。昼間は夏の暑さ真っ盛りなので、空調の効いた室内での仕事は〜まぁ、こちらも汗だくだった。


胸に抱えたワンショルダーからスマホを取り出し、今日のニュースをチェックする。

すぐさま"新橋に怪物現る!"の見出しが目に飛び込んできた。


ちょうど3ヶ月前ぐらいだった。その日はなぜか眠れなくて、遅くまで起きていたんだ。少しずつ暖かくなってきて、夜の肌寒さが逆に心地よくて。

窓から見える都庁をボーっと眺めていた。闇夜に光る宝石見たい…って言ったら言い過ぎかな?好きなんだよな。

あと、ビルの上に光る赤いやつ。あれも。


深夜3時くらいだったか。


急に空が明るくなったんだ。


光が膨らんでいくように広がって……眩しさで視界がふさがった次の瞬間、ドスン!って地面が沈むような揺れが一回。

部屋中の物が転がり落ちて、外の光が終息すると共に都庁も街の灯りもいっぺんに消えた。


もう明け方も近いとはいえ、強烈な光と揺れに街中が叩き起こされて、瞬時にパニックに陥ったんだ。


なんせ停電してるから、テレビもつかないし、電波障害でネットもラジオも繋がらない。近所の人たちがみんな外に飛び出して大騒ぎしていた。


何が起こって、今どういう状況かわからないのが不安だったんだろうな。俺は案外落ち着いていて、落ちた物を片付けたり、ベランダから真っ暗な街をずっと眺めていた。


そんなこんなしてるうちに夜が明けて、電気もネットも復旧して…ニュースでも何が起こったのかわからない、特に被害がなかったらしい。


あ、俺のお気に入りのグラスがテーブルから落ちて割れたっけな。


それから数日経ってからだ。都内で連続殺人事件が頻発するようになったのは。

いづれも体を食いちぎられたかのごとく…まぁ、色々飛び散ったりしていたらしい。

悪魔の仕業だの、宇宙から来た怪物だのまことしやかな噂が飛び交い、スクープ映像だと流れたブイは画像が乱れていて、着ぐるみだと言われたらそうも見える物程度。


一時期は各交通機関が夜10時以降の運転を取りやめ、街から人が消えた程だ。


それが、徐々に事件が起こらなくなって…今は月に数件あるかないか。今、ちまたで話題になっているのは、輝く鎧を見に纏ったイケメンが怪物を退治してるとさ。

目撃情報もあるらしいが、スマホで撮ろうとしても何故か写らないとか。

そーいえば、俺の家の辺りでもそんな話があったが。

まあ、イケメンのヒーローってのが出来すぎだろ。


新宿を過ぎればすぐ、俺の住む最寄駅だ。地下の改札から地上へ。甲州街道沿いに歩いて左に曲がると商店街だ。

さすがにこの時間は人通りもまばら。


「スーパーは閉まってるからなぁ。コンビニでつまみでも買うか。」


シャッターが閉まる商店街で唯一灯りが灯るコンビニへ歩いていくと、


「んっ?酔っ払いか?」


店の目の前に人が倒れていた。見たところ、20歳前後、色白で…モデルでも通用しそうな容貌だ。


「にしても、店の真ン前だそ。店員も冷たいな。」


面倒事には関わりたくないんだろか。呼吸を確認しようと近づくと、長いまつ毛に触れそうになる。手首をそっとつかみ脈をとると、白い肌は柔らかく暖かい。


………?


なんだ、このドーキはっ?!


なんか、熱くなってきた……


「って、何考えてるんだ俺はっ!」


思わず頭を抱えて叫びそうになった。どう見ても男だ。


まあ、呼吸も脈も正常だし、酔い潰れて寝てんだろ。救急車を呼ぶまでもないかなぁ、と思い肩を揺すってみる。


「おい、大丈夫か?いくら夏とはいえ風邪引くぞー。」


少し強めに頬を叩いてみるが、いっこうに起きる気配がない。


白い頬が少し赤みを帯びて……かわい……いや違うって。

好奇な視線を向けながらも、ちらほら歩行者が通り過ぎていく。

お願いだ、酔いつぶれたヤツの介抱をしてる会社の先輩に見えてくれ…。


さすがに放置して追い剥ぎってことはないだろうが……結果、俺はこの美青年をお持ち帰りしてしまった。





グラスの水を一気に飲み干して、ため息ひとつ。深く、長く。


はぁ…、なんで連れて来ちまったんだ…。


寝室のベッドには、さっきコンビニの前で倒れていたアイツが静かに寝息を立てている。まあ、やっぱり酔い潰れてただけなんだなという安堵と、連れて来ちゃったんだという自責の念がせめぎ合う。


とりあえず、目が覚めたらすぐ帰ってもらって…明日は午前中ジムトレして、午後は新宿に買い物行くんだからな。などと考えながら、何故か寝室に足が向き、そっと中を覗き込む。


ホント、綺麗な顔してんな。


リビングからドア越しに差し込む灯りに照らされたヤツの顔は、薄茶色の髪とのコントラストが美しく、つい見入ってしまう。


「んっ…んんっ…。」


「おっ!気づいたか!」


伸びをしながら寝返りをうつように、ゆっくりとこちらに体をかたむけた。長いまつ毛が上に上がっていく。


「ここ…は?どこですか?」


視線が合ったソイツは、想像よりも低い声で俺に問いかけた。


ちょっと大げさに、困ったそぶり全開でベッドの脇にドスンとこしかける。


「酒は飲んでも飲まれるなってな。教えてもらわなかったか?商店街でぶっ倒れてたんだぞ。」


俺を見上げるソイツの表情は無防備で、オンナだったらソッコー押し倒しているレベルだ。良かったな、お前オトコで。


と、心の中でひとり、うんうんとうなずく。


ソイツは両手で身を起こそうとするが、その仕草が力なく儚げで……思わず肩を支え手伝ってやった。


「よっと。大丈夫か?まだ寝ててもいいぞ。」


「水を…少し頂けませんか?」


「水か、そうだな。アルコールを出さなきゃな。ちょっと待ってろ。」


急ぎキッチンに向かうと、食器棚の中のちょっと高いグラスを選ぶ。八分目まで水を注いで寝室に戻った。


「浄水器ついてるから、そこら辺の水よりうまいぞ。ほら、飲め。」


グラスを差し出すと、ソイツは両手で鷲掴みにして一気に飲み干した。

唇のはしから溢れた水が一筋、流れ落ちる。


「おい、慌てんな。ベッドが濡れる!」


コトンと、少し大きな音かサイドテーブルに立った。


まっすぐ俺を見つめる目は憂いを帯び、濡れた赤い唇がまるで俺を誘うかのように、妖艶に光った。まずい…このままでは…


「おっ…ううっうまかったか?もう一杯持ってきてやるからな…ちょっ…ちょっち待ってろ。」


ヤバイ、また変な気分になって来た。慌てて立ち上がろうとして…、事もあろうに床にまで垂れ下がっていた上掛けを踏んでしまった。


どうしたかというと…


ソイツの上に倒れ込んでしまったのだ。


俺の鼻の先には、白い首筋があった。香水の匂いもしなければ、オンナ独特のシャンプーの香りもしない。当たり前だ、コイツ男だ。


ほのかに感じる体温が徐々に高まっていく。いや、上がったのは俺の体温だったのかもしれない。


そっと体を起こすと、俺を見上げる潤んだ目。少し茶がかかっている事は、事後、気づいた。


俺はそっと顔を近づける。重力に従って、ごく自然に。アイツの両手が俺の背中を強く抱きしめた。細いけど、やっぱり男の腕だ。


嫌じゃない。むしろ安心する。


そっと…二人は唇を重ねた……


唇の感触は柔らかく、軽いキスから徐々に激しく絡みだす。背中の腕により一層力がはいり、お互いの硬くなったモノが服越しに擦れ合う。


「はっ…ふぅ…はぁ…。」


唇を離し思わず声が漏れたのは俺の方だった。


もっと…もっとしたい。


体の内側から溢れ出る衝動に身を任せ、ソイツのシャツをまくり上げる。白く細い体だが、しっかりと筋肉がついていた。サッカー選手みたいだ。


割れた腹筋に桃色の突起が2つ。そっと口に含むと、何故か甘い味がした。


その後は……。







「アスランは何処へ行ったのでしょう…。」


新宿から電車で2駅、徒歩でも20分ほどの住宅街は終電も終わり、静まり返っていた。

そんな街中の空中、そう、空の闇に紛れるかのように黒い球体がくるくるとランダムに回転しながら浮いていた。


「オペラシティあたりで吹き飛ばされても、あの威力ならこの辺りで行き倒れているはずなんですけどね〜。」


ふよふよという表現がふさわしい黒い球体は、漂いながら狭い路地を確認しては、次へと移動していた。猫しか出てこない事がわかると、大通りを渡り反対の路地へ。


「あっ!アスランやっぱり無事だったんですね!」


急に進路を変え、通り沿いの公園へと突入していった。古びたベンチには、栗色の髪に白い肌、長いまつ毛の美青年…といっても差し支えない男性がうつむき、少し息を荒くしていた。


「マルゴーか…ごめん。心配かけたね。大丈夫だよ。油断したな。ここまでされるなんて。」


「最近、補給していませんでしたよね?遠慮はいらないと、何度もご忠告申し上げたのに…。」


「いや、流石に頂いて来たよ。だけど…予想より激しくて情熱的だったからさ…もう大丈夫。やれるよ。」


その青年はすっくと立ち上がると、意を決した瞳をみなぎらせた。

赤い唇が呪文を紡ぐ。


「ラ エルヴェス プルラーダ!

風の御霊みたまよ、夢の彼方にいでまし汝の力、召喚したまえ!」


放つ言葉と共に、その身を静かな風が覆ったかと思いきや、すぐに激しい竜巻となった!


「メタモルフォーゼ‼︎」


その言葉と同時に弾けた竜巻のあとには、白銀の鎧を身にまとった美青年が立っていた。





あれはなんだったんだ……


俺は賢者モードよろしく、ベッドで放心状態だった。

アイツの上に偶然倒れ込んでしまった後……何か逆らうことの出来ない力に引き寄せられる様に……アイツを……男を抱いてしまった……。


いや、男とか女とか関係なかった。


ただただ、愛おしく感じてしまったんだ。多分、商店街で倒れているアイツを見た時から……。


「なぁ、名前は…?なんて名前なんだ?」


終わった後、初めての経験に息が荒い俺を尻目に、アイツは淡々と服を着始めた。なんて声をかけていいかわからず、聞いたのが名前だった。


振り返らず寝室を出ようとしたアイツに、俺は必死で声を出した。


「俺は武!羽根白武だ!よかったら…また、ウチ来いよ……。」


なんでそんなこと言ってんだよって、心の中でツッコミいれながら、口から出た言葉はコレだった。


ドアに頭をコツンと預けて、考えるそぶりをしたアイツは、栗色の髪を揺らしながら振り返った。


「あすむ…明日夢・ランドバーグ。」


そして、少し笑ったんだ。





「アスラン、あっちだ。気配を感じる。」


「うん、散々振り回してくれた。今日こそ決着をつけてやる!」


変身した明日夢こと魔法戦士アスランは、腕の一振りで全身に風をまとい飛び上がった。

マルゴーの先導の元、目指すは高速道路を挟んだ反対側にあるスポーツセンターだ。

相手は、隠れるどころか広い敷地で誘っている。


ものの数十秒で目的の場所が見えてきた。グラウンドの真ん中、闇夜の中でもハッキリと黒いオーラが立ち上っている。


「見つけた!アルムベルド‼︎」


「懲りずにやってきたか、精霊どもの犬よ!今こそ精霊界へと送り返してやるわ!」


アスランに応えたのは、コウモリのような翼に額にヤギのような角、紅い口から鋭い牙が見え隠れし、鋭い眼光は金色。

いわゆる悪魔とも呼ぶべき存在だった。全身は黒く甲羅のような光沢のある鎧に覆われている。


「アスラン、接近戦は危険です。距離を詰められて3戦全敗です。」


「わかってるよ!フォンドゥ イヴ センロード き巻く風よ、いましめの陣を!」


交差させた両手に力が宿る。


風陣ヴィルトン束縛イーザ‼︎」


呪文と共に、周囲の空気の流れが加速、いく筋もの細い竜巻を形成すると、アルムベルドを四方から捕らえた。


「フン!こんなもの通用しないと、何度やっても分からんヤツだ!」


アルムベルドは、戒めの竜巻を長い爪の両手で掴み上げる。掌が裂け、赤黒い体液が飛び散るがお構いなしだ。


「さっきまでの僕と一緒にするなよ。ケイ ト スヴァルトメント 闇を射る者達よ! 風圧ディ オー射矢クレイン!」


弓をいるような仕草から、幾つもの風の矢が放たれた!あるものは真っ直ぐに、またあるものはランダムな曲線を描きながら悪魔へと襲いかかる。


アルムベルドは、コウモリの様な翼をめいっぱい広げて戒めを断とうとするが、逆に両翼が激しい血飛沫と共に裂けた!


「グウゥ…‼︎これ程の威力とは!先程とは別人の様な魔力だ!」


そこに風の矢が命中する!


「グフゥゥゥ‼︎」


「やったかっ⁈」


数メートルは舞い上がった砂埃が収まると、そこには全身に穿孔を打たれたアルムベルドが辛うじて立っていた。


「まさかここまで力をつけるとはなぁ…だが、コレでくたばると思うな!

アンジャス ド ゴーヤーク 闇に潜む者どもよ、そなた達の贄を喰らい尽くせ!

邪螺求血バルムント!」


全身の穴から噴き出す黒い血がつくる池溜まりから、いくつもの紫の蛇が上空のアスランに向かって飛び上がった。


「コレで終わりだ。フ ルラル リッチ 清き風よ 愛の抱擁を! 神愛抱ネル イストワール!」


大きく広げた両手から、一陣の風と共に巨大な人型が出現した。光輝くそれは、迫りくる蛇共々、悪魔の姿を抱きしめた。


「ふぬぅぅぅ……還されてたまるものかぁぁぁぁ!」


アルムベルドは自らの胸に鋭い爪を立てた。が、その後はアスランの放った魔法の光に包まれ、断末魔の叫びも聞こえず消えていった。


「ふぅ。やっと終わった。」


「お疲れ様でした、アスラン。それにしても見事な魔法の連続でしたね。いづれも威力が増していました。摂取したモノが相当よかったのでしょう。」


「うん、今も…すごく熱いんだ。」


アスランは何かを思い出すように胸に手を置く。


「これにこりて、痩せ我慢はやめましょう。その供給者サプライヤーは、確保しておくのですね。相性が良いのでしょう。」


「あぁ……そう、だね。」


色白の顔を赤らめて、アスランは俯いた。


背後から御光が指すかのごとく、朝日が登り始めていた。




結局、あの後俺は眠れなかった。いつものように、あかり灯る都庁を眺めながら、あの出来事を反芻していた。


思い出すたびに胸が熱くなり、すぐに寂しさが襲う。


また会いたい……。


そんか気持ちが違和感なく溢れた。まるで恋の魔法にかけられたみたいだった。

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