第14話 ミーナ(三)
私は、自分のオフィスに戻り、もう一度ミーナのデータを見直した。
不自然な点は、多々あった。
彼女の両親.....精子と卵子の提供者はいずれも特に記録に残っているような人物ではない。......あれほどの力を『遺伝的に』受け継いでいるのであれば、政府の要職にあった人物であっても、おかしくはない。
にも関わらず、ヒットしてこないのだ。一般人であっても、管理局に住民登録のある人物であれば、精子や卵子の提供記録、産まれた(作られた)子どもの特徴、状況が記録されている。
しかし、ミーナの両親にあたる人物の記録は何処にも無かった。
正確には、ミーナという名前の子どもは存在していない。彼女の遺伝子型、外見的特徴から導き出された結果は、『UNKNOWN 』......いない、ということになる。 もしくは管理局のデータには記録されていない。
―有り得ない......―
通常の経緯を辿って産まれていれば、出産であれ、カプセルでの生育であれ、何かしらの記録が残る。
―悩んでるね......―
耳許でさわさわと風が鳴った。
「ライアン?」
うっすらと透明な端正なシルエットが微笑む。
―知りたいの?―
私は黙って頷く。
―結合記録のブランク......100年分見れる?―
ライアンは、難しい口調で言った。
―結合記録のブランクねぇ......―
私は、もう一度、管理局のデータベースを開いた。医師である私達と政府とだけが閲覧を許されるデータフィールドだ。アクセスすれば、記録が残る。私は、ごくり......と唾を呑んだ。が、覚悟を決めて数式を入れた。
......出てきた件数は、およそ2000件、明らかに不自然なデータが幾つかあった。
精子と卵子の提供年と結合年の間に大幅な開きがあるものが数十件。片方が存命中で片方だけが古い場合は稀にあっても、両方が古いことは滅多に無い。
管理局が実験的に行うことはあるが、その場合は『T 』を頭文字にしたシリアルナンバーが入る。
エラー=結合失敗の場合には『E 』と記される。
そのどちらにも該当しないデータ......ミーナの年齢と照合して出た結果は、五件。前後十年をフォーカスに入れると、30件ほどあった。
―書き取って......。―
ライアンが言う。コンピューター上に記録を残すな......ということらしい。私は30件分の両親の名前を書き取り、データベースを閉じた。
そして、ある奇妙な一致に気付いた。
改めて、別の管理局のデータベースにアクセスをかける。結果は......『Delute』。
皆、データが抹消されていたのだ。
私の探索は、残念ながらそこで終わった。
ライアンの気配が消え、明らかな『生体反応』を背後に感じたからだ。
「何をしているのだね、Dr.シノン」
声のする方を振り向くと、Dr. クレインが腕組みをして、眉根を寄せて立っていた。
「患者のレセプトを作ろうと思って......」
咄嗟の私の言い訳に、Dr. クレインはますます目尻をつり上げた。
「ミーナは君の患者ではない。余計なことに首を突っ込むな!」
かつて見たことの無い、恐ろしい剣幕だった。私は、首をすくめ、身を縮こまらせた。
「だいたい君は......」
とDr.クレインが言いかけたところで、おっとりとした声がそれを遮った。
「私が頼んだのよ」
Dr. バルケスが、ドアを背に立っていた。彼女はゆったりと微笑みながら言った。
「ごめんなさいね、Dr. シノン。忙しいのに......」
「Dr. バルケス......」
何かを言いたげなDr. クレインを制して、彼女は私に優しく言った。
「回診が終わったら、今日はもう帰ったほうがいいわ。明日も忙しいのだし...」
「はい、Dr. バルケス」
私は目の前のメモを急いで白衣のポケットに突っ込み、席を立った。
Dr.バルケスのテレパシーが、
―図書館に行ってごらんなさい―
と囁いたからだ。
「待ちなさい、Dr. シノン!」
とDr. クレインが私を呼び止めようとするのもDr. バルケスが、にっこり笑って遮った。
「好きなら、もっと優しくしておあげなさい」
突拍子も無いことを言われて、Dr. クレインがどんな表情をしていたのかは、私は知るよしもなかったが、とりあえずDr. バルケスの言葉に従って図書館に急いだ。
もっとも......ラウディス中央図書館に足を踏み入れて、私はいたく後悔した。
メモに書いてきた人物の名前は七人......30数件の謎の空白記録の該当人物は、七人しかいない。抹消された七人はどういう人物だったのか?......手掛かりを何処から探していいのか、途方に暮れた。
しかもラウディアンでない私には古いラウディス語は読めない。惑星連合の共通表記として認められた基準語のラウディス語ならなんとか読める。しかし、五十年以上前の書物は全て古ラウディス語で書かれているのだ。
私は古い字体のデータファイルの背表紙を見ながら大きな溜め息をついた。...と、その後ろから、もうひとつ大きな溜め息が聞こえた。
「まったく君は......」
いつの間に現れたのか、Dr.クレインは、さも呆れたと言わんばかりに私の腕を掴んで言った。
「家に来なさい。君が知りたがっていることを教えよう」
むっ......として振りほどこうとすると、なおきつく腕を掴まれて、引き寄せられ、囁かれた。
「行動に注意したまえ。アクセス履歴は消してきた。」
瞬時に顔色を無くした私に、彼はわざとらしく肩を抱いて、周囲に聞こえよがしに言った。
「遅くなってすまない。今日のディナーは奮発するよ」
「ディナーって......」
戸惑う私に、彼は少しだけ笑った。
「食事が先だ。......明日は遅出だ。家から出勤すればいいさ、アーシー」
「イーサン、あなたねぇ......」
ボヤくしかない私を図書館から引きずり出したDr. クレインは馴染みの店で私を食事に付き合わせた後、自宅に誘った。
「セキュリティ-シールドは完璧だ。調べ物なら、ここでしなさい。『七人の聖者』について知りたいんだろう?」
「七人の聖者?」
「殉教者とも、叛逆者とも言われているがね......」
そして、その晩は、朝までみっちり、クレイン
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