第5話 REAL / TRUTH
アスランは追手の殺気を背中で感じながら、暗く長く続く廊下をひたすら走り抜けた。
シースルー越しに見える割れた腹筋にも汗が滲む。
「もっと広い所じゃないと…。」
ちらりと後ろを振り返れば、無数の蝙蝠が小さな羽をはばたかせながら追ってくる。
その顔、ひとつひとつが人間の男の顔であり、女の顔であり、子供の顔であり、壮年男性であり、老婆であったりするのだ。
「ビジュアル的にキツイなー。」
秀麗な顔にいく筋もの汗を光らせ、ひた走る。すでに屋上に穴を開けてしまったのだ。出来るだけ建物に損傷を与えない
どのくらい走っただろうか、少し先に明かりが見えてきた。
「あそこは…よっし!」
駆ける両足が次第に宙に浮いていく。再び後方の蝙蝠との距離を確認すると、一気に飛び上がって明かりに突っ込んだ!
明かりが見えた部分は吹き抜けになっており、数階下の底の部分に舞台があった。透明の階段を跳ね降るように華麗に飛びながら、吹き抜けに蝙蝠たちを誘う。
追手が光の吹き抜けに突っ込んできた瞬間を狙った!
「コウモリにはブーメランってね!それっ!」
勢いよく放ったブーメラン、ウィンカイザーは弧を描きながら人の顔をもつ蝙蝠たちを容赦なく撃墜していく。
アスランは気味の悪い断末魔の叫び声を予想していたが、蝙蝠たちはアッサリと散っていき拍子抜けだ。
「なんとかなったか。ふぅ。」
舞台に座り込むと、思わずため息一つ。両手をついて天井を見上げた。煌々と光る照明が白い壁や床に反射し眩しくて、思わず目を細める。
ここはよくアイドル歌手などのイベント会場になっている。ファンが舞台を取り囲むように集まり、それが上階まで続くのだ。
以前ふらりと立ち寄った時は、女の子がダンサーを従えて、一心不乱に歌い踊っていた事を思い出した。
「ちょっち疲れた…。」
頭を後ろに倒してうなだれる。
少し呼吸が浅くなり、頭がボーっとしてくると、思い出したくない記憶がムクリとおきだしてきた。
「ここ…来た事あったな…。」
***
「あのコ、なんて
「なんだっけかな?ちょっと前にアイドルグループを卒業して、ソロで出てんだよな。確か。」
「ふーん。なんだか知らぬ間に歌って踊れるアイドルが増えてるね。僕の頃なんか、みんな歌はうまくても踊りは下手くそだったのに。あ、でも振り付けはダサくて逆に
明日夢は大袈裟な身振りで、再現してみせる。
その姿を愛おしそうに見つめる人物は、長身の明日夢よりさらに頭一つ背が高く、がっしりとした肩幅。彫りの深い顔つきに太い眉は、日本人離れした男らしさを醸し出している。
「あーそれ、懐かしの昭和歌謡特集で見たな。オカッパでさ、着物みたいな衣装で。逆に新しいって思ったけどな。」
「そうそう、ヒロ君が産まれたかそうでないかくらいの話だよ。」
「そんな前か。あ、この後どうする?池袋のエンタメ施設もだいたい回ったしな。」
「ヒロ君ち帰ろうよ。少し遠回りして。赤いラインの電車がクルッと一周するじゃん?」
「丸の内か?かなり遠回りだぞ。山手線で新宿まで行った方が…。」
「いーんだよ。普通に付き合ってる2人が電車に乗ってる感じ。やりたい。」
「ま、明日夢がそれでいいなら。んじゃ、先頭車両に乗ってトンネル潜ってまわるアトラクションって事で。」
「うん、行こ!」
彼は紙袋を持ちつつ明日夢の手を握る。
明日夢は他の人間には見えない。こうすれば不自然にならないからだ。
明日夢は鼻歌を歌い、彼の横顔をみつめながら、幸せそうな顔をしていた。
暗転ーーー、場面は騒がしくなる。
新宿から方南通りをまっすぐ下ると山手通りと交差する。大きなマンションが立ち並び、本来なら交通量も多いはずだが、破滅の夜明け以来、通る車も人通りもまばらだ。
ここで、人の目に触れぬ戦いが繰り広げられていた。
ビルの屋上を飛び交いながら、風の矢を放つのは魔法戦士アスラン…変身した明日夢だ。
「クッ!僕の魔法がまるで効かない!」
交差点を挟んで対峙しているのは、体長ゆうに5メートルはあろうかというトカゲの様な精魔獣だった。
「中級の精魔獣…こんなにやっかいだなんて……。」
魔法を駆使しつつ、周辺を警戒しながら距離を取る。空を飛ぶほど魔力が残っていないのだ。
「アスラン、一度撤退しましょう。風の魔術との相性が悪過ぎます。もう少しでメディウムとディルフレンが到着します。」
マルゴーが激しく体を光らせながら、アスランの後ろをクルクル回っている。
「ダメだっ!あのトカゲ、山手通りを登ってる。あっちはっ…!」
この清水橋交差点から山手通りを北上すると、中野坂上に出る。池袋でデートして、丸の内線で中野坂上に戻ってきたのは、ほんの数時間前の出来事だ。
「フォンドゥ イヴ センロード
両手から放たれたいく筋もの竜巻が、鎖の様にトカゲに絡みつき、動きを止めようとする。
すると、トカゲの全身が真っ赤に染まり、高熱を発っした。その熱に弾かれるように、気流の鎖はすぐに勢いをなくし、周りの空気と同化してしまった。
「なんで…?」
呆然とするアスランの隙をつき、容赦なくトカゲの一撃が繰り出された。バックキックがアゴに命中して、アスランは後方に大きく飛ばされる。
「ぐぅぅぅっ‼︎」
「アスラン!だから言ったのに!」
マンションの屋上に投げ出されて、コンクリートに激しく叩きつけられる。
マルゴーは回転しながら、明日夢を追いかけた。
"あいつを
吹き飛ばされた衝撃で、意識は混濁していった。
***
混濁した意識が
"あっ…まただ……。目から水が溢れてる。水…飲み過ぎたかな?"
意識がもどると共に自然に
「お前はっ‼︎」
瞬時に体制を立て直し、ウィンカイザーを構える。
「おやおや、お目覚めですか。戦場で居眠りとは、お疲れですかねぇ。」
アスランに答えた人物は、舞台からちょうど2つ上の階の手すり越しに立っていた。黒いロングコートに全身を包み、丸眼鏡越しの眼光は鋭い。
一見すると40代くらいの男性に見えるが、口元からのぞき見える鋭い牙と、全体から発する異様な雰囲気から、ただの人間ではない事を本能が察する。
距離を取りながら相手を観察する。
事前の情報と違う…。
「上級…なんで…ここには低級しかでないって…。」
「上級、ですか。君たちの
そう言いながら丁寧にお辞儀をすると、顔を挙げて両手を広げた。さながら舞台に立つ役者のように自己紹介を始めた。
「いかにワタクシ達"
驚きを隠せないアスランに、イシュタンベールは意地悪な視線を向ける。
「せい…まじん?」
「そう。ワタクシ達は、例の事象により重なりあった魔界と精霊界、そしてこの人間界の狭間から生まれた存在。元々は魔界に住む悪魔と呼ばれる
アナタ達だって似たようなモノでしょう?」
アスランは警戒しつつ、もっと話を引き出させるべく沈黙を貫いた。
「アナタ達が人間界における成人男性が精製するタンパク質と新鮮な水をエネルギー源とするの対し……」
両手を後ろ手に組み、イシュタンベールは硬い床に靴音を響かせながら廊下をゆっくり一周し始める。
アスランは、その足音に合わせながら背を向けぬように移動する。
「ワタクシ達は性別問わず、人間の血液と恐怖心…正確には負の感情が放つ波動を
突如、姿が消えた!
しまった…気配を探りながら、周りを警戒する。
カツンッ!カツンッ!
次の声は、ひとつ下の階、視野の端から靴音と共に聞こえた。すぐにその方向に構えを変える。
「ワタクシ達、そしてアナタ達も心臓部は半永久的に生命活動を維持する器官となっています。そのおかげで、戦い傷ついても自己修復を可能としている。」
距離を縮めてきた事より、話の続きが気になり始めた。アスランが知っている事と知らない事が混在している。
「これらは以前から
本来は
大きな身振り手振りで、天井を見上げて叫ぶと、少しの間、自分に酔ったかのように動かなくなる。ゆっくりと視線をアスランに向けたその目は不思議と優しかった。
「アナタ達も精霊にそそのかされて、その
アスランの目尻が一瞬、ピクリと跳ね上がる。
「そそのかされたは言い過ぎだね。僕らは納得の上でこの体に入ったんだ。この世界を守る為に。」
「この世界…?ふっ…もうとっくに終わっているというのに?!」
「まだだっ!まだみんな生きている!」
ウィンカイザーを床に突き立て、思わず声が荒くなる。
その様子を見るイシュタンベールの目は哀れみ半分、
ふぁと息を吐いたと思いきや、瞬時に消えて今度はアスランの目の前に現れた。
アスランはウィンカイザーを床から離し、無言で切っ先を向ける。
「ワタクシ達は新たな体を手に入れ、新しい世界で生きていくのですよ。それが失われた世界への
明日夢の武器を恐れる事なく、射程範囲内を歩きながらさらに語り始めた。
「ですから、我々がいかにこの世界で生きていくか。糧となるものをいかに安定供給していくかを研究している訳です。」
「これはアナタ達にとっても共通の課題でしょう?」
「幸いこの土地には、負の感情がたくさん埋蔵されていました。これらを発掘して、活用する実験をしていたのですよ。」
「おっと…悪魔が"幸い"なんて言葉を口にするのもおかしな話ですね。」
立ち止まり、口元に手を当てて苦笑する。
アスランは構えをとき、イシュタンベールを見据えた。
「人間界に入った悪魔はどのくらいだい?」
「いえいえぇ…
「そんなこと…させるものかっ!」
刹那、栗色の髪が逆立った!
全身から魔力がみなぎる。
「やっぱり相入れませんか。アナタ達だってこの世界に未練があるでしょうに。」
イシュタンベールは舞台から跳びのくと、右手の爪が瞬時に長く鋭く伸ばす。
「命には限りがあるんだ。だから尊い。だからお互いを大切に出来るんだ!」
「まだ分からないのですか?命が有限の時代は終わったんですよ!」
お互い戦闘態勢に入ろうとした…その時!
『………っ⁈』
不意に2人の会話も動きも止まった。
2人が立つ舞台の更に下、下階から振動と共に強大な魔力が立ち昇り始めたのだ。
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