第3話 ラウディスという星(三)
ディートリヒと子ども達との楽しい日々は瞬く間に過ぎた。
「気をつけて。......無事に帰ってきてね」
「大丈夫だ。君こそ無理はするなよ、アーシー。ギィもロディもしっかり勉強するんだぞ」
「わかってるよ、ダディ」
息子達とともにステーションで夫を見送る。ディートリヒは、子ども達の頭をくしゃくしゃと撫で、私の頬にキスする。
周りは物珍しげに見ている。―この星では人と肌を触れ合うことは、かなり奇異なことなのだ。―が私は気にしない。お互いが血の通った人間―Human―であることを確かめあうのは、生物として自然な行為だ。
プレアデスに向かうディートリヒの船隊はゆるやかにステーションから浮上し、上空に吸い込まれるように消えていく。
サマナの上空を覆うドームが開くことは無い。ディートリヒの船隊は、次元移動をしてドームを超え、航路に乗るのだ。
空間座標の移動は容易いことでは無い。一時的にせよ、座標軸を跨いで亜空間を通過せねばならない。三次元的にはマイナス座標を経由することはできないから、異次元―四次元に上昇して、目標値の三次元に降りなければならない。
三次元体が時空間の歪みに耐えられる時間はそう長くは無い。短くても極端な移行は細胞結合を分解してしまう。
少しずつ、細胞の結合の緩みが許容範囲を超えないよう気を配りながら航行せねばならない。
復元機能を持たない無機質の物質の分子結合は、もっと脆い。途中のステーションに寄港する度に補修をして、進むのだ。
どんなに科学が進んでもアンドロイドに舵取りをさせられないのは、肉体にかかる負荷は多様な乗客全て、貨物全てに対して適切な数値を計測するのが不可能だからだし、次元移動を重ねれば、アンドロイド自体の劣化も激しい。
詰まるところ、無機物は有機物りの『再生力』、『復元力』を凌駕することはできないのだ。
ディートリヒ達、ケンタウリ人は細胞の結合力、復元力が高い。一言で言うなら生命力が強いのだ。肉体を包むエーテル体も分厚く、粒子の密度が高い。その分、どうしてもエネルギー自体は重くなる。
ラウディスの人々は、重いエネルギー体を厭う。サイコキネシスやクレヤボヤンスといった異能力は分子の結合を変化させることによって発揮される。つまりは、エネルギー体が重い、ということは異能力を使えない......というに近い。
しかし、ディートリヒのように、生体の機能自体が高い人間は異能力に頼ることなく、ラウディスでの居場所を獲得することができる。......ごく僅かではあるが。
ラウディスに住む人々...特にサマナや他の都市部に住む大部分の人間は、あまり生体機能が高いとは言えない。
極めてHuman―人間にとって機能的に整えられているために、人間自らが自身の生体機能を高める必要が無いからだ。
だが、それは都市の全域に及ぶわけではなく......ある一定の階層以上の存在にのみ提供される。つまり、異能力者達に対して、だ。
能力のレベル、質によって住む場所も職業も決まっている。外惑星に出ることの無い職業の人間は特に能力のレベルによって階層付けられる。
治癒能力の高い者は医者や看護師に、サイコキネシスの得意な者やクレヤボヤンスが得意な者は監視者として国防や治安維持に、それぞれ「適性」に合った職業に付く。
そして、この星の執政者達は、いわゆるレコードキーパー......多次元からの情報を取得し、システムを生成-運用する。その地位は、上昇できる次元層と付加的に所持しているフォースの質量によって決まる。
私の生まれたフェリー星では異能力は互いに円滑にコミットメントするため、助け合うために与えられた『神の恩寵』だった。だが、ここラウディスでは支配のためのツールとして扱われている。
「お帰り、アーシー」
甚だ重い足取りで病院のドアをくぐった私を出迎えたのは、Dr. クレイン。
だいたい私の休暇の後は、エネルギーがネガティブを帯びて、気分で言うなら『面白くない』状態だろうか......だが、今回のそれは、やや違う波動を帯びていた。乱れが出ていた。
「何かあったんですか?Dr. クレイン」
「厄介な患者が、いる」
そう言って、ドクターは珍しく大きなため息をついた。
「錯乱状態が続いてる」
「鎮静剤は?」
「六歳の小児だ。そうそう使えない」
Dr. クレインは私をじっと見た。
そして......
「君の治療が必要だ。Dr. シノン」
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