第34話 啓示
私は、休日を利用して、自分の家に帰った。静かな、誰もいない部屋の中で、時折、吹き抜ける風の声だけを聞いていた。
かつて人間には当たり前であったことが当たり前ではない世界―ハウゼン教授の言葉が頭の中で幾度も幾度もリプレイされる。
―フェリー星人の雌雄同体化は、種の存続のために遺伝子が選択を行った結果です。その基底には、種の存続のために必要な本能を全ての人間が持つことによって、あらゆる危機に対して、適正な対応を選択する感性を育てあげた―
―種の存続のために...? 必要な本能...?―
―母性です......―
私の疑問に対する教授の答えは極めて平凡でありきたりなことのように、私には聞こえた。しかし、それを語る教授の表情は深刻なものだった。
―フェリー星人は、雌雄同体化することによって、全ての人間が『母』に成り得る資質を得た。.....妊娠-出産-育児......競争社会というシステムの中にあっては、それらは個人の自己実現のためには非常に不利になる。云わば枷、鎖のようなものです。しかし生命体が次代へと種を繋いでいくには欠かすことの出来ない、云わば生命体の根本にある摂理です。フェリー星人は、それを全ての人間―Human ― が平等に背負い、分かち合う道を選んだのです。......それは、その後の『育児』においても同様です。『父』として 精子を提供する側を選択したとしても、その脳には母性の領域が明確に残っている。肉体的な選択はあくまでも成人して、出産が可能な年齢になってから成されるのでしたね?―
―そうです。
―性的な成熟は、人間的な成熟を促します。特に『性交』が可能な年齢ではなく、安全な『妊娠-出産』が可能な年齢に到って初めて成人と見なされるというのは、子どもという『自分』以外の存在に対しても責任を負うことの出来る......云わば社会的成熟を意味します。人間―Human ― として......。―
―ラウディスは、違うのですか?―
教授は、私の疑問に哀しげに首を振った。
―ラウディスは......『母性 』の否定によって社会の発展を望んだのです。人工的に雌雄同体化を奨めた背景には、種の存続のための肉体的な
―では、人間は?人間の役割は?―
そう、産みもせず、育てもしない。......社会的な仕事、役割の多くをアンドロイドやAI が担っているこの星で、人間は何のためにいるのか。
―管理者です。AI にプログラミングし、正常に作動しているかチェックを行う。そのためだけの存在です。バグの発見と修正だけが、人間の『仕事』です。広義の意味で、ですが......―
―人間の病気も、バグだと......? 高齢化や精神疾患も?―
―その通りです。政府の概念では、貴方がた
教授は深く溜め息をついた。教授のように教育に携わる者もAI を補完する技術者に過ぎないのだ......と。
―では、何故、異能力の開発を促進などしたのですか?システマティックに星を運営していきたいのなら、不要では無いのですか?―
矛盾している。技術的な発展を目指すなら、単純に健康で、素朴な思考をする『普通』の人間を育てればいい。危険な薬物を使用してまで、異能力を開発する必要など無い筈だ。肉体的な、精神的な欠損や疾患まで負わせながら、
―人間―Human ― がAIの管理者たる為には、AIを超えるシンボリックな『力』が必要なのです。AI を凌ぐことの出来る人間だけに与えられた『力』が......。資源を必要とせず、次元の壁を超越する......その力こそが、人間―Human ― の優位性を示す物だ......。そう政府の中枢の人々は考えたのです。70%の使われていない脳の活性化というのは、そういうことだ.....と。―
そして、その優位性を持って、星系の支配者になろうと言うのか......多くを、多くの生命とその希望を犠牲にして......。
―馬鹿げてるわ。フェリー星では考えられない。人間は、生命体は自分の肉体と精神の力を信じていた。自らの遺伝子によって種を繋ぎ、情報を伝えていく。......それこそが、AI の及ばない貴い人間―Human ― という存在だと。フェリー星の人々が、異能力を得たのは、自分の種を危険な環境から守るため。どんな状況下でも
―その通りです。......フェリー星では肉体を持って生きることで多くを学び経験し、その事によって、より高みを目指した。生命体として......。ラウディスは、人間が長い時間かけて得てきた学びと経験を捨て去り、肉体を持たぬ者と同様にあることで優れたものになろうとした......―
教授は机にもたれ、絶望的な表情で空を仰いだ。
―人間は人間でしかあり得ない。生命体は有機的な存在の法則から逃れることは出来ない......ラウディスは、破滅するしかないのです。―
―それは、政府が変わらなければ......でしょう―
ふっと、耳許に憤ったように叫ぶ声が聞こえた。辺りを見回しても、姿は無い。が、私達には、その声が誰のものか判った。
―ミーナ!―
窓辺に寄ると、大地に脚を踏ん張り、両手をきつく握りしめて、こちらを見つめる強い眼差しがあった。
―私達は諦めない。私は希望を捨てない!―
頭に直接響いてくる、その力強い声に、私は無言で頷いた。教授は、傍らで静かな声で告げた。
―彼女は貴方の力を必要としています。彼女の希望の扉を開く鍵は、貴方です。扉は力で抉じ開けるのではなく......正しい鍵で開けることが大事です。―
「正しい鍵......ね」
私は天井を見つめ、ディートリヒや子ども達の、そして両親のフォトフレームを見つめた。両親と兄妹と....そして祖父の穏やかな微笑みを思い出した。
「マスター-デュール......お祖父様。私に導きを......」
辺りは静かに日没を迎えようとしていた。
I 'm a Human 葛城 惶 @nekomata28
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