第7話 朝焼けを背に君は美しい

視界が白く濁っていき、いよいよ俺は死ぬんだ



…なって思った。


思えば大学に行かせてもらったものの、就職氷河期で受けた会社はみんな落ちた。

その間に母親は病気で他界。元々仲が良くない父親とも疎遠になり、以前からバイト感覚でやっていたセクシー男優の道に本格的に足を踏み入れた。


それなりに楽しくやって来た人生なんだけどなぁ…まさか、こんな終わり方をするとは誰が想像つくよ?


この世に神も仏もいないのかっ?


あー、光が見えてきた。なんか下に落ちてる感じ。


下に落ちるなら地獄かっ?


ふふ、地獄でもヤリまくるかぁ……ぁああって!



ガクンッ!


「おわっ!」


何かが背中に引っ掛かった様な感覚で目が覚めた。

セクシー男優、羽根白はねしろたけし御歳おんとし36才。ついに寿命を迎えたんだ。


「…って、何だこりゃ?」


目を開けるとそこは鬼がいたり血の池がある地獄…ではなかった。

目が眩しさに慣れてくるが、光が乱反射してそれでも視界が悪い。

心なしか体が揺れている。そして足元の感覚が……ないっ!


「ここって…サンシャインの中かっ⁈」


見覚えのある景色に自分が今どこにいるのか理解できた。

何度か来たことがある。ここはサンシャイン60の中にあるイベントスペースだ。噴水広場って言ったか……吹き抜けになっていて、舞台を360°から観れるようになっている。


「にしても、宙にでも浮いてる感じがする…って、浮いてるじゃねーかよっ!」


予想外の状況に俺は誰ともなくツッコミをいれてしまった。俺は入れる方だっつーの!


背中の違和感を解明すべくそっと後ろを向いくと、太い木の枝が背後を占めていた。そこから想像するに、枝の先っちょに吊られているのでわ……。


「だー!まぢかよっ!コレが地獄の入り口かっ?落ちるっ!おーちーるぅー‼︎」


ビリビリッ!


騒いだのがマズかった。枝がひっかかっているであろうシャツの裂ける音が死へのカウントダウンにしか聞こえない。


ビリビリビリッ!


ガクン!


「………。」


重力に従って一つ体が下がったが、あまりの恐怖に声もでない。全身が汗でびっしょりだ。毛穴という毛穴から汗が溢れ出しているのがわかる。


ビリ…ビリビリビリッ…


「コレは夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ


ゆぅ〜め〜だぁぁぁぁぁ!」


汗も手伝ってかシャツの裂け目があっという間に全体に広がり、滑るように上半身裸のまま俺は落ちていった。


死んだ。


死んだ。


死んだ。



「大丈夫?」


えっ?


「死んでないよ。まだ。かろうじて、ね。」


ん?誰かに抱っこされてる?


さっきの夢の続きか?


俺はいつの間にか死んだ死んだとひたすら呟いていた。産まれたての子供のように、手足を寄せて痛くなるくらい掌を硬く握っていた。


「死ん…で、ない?」


ギュっとつぶった目蓋まぶたをそっと開けると、見覚えのある顔が俺を覗き込んでいた。

最初に会ったのは1週間前。出逢っていきなりベッドイン。

そして、さっき夢の中でも会った気がする。その時の容姿となんら変わりない。


サラサラの栗色の髪に、色白で小さい顔。長いまつ毛で飾られた瞳は、今は少し心配そうに潤んでいる。

額と頬を覆うように飾りのようなものが銀色に光っていた。


「あっ…あすむ?…クン?」


「どうしてこんなところに?いや、そんな事言ってる場合じゃないな。」


明日夢はお姫様抱っこをしていた俺を降すと、正面に向き直った。視線の先には、丸眼鏡をかけ、黒のロングコートに身を包んだ壮年男性が興味深げにこちらを見ていた。


よく見れば、噴水広場全体に枝がツタのように広がっている。


「ほほぉう。結界で囲まれた建物内に侵入するとはね。只者ただものでは無さそうですねぇ。」


「この人は関係ないよ。それより、もう諦めたら?ユーギスと…多分メディウムも来てる。2人が浄化の樹を召喚したんだ。じきにこの建物を囲む結界も消えるし、中にいる精魔獣も吸収されてしまうよ。」


静かな口調で告げるアスランにイシュタンベールは好奇心の笑みを崩さない。


「それに…魔法戦士を同時に3人は相手にできないでしょ?」


正直、これはハッタリだ。この状況で2人がかりの召喚魔法は相当魔力を使うはず。アスラン自身も魔力ちからがあまり残っていない。

無意識に手元のブーメランを握る手に力が入る。


「そうですねぇ。少しが悪いですかね。でもこのまま撤退するのもシャクですし。そこの只者でない者の血でもいただいてからにしましょうかっ!」


丸眼鏡は高らかに声を上げると、ロングコートを大きく広げた。瞬時に中から飛び出して来たのは、おびただしい数の蝙蝠だった!


バタバタバタバタバタバタ!


耳をつん裂くような爆音がホールに響き、蝙蝠の大群が一気に押し寄せた。しかも顔っ!顔だけ人間だよっ!


「そうはさせるかっ!」


明日夢は手にした巨大なブーメランを正面に突き立てた。(つか、そんなデカいブーメラン、どこで売ってんだ?)


ブーメランの両側から、工場扇をいくつも並べたような風が吹き出した。その風はすぐに俺と明日夢囲んで風のベールを作り出す。


不思議とその風はピンク色を帯びていて、視界を半分ほど遮断し、ちょっと淫靡な雰囲気を醸し出している。


明日夢は俺の方に向き直ると、しゃがんで視線を合わせた。


「何でここにいるかは置いておこう。この状況でパニクらないだけましだし。」


ため息を付きながら、あぐらをかく。


いや、ボーリングの玉は浮くは喋るわだし、サンシャイン60は鉄格子に囲まれてるし、コンクリートの地面から樹が生えてくるしな。


これ以上、どう驚けってんだ。


あまりの出来事の数々に呆然とするだけの俺を落ち着いていると判断したのか、明日夢は真剣な顔で話の続きに入った。


こうしている間にも、周りを覆う風にさっきの蝙蝠が群がっては弾き飛ばされている。


「この風の防御もそう持たない。先日君に貰ったエネルギーも予想以上の敵の数に消費が多すぎた。」


俺から貰った?何を?


「この状況ではゆっくり出来ないし、手早く行こう。」


そう言うと明日夢は四つん這いになり俺に近づいてきた。身に付けた鎧がカチャカチャと小さく音を立てる。


「ちょっ…俺、汗臭いよ…。」


「大丈夫。気にならないよ。」


俺を見上げる表情は淡々としているが、やっぱり綺麗な顔してるな。夢にも出てきたし…って、アレ?何の夢見てたんだっけ?

明日夢は少し唇を突き出すようにして、俺の胸元に顔を寄せる。


その赤い唇が俺の…俺のビー○クを…ゆっくり含んだ!


「はっ…あぁぁっ!」


温かいくねっとりとした舌で硬くなったビーチクを乳輪の円周から円錐を描く様になぞり頂点まで達すると、四方八方から激しくせめる。


「こっ…これだっ!」


初めて会った夜もこうやってせめられたんだ。今まで共演したどんな女優より気持ちいい!

ものの数秒で全身の血液が俺の股間に集中して行く。


「よし、準備万端だね♪」


屈託のない笑顔でテントを張ったアソコにてを伸ばす。


「そんなっ!こんなところでっ…!」


「すぐ済むよ。じっとしてて。」


「それにそこっ…」


蒸れてるっ!


明日夢に汗だくになった身体を見られるだけでも抵抗があるのに。

あぁ、臭うだろうな。


恥ずかしさでいっぱいのはず…なのに興奮が止まらず息が荒くなる。


短パンを膝下まで脱がされると、バシンッ!と腹にバウンドして音がたち、ゆげを放ちながら最大限にまで膨れ上がった俺自身があらわになる。


「はっ恥ずかしいっ!」


思わず俺自身から目を逸らした。撮影ではむしろ自慢のソレなのに。


「すっごく大きいね。僕が今までいただいた中でも一二を争うよ。」


明日夢は心底感心したような様子で、左手で竿を撫で、右手は玉の方へ、そして温かい唇で裏筋を挟むと、上下に舌を這わせる。


今までいただいたって…?


そんな可愛い顔してヤリマ…いや、この場合ヤリ○ンなのか?

気持ちが萎えるどころか、さらに興奮するぜ…。


素早く丁寧な動きで竿を味わうと、体の末端にありあまるほどの血液をみなぎらせた俺の自身を明日夢は優しく含んだ。


温かく、柔らかく、吸い付き離さない。


「あっあすむ…っ!こんなとこじゃ…こんなことしてるばぁ…あぁぁぁ!」


これは撮影か?

いきなりビー○クせめられて、アソコをしゃぶられるなんて…なんのプレイだよ!


「これじゃ、ただの性欲処理みたいじゃないか…。」


確かにこういった行為は好きだけどさ…俺が求めていたのはちょっと違う…。


「もっと楽しませてあげたいけど、今は時間がないから。じゃ、行くよ。」


上下左右の動きはどんどん速まり、卑猥な音が結界の風に反射して響き渡る。


もうダメだ…いっ……イクのは俺の方だっ!






「ふん!無駄な悪あがきを!こんな風の結界などそう持つまいに!」


一方、イシュタンベールは自ら作り出した蝙蝠達を集結させていた。それぞれ体を歪ませながら融合し、人の顔も潰れていく様は醜悪極まりない。やがて吹き抜けには巨大な蝙蝠が翼を広げていた。

小さい時の人の顔とは違って、頭部は能面のように無表情だ。



「さぁ、行け!我が下僕しもべよ!奴らの血肉をぶち撒け、我に捧げよ!」


イシュタンベールはコートをなびかせてふわりと宙に浮うくと、上階の手すりに腰をかけ、足を組む。

目を細め楽しそうに体を揺らしながら最期を見届ける腹づもりだ。


シャャャャッ‼︎


吹き抜けいっぱいに翼を広げた巨大蝙蝠ジャイアントバットは、唸りながら明日夢達を囲む風の結界に向かって急降下していく。


節くれだった足先でアスラン達がいる結界を鷲掴みにすると、いとも簡単に大きな爪で貫いた。

風の結界は簡単に消失し、血飛沫がはじけ飛ぶ。


「フン、あっけないですね。精霊の力なんぞその程度のもの……。せっかく素晴らしい肉体を手に入れたというのに。ワタクシ達がこれからの世界を生きていかねばならぬというのに。」


イシュタンベールの表情が再び哀れみに染まり、肩を落としたように見えた。

ことの顛末を見とどけ、その場を後にしようと背を向けた瞬間、背中をえぐられるような魔力を感じ、咄嗟に右に飛んだ。


左側に何かがよぎる感覚を感じながら振り向き様に見たのは、巨大蝙蝠ジャイアントバットが全身を切り刻まれて黒く霧散するところであった。


「なんと!一瞬かっ!」


体制を立て直しながら、その表情はどこか嬉しげだ。


黒い霧が晴れた先には、ウィンカイザーをキャッチしたアスランが。その後ろには、股間を両手で隠し、あとずさりながらさっきの男が物陰に隠れようとしている。


「この短時間で補給チャージを?とぉんだテクニシャンですね!」


再び楽しげな表情を見せたイシュタンベールは、手すりを蹴り飛び降りた。降下の勢いの向かい風が黒く染まると、ロングコートが展開して翼に変化した。その下のタキシードは硬く黒と赤の鎧に変わり、丸眼鏡が鋭角に変化してアイガードになる。


着地する寸前に牙を煌めかせた黒い唇が呪文を放つ。


「ガラム サラム ファルデール! 闇を運ぶ風よ 我が爪に宿れ!


風牙烈斬ヴァン ミレスト


長い爪に黒い風が巻きつき、魔力が宿ると、それを引っ掻くような動作でアスランに放った。


呪文が間に合わないと判断したアスランは両手でウィンカイザーを左右に引き裂いた。


ジャラララララッ‼︎


 2つに分かれたブーメランを繋ぐのは、眩しいほどに輝く金の鎖だ。


「それっ!」


ウィンカイザーを大きく振りかぶり、片側を迫りくる呪文の軌道に向かって放った。

ブーメランの片割れは、ある時は直線に進み、またある時は鋭角に進行方向を変えながら黒い風を打ち破っていく。


「こしゃくな!」


イシュタンベールはひらりと体を翻し、手すりを蹴り渡りながら、アスランに迫る!


「セル トゥランクル リーナ

爆風盾陣ディム ウォード!」


アスランがかざした手の方向に猛烈な突風が吹き荒れ、突進してくるイシュタンベールを足止めする。

その風に逆らわず一回転すると、イシュタンベールは舞台に降り立ちさすがにタタラを踏む。すかさず次の呪文を繰り出そうとするが、アスランの方が早かった。


「ダルム エル へルベーゼ!

駆けよ!風よ!暴れ狂う竜となれ!


暴嵐旋竜エス メルチ ベランク!」


天に向かって放ったアッパーの勢いが瞬時に竜巻と化し、吹き抜けいっぱいに広がった。

噴水広場を囲む手すりは変形し、奥のテナントスペースの窓には高い音を立ててヒビが入っていく。


イシュタンベールは避けようと飛び上ったが、一つ遅かった。右足が竜巻に巻き込まれると、瞬時に切断され、黒い血が吹き上がった。


「ぬぅぅっ!」


翼を展開しながら後方へ下がると、小さく呪文を唱える。


「また、お会いしましょう!」


一瞬、口角がニヤリと上がり、全身を黒い霧に変えて消えてしまった。


吹き抜けの手すりをほぼ吹き飛ばし、奥のテナントのガラスに蜘蛛の巣を張り付かせた竜巻は徐々に収まっていった。





「おっ…おいっ…あのおっさん消えたぞ。どうなってんだ…。」


俺はそばにあったパーテーションの裏に隠れ、吹き飛ばされようにしがみついていたんだ。

あまりの事に体の震えが止まらない。


「仕留め損ねたね。ま、そう簡単には死なないし。」


肩をすくめながら振り向き、少し舌を出す仕草がこの場に似合わず可愛かった。





その後、俺は明日夢に再びお姫様抱っこをされた。飛び出た例の樹の幹に飛び乗り、どこをどうしたのか、伸びた樹の枝に沿って歩くと、空間がひらけた。


そこはサンシャイン近くの公園だった。

もう、なんだかんだと驚いていられない。


「おっ!来たな。」


公園には先客がいた。大柄な男が2人。あと、例のボーリングの玉だ。


「やっぱりメロ君来てたんだね。ありがとう!ゆう君もお疲れ様!」


空を跳ねるように駆け寄る明日夢の体全体が一瞬光ると、七分袖の白いシャツとデニム姿に変わっていた。が、これももはや驚かない。


「おっ!スタンブリゲイトが浄化を終えた様だな。」


大柄男子の内、藍染のシャツを着た厳つい方が俺たちの後ろを指差した。

指差す方を振り向くと、サンシャインを覆った巨大な樹が少しずつ、今度は退化するように小さくなってゆく。その下からビルの外壁が次第に見えてきた。


空は青白く、ビル群と空の境目のオレンジ色の線が夜明けを告げている。

その光に照らされたサンシャイン60は、1分もしないうちに何事もなかったかのようにいつもの姿にもどった。


「作戦成功っと。一時はどうなるかと思った。」


ふぅと深いため息をつき座り込んだのは、もう一方の人物。筋肉の塊にタンクトップを着せた様だ。童顔に明るめの髪が更に若くみせている。


「これも皆が力を合わせたからですねぇ。あっ!今回はアナタも功労者ですよ!」


そう言いながらボーリングの玉が俺の顔の周りをぐるぐる回る。


このやっろ〜じゃなくて、たぁ〜まぁ〜!


「おっ!お前なぁ!俺の背中に突っ込んだな!死ぬかと思ったんだぞ!」


能天気に回転する玉に、流石に頭に来た!両手で掴むと、ヘドバンよろしくシェイクしてやる!


「ひぃぃぇぇぇ…危険はなかったでじょ〜。」


「落ちて死ぬとこだったんだ!ぶぅぁかっ!」


「彼を中に入れたのはマルゴーだったのか。ま、助かったけどね。」


明日夢が俺の手を取って止めた……心臓がビクンと跳ねる。


「いや、すまん。」


俺はとりあえず謝って、マルゴーとやらを離した。つか、なんで俺が謝る?



「さぁ!、俺は帰るぞ。拓篤たくまが待ってるし。明日は荒川の調査だし。」


タンクトップの方が短パンを払いながら立ち上がった。


「ふぁ〜あ、そうだな。俺も明日の一限一緒に出る約束してっから。んじゃ!」


もう1人のマッチョも眠そうにあくびをすると、首を左右に振ってコキコキ鳴らした。


「やっぱり仲良しなんじゃん!」


「ちげーよ!」


色黒マッチョ2人組はじゃれながら駅の方へと歩いていった。

こいつら、デキてやがるのか?


「さ、ワタシは他の魔法戦士メンツの様子を見てくることにします。今夜はどこも大忙しでしたから。」


マルゴーはクルクル回りながら高く飛び上がると、水色の空に消えていってしまった。


ということは…2人きり…。


沈黙……


あっ…何話せばいいんだ?


「んじゃ、僕も行くね!お疲れ様!」


明日夢は俺の肩をぽんっと叩くと、無邪気な笑顔で去ろうとした。


ちょっ…


「ちょい待てよ!」


思わず俺はその手を掴んだ。肩がビクンと跳ねる。細い腕越しに緊張したのがわかった。


少し躊躇とまどったが、この機会を逃したらいつ会えるかわからない。


「お前さ、説明しろよ!商店街で倒れてた事といい、その後の…そんで今日、今さっきの事とかさっ!」


息継ぎもせず一気に捲し立ててしまった。怒ってる訳じゃないんだ。

なんだか訳わかんない事だらけで混乱してるのと、やっと明日夢に会えた事と…そして、明日夢がやけにあっさりしている事と……。


明日夢は腕を掴まれたまま振り向きもしない。


そっか…


そ、ゆ、事か…。


「ごめん。もう俺は用済みなんだよな。お前も疲れてるよな。すまん…すまん…。」


手を離し、顔も見ずに…正確には見れずに背を向けて歩き出した。


なんだか泣けてきた。


36歳にもなって失恋で泣いてるのか?てか、失恋とか思ってるのか?って事は、恋をしていたってことだぞ。


なんだよ。


コレ。


デパートの屋上で不可思議な事になっていたサンシャインを見て、そこに明日夢がいるって思って、無我夢中で走って、突き飛ばされて、高い所から落ちて、明日夢に助けられて……


運命感じちゃってたのかよ…


ひとりで…。


半泣きになり、全身から力が抜けていくのがわかった。なんなんだよ、こんな酷い目にあったしさ。

すっかりいじけモードに入ってしまった。心に穴があくってこんな感じなのかな?


そこに暖かい風がふわっとなびいて、俺の首もとをくすぐるように吹き抜けた気がした。


「駅、そっちじゃないよ。」


えっ⁈

目の前に明日夢が立っていた。いつの間に?


「あっあぁぁ…ありがとう。」


俺は慌てて方向を確かめる。明日夢を見ないように。


「君、今日はお仕事ないの?」


背中越しに再び話しかけられ、少し鼓動が速くなる。


「えっ?今日は休みだけど…。」


少し俯き加減に答える。泣いてるなんて知られたくない。


「そしたら、君のおうちに行こう。幡ヶ谷はたがやだったよね?そこでお話しよう。」


なんだよ。少しは俺のこと覚えてんじゃねーか。

その言葉に胸が高鳴ったのがわかった。これじゃ、完全に恋する乙女だな。


「ふぁぁ…俺んち来るのか?でも、もう出せねーぞ!すっからかんだ。」


涙をごまかすためわざとあくびをしながら向き直る。来るのか?まぢで来るのか?


「だよね。あの量じゃ♪いいよ。お水飲ませてくれれば。」


そう言いながら、図々しく手を組んできた。

俺を見上げるその表情はまさに小悪魔だ。

はっきり言ってカワイイ…。


っつーかな、さっきから気になっていたんだけどな。


「君じゃねーだろ。俺はたけしだ。武さんってよべ!一応歳上だぞ!」


舐められてんだな。いや、実際に舐められたんだけど。声を低くして、威厳を持って言った。


つもりだ。


明日夢は小首をかしげて、人差し指を口元当てる。それの仕草が様になってるのがムカつく!


「タケシ…サン?長いな。タケサンでいい?たけさん!」


「なんだよ、一文字短縮しただけじゃねーか!」


たけさん!決まり!」

 

首に飛びつくと、楽しそうにブラブラと揺れる。急に無邪気な子供に大変身だ。


こいつっ…!


「あっ!ひとつ言い忘れてた!」


「えっ?なんだよ?」


たけさん、上半身ハダカだよ…。」


「あっ……。」


「それに、とっても汗くさぁ〜い!」


鼻を摘んで俺の周りを遠巻きに走る様子は、同級生をからかう小学生みたいだ。


ったく…どうせいっちゅーねん!


「そこのド〇キでシャツ買ってくからっ!お前も来いよっ!」 


「あっ!捕まっちゃった♪」


隙をついて明日夢の手を取る。今度は緊張していない。


夏の夜明けは瞬く間に俺たちの体温をあげていく。


朝焼けにを背にする明日夢の姿は、昨日起こった事を全て忘れさせるほど綺麗だった。


帰ったらどんな話をしよう?


とりあえず「会いたかった」


かな?

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