第4話 Prison War

いったん渋谷駅に出ると、メディウムとマルゴーは山手線沿いに北上した。わずか10分ほどでサンシャイン60に到着する。


「話はわかった。まずは地下のユーギスと合流する。」


「他の魔法戦士も呼びたいところなのですが…あいにく皆、戦闘中でして…。」


「大丈夫だ。俺達三人でなんとか出来ない相手なんていない。」


自信に満ちた目でマルゴーに答え、眼前の壁を睨みつける。目の前には鉄格子をでたらめにくっつけたような結界が広がっていた。


「だが、万一朝になっても俺達が戻らなかったら……。」


一瞬、言い淀んだ。口に出かけた名前を飲み込んだからだ。


自身の使命はこの東京を守るの事だ。

その為にこの体を与えられたのだから。


それが、結果的にあいつを守る事になる。


でも、こんな時に一番に頭に浮かぶのは…


"全部納得の上で好きになった"


…か。


いつもそうだ。アイツの顔を浮かべるだけで元気になる。アイツがついていてくれると思うと、なんでも出来そうな気になる。


いつの間にか順番が逆転してしまったな。


「万が一なんて…んなことないな。じゃ、あとよろしく頼む!」


変身した荘厳な姿に似あわない童顔で、少年の様な笑顔を浮かべる。

マルゴーは頷く様に前方に回転し、ピカピカと光を放つ。


その様子に満足し、サンシャインに向き直ると、呪文を唱え出す。


「オート ル・ブセン ラディカ!

渦潮うずしおより生まれし力よ 我が元に出でよ!」


前方に突き出した両手に光が灯る。


「アクアカイザー!」


放つ言葉と共に、清水せいすいの様に透き通った刀身を持つ諸刃の剣を手にした。


「はぁっ!」


気合と共に一閃、ニ閃と剣を振るうたびに鉄格子が崩れ落ち消えていく。

ものの数秒もたたずに、サンシャインの壁に人ひとり楽に通ることのできる穴が空いた。


もちろん、実際の壁を壊したのではなく、結界の一部を破壊したのだ。

穴の向こうは、虹色に染まり鼓動を打つかのように空間が脈動していた。


「じゃ、行ってくらぁ。」


「くれぐれもお気をつけて。」


マルゴーは再びこうべを垂れるように前方に回転した。

水の魔法戦士は迷う事なく穴に飛び込むと、虹に溶け込むようにその姿を消していった。






俺は確信を持ってそこに向かった。いるからだ。そこに明日夢がいるって感じたからだ。


セクシー男優歴15年、羽根白はねしろたけしは、エレベーターを待つ時間も惜しく、デパートの階段を駆け下りていた。

何事かと好奇の視線を浴びるが、かまっていられない。

つか、むしろ見られたい派だし(笑)


駅前のロータリーに出ると、帰宅民で溢れていて、中々前に進めない。地上に降りればビル群に阻まれてサンシャインは見えないはずだが、何故か俺には建物全体が牢屋のかたまりと化したサンシャイン60の姿がはっきりと見えていた。


「電気屋の隣を突っ切った方が早いか…。」


この辺りは区画が三角形を模しているため、真ん中を抜けた方が早い。大型家電量販店の横の道を一気に駆け抜ける。


普段鍛えている甲斐あってか…いや、無かった!


この筋肉は魅せるためであり、持久力もセックスのためだ。久しぶりに全力で走った俺の脚は、ガクガクと震え力を失くし、つまづきそうになる。


息を切らしながら信号を渡ると、何人か警官が倒れていた。


「おい!大丈夫かっ⁈」


震える脚に喝を入れて、俺はなんとか駆け寄った。

明日夢といい、行き倒れいる人間にこんなに遭遇するって、ふつーあるか?


死んではいないようだが、完全に意識を失っている。つか、連絡が取れないとかで応援が来ても良さそうなのにな…と、考えていた時だった。


背中ごしに声がした。


「これはこれは〜邪気に当てられてしまいましたね〜この程度なら死にはしないでしょうが…。」


ん?

と思い振り向くが、誰もいない。


「おや、ピンピンしている人間がいますね。たまに鈍感が過ぎる人間もいますからね〜。」


声がする方向…俺の頭一つ上を見上げると、周りの光を反射しながら回転しているボーリングの玉が浮かんでいた。


「まぁ、なんて間抜け面なんでしょう。ポカンと口を開けっぱなしで。まさかワタシが見えてるなんて事じゃあるまいし。」


声はそのボーリングの玉から聞こえる。


疲れた脚が限界を超えた…俺は思わず尻餅をつき、声を上げてしまった。


「ボーリングの玉がしゃべってるぅ〜‼︎??」


「はぁーっ?ボーリングの玉じゃあ〜りませんよっ!」


黒い玉は怒ったかのように全体が赤黒くなり、くるくる円を描いて飛び回った。次第に回転が遅くなり、ピタっと止まると、こちらを向いた(多分)。


「えっ…?ワタシのコト、見えてます?」


その喋り方が人間っぽくて、俺は内心笑って答えた。


「しゃべるボーリングの玉…なら…。」





牢屋の結界に包まれたサンシャイン屋上では、粘液の精魔獣とアスランの戦闘が続いていた。


ぶしゃっ‼︎


粘液の全身がはじけて、アスランにとびかかる。


「まぢ、勘弁!」


アスランは風を周囲にまとわりつかせ、飛びくる粘液を全てはじき返した。

攻撃をこうしてかわす事はできるが、こちらの攻撃も吸収されてしまう。先程からこの繰り返しだ。


「メロ君なら凍らせちゃうんだろうけど…。」


宙を飛んでいるだけでも魔力を消費する。出来るだけ早く突破口を開きたい。

考えている間にも粘液のかたまりは天井にも広がりだし、アスランを全方向から襲うつもりだ。


「出来るだけ建物を壊すなって言われたけど…出来るだけだしね!」


怒るマルゴーの姿を思い浮かべながら、小悪魔の笑顔で呪文を唱える。


「オート ル・ブセン ラディカ!

烈風より生まれし力よ わが元に出でよ…ウィンカイザー‼︎」


咒文じゅもんと共に、目の前の空間に大きなブーメランが出現した。

両翼に付いた持ち手の片方を掴むと、建物全体を破壊しないように魔力ちからを込める。


「あらよっと!」


掛け声とともに放ったブーメランは、それ自体も風をまとわりつかせ粘液に突っ込む。瞬時に屋上の床に到達すると、いとも簡単にコンクリートに穴を開けた。


グゴォォォォォ‼︎


ブーメラン自体の勢いと、排水溝が出来た要領で白濁の魔物は穴へと吸い込まれていく。


「うまくいったみたい♪」


手元に戻ってきたブーメランをキャッチしたアスランは、粘液を避けながら下階に降りて行った。




「レイジー フル ラティス

水の使者よ 我が導きにて進め!


水蛇槍撃エルム フ ゴルテ‼︎」


メディウムが放った水の槍は、目の前に迫った虎の姿を模した精魔獣を貫いた。

魔法が命中し黒い霧のように体が広がると、あっけなく四散してしまう。


「ふぅ、きりがないな。」


結界に開けた穴からサンシャイン内部に入り、いったい何体の精魔獣を倒しただろう。通常なら、初級の魔法でかたがつくのだが、呪文を繰り出す度に、強力な魔法でなければ倒せなくなっている。

数も読めず、四方の闇から無限に湧いてくるようだ。


「こんなことなら一発ヤっとけば良かったかな…。」


軽口を叩きつつも、表情には余裕がない。

予想よりも敵が多く、エネルギー源が足りない可能性があるからだ。


しばらく暗い廊下を進むと、大きな鉄門扉に出くわした。罠などがないか、慎重に観察するが、そもそも扉の形をしているだけで開かなそうだ。


「またつまらんモノを斬らせるのか。」


数歩さがり、剣を上段に構える。いざ斬らんとした時、門扉の向こうから気配を感じた。


そして恐らく向こうも…。


集中して呼吸を合わせる。


緊張が頂点に達し……


『はぁぁぁ!!』


2つの気合が重なった!


両側から攻撃を受けた鉄門扉が音もなく崩れていく。まるで砂で出来ていたかの様に。


崩れゆく扉の隙間から緑がかった光がキラキラ輝き、人の形だと認識できた。


「やっと会えたな。ユーギス。」


「あぁ、久しぶりだな。メディウム。」


青と緑の鎧が輝きを増す。


水と大地の魔法戦士がついに合流をはたした。






「とりあえず安全な所に全員運びましょう。」


しゃべるボーリングの玉は、俺に倒れている警察官達を道路の向かい側まで運べと命じた。


「なんで俺がこんなことを…。」


「すみませんねぇ、なんせワタシには手足がないものでw」


楽しそうに左右に揺れながら、ボーリングの玉は俺の後をついてくる。


なんかムカつく!


「どりゃっ!あと1人か。」


「それにしても、ワタシが見えるなんて。相当精力がお強いんですねぇ。」


「まぁ、そこら辺は自信が…ってぇ、なんで俺、ボーリングの玉と普通に会話してんだよ!しかも浮いてるしっ!」


あまりのことに冷静さを失っていたのか、ホイホイ言う事聞いていたが、そもそもコイツ何者だっ⁈


「俺はな、明日夢を探しに来たんだよ!アイツ、この中にいるんだ。なんでかわからないけど、わかるんだよ!」


「あすむ…もしかしてアスランの事ですか?」


「アスラン?なんだそりゃ?俺が言ってるのは、細身でまつ毛長くて、目がクリッとしてて、顔小さくて、そのわりに肩幅広くて、髪が栗色でサラサラで、肌白くてスベスベで、体毛ないのに、アソコだけはなんだか立派で、なんだか色々可愛いヤツのことだよ。」


最後の警官を肩にかつぎながら、玉と会話する。すっかり慣れた。


俺は明日夢と知り合えた事が自慢な気がして、アイツの魅力を全力で言葉にしてしまったが、なんだか恥ずかしいな。


玉はゆっくりと回りながら無言になる。まるで考え事をしているみたいに。


「あなた、お住まいは?」


「えっ?何だよ、急に。ふぅ、終わった。」


担いでいた警官を降ろして、俺もアスファルトに転がる。走るは人を運ぶは、まったくハードなトレーニングだよ。


「住んでいるのは幡ヶ谷はたがやだけど。それがっ?って、玉に地理がわかんのかよ?」


「フムフム…あなたがアスランの供給者サプライヤーでしたか…どおりでワタシの姿もこの結界も見えるわけだ。」


「サプライヤー?何のことだ?」


なかなか引かない汗をまくったシャツでぬぐいながら身を起こす。玉はふよふよと俺の目の前まで移動してきた。


「あなた、アスラン…明日夢君に告白なさい。」


もしその玉に目があったら、俺の目を見つめながら言ったのだろう。なんだよ、いきなり。告白ってさ。


俺、36歳のセクシー男優だぞ…。

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