第4話 ナディア(一)
病室に入ると、患者は暴れ疲れたらしく、眠っていた。青ざめた顔、痩せた手足.....充分な養育をされていないのは一目瞭然だった。
「カルテを」
ホログラフィーが浮かび上がる。
「名前は?」
「わかりません」
アシスタントのナースが困惑したように言う。
「データが、無いんです。話のできる状態ではありませんでしたし......」
「外傷は?」
「擦過傷、打撲痕......それと」
ナースは瞬時、患者に眼を向けて、それから言葉を継いだ。
「骨折が数ヶ所。内臓にも損傷がありましたが......」
「虐待なの?」
私は思わず眉をひそめた。幼少児の患者には少なくはない。
「おそらくは......。ただ、この子は自然治癒力が高いようで、Dr. タレスの治療で内臓と骨折はほぼ治癒しつつあるんですが、......心身喪失が酷い」
「174Hz 、298Hz 、444Hz 、528Hzの周波数で、エンコードしているんですが......」
「デルタ波は?」
「勿論です」
私は眠っている患者の傍らに立った。トウモロコシを思わせる白金の柔らかいウェーブのかかった髪、伏せられた瞼の中の瞳はおそらくは翠色。耳の下に僅かに鱗様の白く光る皮膚......。おそらくなんの損傷も受けていなければ、かなりの美貌に育つ子どもだ。
「396Hzをエンコードして。-------それと波音をサブリミナルで」
「波音?」
「この子は、たぶんシリウス系だわ。鱗が残ってる」
シリウスは水の星だ。乾いたこの星ではベースが不安定にはなる。母星の星系を離れても、しばらくは七代くらいはDNAに情報が残る。両親のDNAが共に水性の星系なら強調される。
「どこで保護されたの?」
私は、形の良い額をそっと撫で、眉間に指を充てた。
「K―72区の外れです。市民の目の前で倒れたそうです」
「
「そうだ。Dr. シノン」
扉が開き、真っ赤な瞳と緑色の肌のDr. タレスが入室してきた。彼はオリオナレ(オリオン星系人)でボディ-ヒーリングのスペシャリストだ。患者の傍らに手を突き、患者の肌に触れる。暴れて出来た患者の擦過傷が見る間もなく消えた。
「スラム街の生まれだろう。酷い怯えかたをしていた。」
「親は?」
「今、DNAデータの解析をしている」
Dr. タレスは瞳と同じ真っ赤な髪を掻き上げて今一度カルテを見た。
「何か分かったかい?Dr. シノン」
私は、患者の額から手を離し、中空のカルテにデータを記入した。
「名前は......ナディア。性別は女の子。シリウス系の移民同士から産まれたんじゃないかしら......虐待していたのは、母親。シリウス人の姿をしている。シンガーかダンサーだわ。」
場末の舞台をじっと見ている瞳。振り上げられた手に怯える瞳......恐怖と孤独と思慕....。そう、私は、『触れる』ことで、対象の感情や症状を追体験する。......そうして、治療の方向性を決めるのだ。
「この子に必要なのは、ハグだわ。スピリットまで怯えてる。」
「厄介だな、他の連中には。.....担当は君だな。僕がフォローにつこう。」
「ありがとう、Dr. タレス」
私は微笑み、感謝を述べた。患者に『触れる』ことの出来るドクターは、そう多くは無い。患者の状態の影響を受けすぎて自分が病んでしまうか、エネルギー体のシールドが強すぎて触れることを拒否するのだ。
この病院で患者に『触れる』ことの出来るドクターは五十人中、七人。いわゆる救急救命センターにあたる、この第七セクションには三人。......もう一人はセンター
Dr. クレインは...彼は『触れる』が、殆ど触らない。
『効率が悪い』のだという。彼の能力は全方向に開かれ、しかも高い。
多くの患者を効率的に治癒するには、ひとりひとりに触れているわけにはいかない......という。
『小児は、そういう訳にはいかないからな。Dr. シノン、君に任せるよ』
形の良い唇をほんの少し歪めて笑って言う。実際、彼の能力から言えば、政府の執政官になっても、相当な高官になれる。もともとがそういう出自なのだ。
『レコード-キーパー《役人》なんてつまらないよ』
Dr. クレインの口癖だ。
『彼らは、データベースと睨めっこしてるだけの退屈な存在だ。医者のほうがよほど星のためになる』
だが、彼らの情報解析によって、サマナには難民が生まれ、スラム街が拡大している。『能力』の無いものを排斥し、サマナや都市からラウディスという星から閉め出そうという政策が百年も続いてる。
一向に、難民は減らず、増え続けるばかりなのに......。
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