これまで「ワスダ」という人物について、様々な感想をいただきました。レイダーギャングの幹部として悪事に手を染めてきた彼に対して、嫌悪感を抱くのは当然だと思いますし、読んでいて苛立ちを覚えるのも自然な反応だと思います。
以前にも何度かこうした意図を綴ったのですが、改めてこの場に個人的な備忘録として書き残しておきたいと思います。それ以上の意味はなく、もちろん特定の読者に対しても批判するような意図はありません。
この物語に登場する人々は、誰もがそれぞれ欠点を抱えています。主人公のレイラでさえ完璧ではなく、多くの弱さや矛盾を抱えながら泥臭く生きています。
それでも彼らは、略奪者や人工知能、さらには旧支配者や神話生物の思惑が渦巻く混沌とした文明崩壊後の世界で必死に命を繋いでいます。
ワスダは狂気を帯びた人物でありながら、自分のことを棚に上げて、よくレイラのことを説教していますが、それでも彼なりの信念に従って行動しています。
文明が崩壊した時代に生きる人々の〝価値観〟は、私たちの常識とは大きく異なります。そのズレが違和感や嫌悪感として返ってくることも理解できます。ただ、そうした価値観の相違を描くことこそ、この世界をより深く理解するために欠かせない要素だと考えています。
ワスダとの対峙は、まさに異なる〝価値観〟を持つ者たちの邂逅を描いたものでした。互いの信念を受け入れることができず、一方的に「正義」だとか、「悪」だと決めつけて対立しています。しかし、ワスダにはワスダの苦しみがあり、彼なりの事情とロジックがあるのかもしれません。
そして、荒廃した世界で生き抜くためにすべてを犠牲にしてきたワスダを通してしか、見えてこない残酷で無慈悲な世界があるかもしれません。彼に対する考えを変える必要はありません。ただ、そういう生き方しか選べなかった人間もいる。それだけのことです。
「異なる考えを持つ者を理解しようとする試みは、果たしてつまらないことなのだろうか?」
そうではないと伝えたいのが、ワスダという人物だったのだと思います。