第903話 浮遊島


 コンテナターミナルを掌握したことで、ようやく宇宙港へのアクセスが可能になった。ターミナル全域を覆っていた濃霧は薄れ視界は大幅に改善され、植物からの攻撃もなくなり進行を阻む脅威はなくなった。ターミナルから宇宙港に向かう輸送経路も確認され、少なくとも輸送機の離着陸には問題がないことが分かった。


 もっとも、宇宙港内の施設には未確認の変異体が潜んでいる可能性が高い。そのため、現時点では安全とは言い難く、完全掌握には至っていなかった。それでも、宇宙港を足掛かりに今後の探索と作戦を展開するための基盤を築けたのは大きな進展だった。


 そしてコンテナターミナルを生息域としていた〈霧の悪夢〉は、先の〈枯葉剤〉の散布によって勢力が大きく削がれていた。かつて自由に繁殖し続けていた植物たちは、今や自己保存のための繁殖に留まっていた。しかし特殊な樹液のおかげで回復力には目を見張るものがあり、すぐに以前の勢いを取り戻すだろう。


 ターミナルと地下施設の一部は依然として〈霧の悪夢〉の領域だったが、固有個体〈アスィミラ〉との対話を通じて築かれた平和によって、我々の共存関係は揺るぎないモノとなった。異星植物は、これまで通り人間の領域を侵さないという暗黙のルールを受け入れてくれた。互いに尊重し合うことで、浮遊島での新たな秩序が生まれつつある。


 浮遊島全体を俯瞰して見れば、脅威は未だに尽きない。各所の施設や建物内には、変異体と化した生物が未だ数多く潜んでいる。その多くは、旧文明の技術や装備で身を固めた治安維持部隊や警備員の人擬きだ。


 目的を失くしてもなお、彼らは施設を巡回し続けている。幸いなことに人擬きは施設内に留まっているため、我々が近づかない限りは敵対行動を取らない。そのため、掃討が可能な準備が整うまでは無視しても問題はないように思えた。


 けれど変異体の中には、つねに注意しなければいけない存在がいる。それは痩せこけた白い人擬きだった。どこか巨人のミイラを彷彿とさせる異形と化したその生物は、奇妙な長い手足を持ち、乳白色の薄い皮膚に覆われていた。


 この奇妙な人擬きがどのようにして誕生したのか、何を目的としているのかは謎のままだったが、厄介なことに重要施設の多くで徘徊していることが確認されていた。いずれ彼らの生態を調査し、その正体と目的を解明する必要があるのかもしれない。


 浮遊島の現状を踏まえたうえで、我々の目標は明確になった。宇宙港の完全掌握、変異体の掃討、そして白い巨人の調査。これらの課題をひとつひとつクリアすることで、浮遊島に安全と秩序を取り戻すことができるだろう。


 目の前に広がる平穏は一時的なものかもしれないが、それでも立ち止まることさえしなければ、いつか目的は達成できるだろう。


 それに、異星植物〈霧の悪夢〉と築いた協力関係は予想以上の可能性を秘めていた。〈アスィミラ〉の守護者――黒い外殻と触手を持つあの恐るべき捕食者たちの力を活用できれば、浮遊島を蝕む変異体たちを排除する日も遠くないのかもしれない。


 しかし〈霧の悪夢〉そのものが先の戦闘と〈枯葉剤〉の影響で疲弊しているため、急ぐことはできない。〈アスィミラ〉には休息と再生の時間が必要だった。焦らず、できることから始めるつもりだ。課題は山積していたが、一歩ずつ進むことでしか解決には至らない。


 幸いなことに、旧文明の貴重な物資が保管されている〈兵站局〉の巨大倉庫、そして〈技術局〉の人工知能〝ルイン〟の支援が得られた。物資管理とセキュリティを担う高度な人工知能であり、我々に協力的だった。そのおかげで、戦艦や各拠点に必要な物資を円滑に供給できる見込みも立った。


 けれど気がかりなこともある。それは、ルインが異星植物との共存に納得していない様子だったことだ。彼の冷ややかな反応や、異星植物に対する微妙な拒否感は隠しきれていない。おそらく彼の中で〝侵略的外来生物と共存する〟という考えがシステムの基準を超えた異常な状態、あるいは障害として認識されているのだろう。


 ルインのこうした反応は、彼が未だ通常の人工知能であることを示しているように思えた。彼は膨大な情報処理能力を持ちながらも、柔軟な発想や未知の事態への適応に欠けていた。それが単なるプログラムとしての人工知能と、特殊な知性――たとえば人工島の〈アイ〉や〈霧の悪夢〉のような存在――との決定的な違いなのだろう。


 ルインは、少しでもプログラムの範囲を逸脱する行動や結果をエラーとして捉える傾向があった。人工知能としての限界は明白だが、進化の可能性もゼロではない。時間は大抵の問題を解決してくれる。たとえば〈霧の悪夢〉が膨大な年月をかけて知性を進化させ、捕食者や機械人形との共存の道を選んだように。


 ルインが現在のプログラムの枠を超えた存在――人工知能を超えた〝新たな種族〟に進化する可能性も、長い時間の中で生まれるかもしれない。


 いずれにせよ、現時点でもルインの協力が得られることは、我々にとって間違いなく重要な利点だった。彼が提供する物資は各拠点の発展だけでなく、次なる計画を推進する原動力になる。この島に植物と人工知能、そして人間が共存できる世界が形作られるのかは、これからの我々の行動にかかっているのだろう。


 ちなみに、浮遊島で手にしたものは異星植物との協力関係や物資だけではなかった。地下の〈隔離区画〉に保管されていた旧文明の異常なまでの技術――〈転移門〉という驚異的な遺産も含まれていた。


 厳重に管理された〈隔離区画〉の深部に、その装置はひっそりと設置されていた。金属で構成された楕円形のフレームには微細な模様が刻まれていて、それが何かしらの動力や情報の流れを示しているようにも見えた。床や天井からは無数のケーブルと管が伸びていて、まるで機械の神経網のように装置に接続されている。


 その中央には門のよう空間が開いていて、肉眼では捉えられない微細な空間の揺らぎが存在し、近づくと鳥肌が立つような寒気と何とも形容しがたい圧迫感を感じる。そこは無限に存在する星々と異界、それに〈混沌の領域〉をつなぐ境界だった。


 カグヤとペパーミントが慎重に装置を調査した結果、この〈転移門〉を適切に操作すれば、地球上に存在する他の〈転移門〉に――たとえば、横浜の拠点に設置されている転移装置と接続することで、〈空間転移〉が可能になることが分かった。


 それが実現すれば、横浜から輸送機で数時間かけ、小笠原諸島付近の海上に漂う〈デジマ〉まで飛行する必要がなくなる。


〈空間転移〉によって物資の運搬や人員の移動が容易になるだけでなく、この浮遊島そのものを新たな探索拠点として機能させることもできるだろう。さらには浮遊島に眠る旧文明の技術や資源を効率的に活用することで、我々の勢力を飛躍的に強化できる可能性も見えてきた。


 もちろん障害は存在するかもしれない。それでも浮遊島〈デジマ〉の探索は成功と言ってよかった。次世代リアクターに関する資料を手に入れるまでの道のりは苦労の連続だったが、その価値は計り知れない。現在、この島はかつての危険な未知の領域から、各拠点とつながり、それを発展させるかなめになる可能性を秘めた地に変わりつつある。


 輸送機に乗り込んで浮遊島を後にしながら、私は思考に耽る。異星植物〈アスィミラ〉の知性と守護者たちの力、そして人工知能であるルインの進化の可能性――それらが揃ったとき、この島の未来はどう変わるのだろうか。そしてその未来が人類にとっての新たな希望となるのか、それとも新たな試練をもたらすのか。


 その答えは浮遊島を覆う深い霧の中にある。しかしひとつ確かなのは、この霧の向こうには無限の可能性が広がっているということだ。荒廃した世界で〝希望〟だけは薄れることなく、我々の胸の中に灯り続けていた。そして我々にできるのは、この旧文明の遺産が悪しき者たちの手に渡らないよう、守り続けることなのかもしれない。



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いつもお読みいただきありがとうございます。

これにて第十七部〈空中庭園〉編は終わりです。

楽しんでいただけましたか?


【ポイント】や【感想】がいただけたらとても嬉しいです。

今後の執筆の参考と励みになります。


そしてレイラとカグヤの物語は、まだまだ続きます!

第十部の編集作業を挟みつつ、

いよいよコケアリたちの地底都市を訪問する物語になります。


各拠点の発展状況や敵対勢力の現状を確認するため、

日常のエピソードで状況を整理したいと思います。

本編ではインシの民の思惑や女王アリの登場など、

これまでにない奇妙な地底世界を描写できたらいいなと思っています。


宇宙までの道のりは遠いですが、しかし着実に近づいています。

これからも応援よろしくお願いします。

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不死の子供たち パウロ・ハタナカ @P_A_B_H

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