第16話 七人の聖者もしくは叛逆者(二)
「ベッドルームへ行こう」
「なっ?」
突然、イーサンが突拍子も無いことを言い出した。
「何を言い出すの、あなたは?」
困惑し、反論しようとする私に、彼は軽くウィンクし、自分の唇に人差し指を当てた。
「わかったわ......」
私は溜め息をひとつ、そして彼に着いていった。
彼のベッドルームは、窓の無い、完全な防音の施された密室だ。ドアを閉めれば、外界からは完全に遮断される。
「どうそ、ハニー」
彼は冗談めかして私を招き入れると、中から施錠し、スイッチをふたつ三つ、タッチした。
「慎重なのね」
私が半ば呆れ気味に言うと、彼は肩を竦めた。
「監視が強化されているからね。この部屋には、思念シールドも張ってあるし、それに......」
「それに?」
「大人のベッドルームを覗こうという悪趣味なやつは、そうはいないし、なおかつ......」
彼の苦笑いに、私もつられてクスリと笑った。
「僕達は、ルーナの『両親』だからね。ベッドを共にしていても不自然じゃない」
「まぁ、そうだけど......」
私はイーサンとの間にルーナを作ったが、『ベッドを共に』したことはない。ルーナは人工受精で、試験管の中で産まれた。
「そこに座って」
イーサンの指差すベッドの端に座った。
「さて、話の続きだけど......」
彼は隣に座り、話し始めた。
「七人のクリスタル-レイ......実際には十三人いたクリスタルの中の七人、という言い方が正しいんだけど......を断罪させたのは、その十三人のうちの一人......このサマナの
「同じクリスタルなのに?」
「『最高』はひとつ、なんだよ。アーシー」
イーサンの言葉はとてつもなく重かった。
マスターΩ《オメガ》は、十三人のうちの最後のクリスタルだった。
そして、彼を作ったのは、サマナの統治者であったラウディアンといわゆる軍事最高司令官...ジェネラルΣ《シグマ》。
最高統治者としてのクリスタルを創造した......という。
「クリスタルの特徴は、クオリティの高い最高能力を持つと同時に、周囲によって影響を受けやすい。実際には『投影』するだけなんだけどね」
最高統治者として創造されたマスターΩ《オメガ》は、その能力を遺憾なく発揮させてサマナを発展させ、この星の中心に押し上げた。
「他のクリスタル達も、それぞれ、様々な環境の中で育成された。だが、そのうちの五人は、早世した」
「なぜ?」
「人間―Human であることの重みに耐えられなかったのさ。クリスタルは本来、非常に純粋だからね」
残った八人は、それぞれの環境の中で教えられた『正しい』生き方をしようとした。マスターΩ《オメガ》は統治者として、他の七人は、市井の人々の規範として。
『正しい』ということは、絶対的なことではなく相対的なものだから、直面する状況によって異なる。......体制にとっての正義が全ての人々の正義とは限らない。
そのため、それぞれの、七人のクリスタルを信奉する人々が統治者達に異議を唱えはじめた。
「それが暴動となり、七人のクリスタルはその首謀者として断罪された。実際には......」
「実際には?」
「暴動は画策されたもの......とも言われている」
「ならば、何故その七人の遺伝子を今さら?」
私の一番の疑問はそこだった。
「彼らは飛び抜けた能力の持ち主だった。能力はある程度、遺伝形質でもあるからね。その『能力』だけを復元しようとしたんだ。実際には七人の聖者が生きていたのは、ざっと二百年前。彼らの遺伝子を復元する試みはずっと行われていたらしい」
イーサンは、紙を取り出し、ある事を記した。
それは、七人の遺体はまだ生かされていて、生体活動を人工的に続けさせている......と。サマナのマザーコンピュータの動力として、マザーコンピュータの地下のカプセルに封印されている......という。
「それだけ、彼らのフォースは凄まじいものだったのさ。そして......」
都市は常に新たな動力を必要としている......とイーサンは言った。復元された七人の遺伝子から作られた子ども達は、都市の新たな動力として機能するように育てられ、『配置されてきた』と。
「でも、わからない事があるわ」
私は意を決してイーサンに訊いた。
「何故、性的虐待する必要があるの?彼女らの受けた暴力は非常に野蛮で原始的なものだわ」
イーサンは、しばらく考え込んでいた。そして、おそらくは......と躊躇いがちに口にした。
「性交渉というのは、生命体にとって、種を残すための本能的な行為だった。けれど、現在ではラウディスのHumanにはその必要は殆ど無くなった。だが、本能としての性的欲求が全く無くなったわけではないし、それに付随する征服欲-支配欲というのが皆無になったとは言えない。むしろ......」
イーサンは声を潜めた。
「政府の上層にある者達には、そういった欲がむしろ強いのかもしれない。性交渉によるエクスタシーは相手とのエネルギー交換、融合をもたらすから、より強い-高い能力を欲する連中にとっては、能力の高い相手との性的な行為は、エネルギーの増強とか能力の向上に利用する場合もあるかもしれない」
「最低だわね」
性的な行為は、互いに存在を確かめ合い、体温を分かち合う、人間―Humanとして相手との親愛を深めるものだ。少なくとも、奪うだけ奪い、虐げて相手を苦しめるためのものではない。
「もうひとつ......これは憶測なんだけど......」
イーサンは、眉をひそめて言った。
「僕や君とルーナは遺伝子で繋がっている。たまから、ルーナの感情や体調に『感応』する」
「ええ、ルーナが熱を出していたり、とても悲しい時には、私も辛くなる。......会ってなくても、話していなくても、なんとなく判るわ」
私は、可愛いわが子の笑顔を思い浮かべた。いつの間にか大人びたが、まだあどけなさの残るルーナ......ミーナと同じ歳だ。もし、私がミーナの親だったら、どれほど怒り、嘆き悲しむだろう.....。
「それと同じように、七人の意識とその『子ども達』が繋がっているとしたら......自分の遺伝子と繋がっている者たちが激しい苦痛や攻撃に苦しめられていたとしたら......」
「彼らも、苦しむわね。そして怒り、その敵を憎む......」
「そうだ。その怒りや憎しみのエネルギーが遮断されて外に出ることなく、カプセル内で吸収されていたら......」
「動力って、そういうことなの......!?」
私は茫然とした。もしそれが本当なら、イーサンの話が本当であるなら、ラウディスは不幸な、人々の苦しみによって命脈を保っていることになる。
「これは、憶測だから......」
イーサンは震える私を抱き寄せて、優しく腕を擦ってくれた。彼が人に触れることは滅多に無いが、人として体温を与えて温めてくれようとした。
その思いやりが嬉しかった。
「さて、もう寝すもうか。明日も仕事だ」
促して、彼は私をベッドに横たえた。
「たまには、僕とエネルギーを分かち合うのも、いいだろう?.....隣り合って眠るだけでも、僕達は充分に分かち合える」
「そうね......」
私は、伸ばしてくる彼と軽く手を繋いだ。ゆっくりと呼吸をする。イーサンの澄んだ繊細な、清らかな水のようなエネルギーが流れ込んでくる。
いつもより少し、暖かくて、やるせない感触がした。
私は私のエネルギーで、彼をハグした。彼は微笑み、嬉しそうに大きく息をした。
私達は、性交渉などしなくてもお互いを分かち合うことができる。互いを傷つけることなく苦しめることもない。
―なのに何故、あんな惨いことを......―
ふっ......とミーナの顔が浮かんだ。私は無意識にイメージの中の彼女を抱きしめていた。
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