第9話 週末(三)

「マムに聞きたいことがいっぱいある」


寝室で枕を手にルーナは、上目遣いで言った。


「なぁに?」  


 シーツを直しながら、私はルーナを見る。私のフェリー星の遺伝子のせいか、女性性がやや強く出ているようにも見える。


「性別は、選ばなくてはいけない?」


「そんなことは無いわ。」


私は応える。


「私とイーサンは確かにどちらも雌雄同体だったけど、私の生まれたフェリー星では、一定の年齢になると性別を選ぶことが一般的だった」


 ぽんぽん...と枕を叩いて、ルーナは怪訝そうな表情をする。


「ラウディスでは、選ばなくていいって言われてる。」


「そうね」


 私はルーナの髪をブラシで梳る。きれいなまっすぐな髪は、ルーナの性格そのもののようにも感じられる。


「ラウディスでは未分化のままで一生を過ごす人も多いわね」 


「何故?」


「必要が無いからじゃないかしら?」


 精子と卵子のストックがあれば、子どもはカプセルで育てられる。授乳が必要なくなるまで、カプセルの培養液の中で育つ子どもも多い。後は、子どもに適した栄養バランスのペーストを与えればいい。


 性交渉や妊娠、分娩の必要性の全く無い繁殖や科学的栄養のみの養育で種を存続できるのなら、性別は必要ではない。ラウディスでは、人の手を介さない、物理的介入の無い育成が尊ばれる。

 完全なる自己完結、自分以外の存在に対する依存を持たない人間こそが最も公平で理性に則って星の未来を築いていけると信じられているからだ。


 性交渉を持つ持たないに関わらず、性的な特性は、その存在にとって否定であれ肯定であれ、ひとつのアイデンティティを構成する要素となる。

 つまり、Human ―『人間』であること以外の『思い入れ』は不要だ......というのがこの星の価値観だ。


「マムの生まれた星......フェリーでは、魂の呼び会う半身ツインが何処かに必ずいて、その相手と出逢った時に『選択』できるように、未分化なんだ......と教わったわ」


 ルーナは口を尖らせて抗議してきた。


「じゃあ、ダディはマムの半身ツインじゃなかったの?」  


「イーサンは、ラウディアンよ」


 私は、ルーナの瞳を見つめた。私と同じフェリーナの瞳......でも、ラウディスの子どもなのだ。


「彼は完成した存在なの。半身を必要とはしない。私との間にあなたを作ったのは、次世代を繋ぐことも大事な義務だからよ。だから未分化の私の卵子を求めたの。私は、その頃はある意味では完全体だったから」


「だったら、なぜ性別を選択したの?」


「小さな完全より、大きな不完全の方が尊い......というのが、フェリーナの考え方なの。半身ツインを得ることで、互いにより大きな完全体になれる......それがフェリーナの教えなの」


「わかんない!」


 ルーナは声を荒げて言った。


「ダディは、小さな『完全』じゃない」


「そうよ。ラウディアンは同じ次元の半身ツインではなく、高次元の自分自身とパートナー-シップを結ぶの。平行域のパートナーシップではなく、垂直域のパートナーシップによって、より大きな完全体を目指すの。幾つもの次元層の自分と重なって、一体化していくの」


「マムには出来ないの?」


 ルーナはターコイズカラーの光線レイを走らせている。これがルーナの魂の色だ。


「私には、あまり興味が無いの。治療にあたっている時には一体化するけど、常に一体でいたいとも思わない」


「何故?」


「負荷がかかりすぎるからだよ。」


 答えにくいその質問に答えたのは、イーサンの声だった。振り向くとドアのところにイーサンが寄りかかっていた。


「マムの、アーシーの魂は、『受け入れ、与える』質から出来ている。肉体を持っている限り、許容範囲キャパシティに限界があるからね」


 そこまで言って、イーサンは言葉を切った。


「だから、君のマムは、『暖かい』んだよ。マゼンタの光線レイは、全てを受け入れ、全てを包み込む魂の色だ。小児科医には、実に向いている」


「ありがとう」


 私はイーサンの助け舟に少しだけ感謝した。


「あなたは、深い青い色よね。知識と真理の探究者。あなたは『導く』医療を施す人だわ......と言うより学者よね。的確な判断と見識には、本当に敬服するわ」


 私達の会話を聞いていたルーナが不思議そうに言った。 


「ねぇ、ダディ、マム....どうして、政府は子孫を作ることを奨励するの?卵子と精子を掛け合わせるのではなくて、優れた人のクローンを作ればいいのに?」


 イーサンが、ルーナの頭を撫で、ため息をつきながら言った。


「最高に完璧な『Human《人間》』を生み出すためさ。この星に生命が誕生して数億年経つが、まだ『究極』には至っていない。政府は『究極』を求めているんだ。」


 途方も無い野望、野心......完全なるクリアな色の無い魂......それは全ての色を孕み超越する存在だ。それをこの星の執政者達は産みだそうとしている。......多くの生命を犠牲にして。

 

「ところで.......」


 イーサンが咳払いをして、半ば照れくさそうに言った。


「私も久しぶりに、ベッドで寝たいんだが......。」


「え?」


「みんなで一緒に寝よう。人の温もりがあってこそのベッド......だろ?」


「いいわよ。」


 私とルーナは手を繋いで、イーサンのベッドルームにお邪魔することにした。ルーナを真ん中にして、川の字で横たわる。


「明日からは、皆んなカプセルでひとりで眠るんだ。今日くらいは、人の寝息があってもいいだろう。ルーナのためにも....」


 私はくすり......と笑ってイーサンの顔を見た。


「何時ぶりかしらね......」


「ルーナが第二エリアに上がって以来だな」


 ルーナが第四エリアを修了したら、完全に独立することを政府から要求される。親子として過ごせる時間は、もう、そう長くはない。イーサンの思いやりに、ちょっぴり胸が熱くなった。


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