第29話 ガーディアン(三)~Emotion ~
私とイーサンの探索は遅々として進まなかった。
姿を消したミーナを表立って探すのは、彼女の身に危険を及ぼす。それは出来る限り避けたかったし、何よりイーサンが乗り気ではなかった。
―アイツは疫病神だ。君を危険に引きずり込む。ガーディアン達さえ探せ出せば糸口は掴める―
イーサンは、『水』のガーディアンの系譜だけあって、かなりの『潔癖症』だ。
オフィスを見ただけでも、ディスクの上にはコーヒーのマグカップがひとつだけ。部屋の中にも、カルテを呼び出すサーバー以外、何も無い。ディートリヒや子ども達(ライアンやマティア......宝石になった子ども達、ミーナのものも含め)のフォトスタンドで埋め尽くされている私のディスクやオフィス、フィットネスのツールが所狭しと置かれているDr. タレスのオフィスを見るたびに、―信じられない―という顔をされる。
ことミーナに関しては、特に手厳しい。
―アイツは嫌いだ―
とはっきり言い切るのだ。
―彼女が傷ついたのは、彼女のせいじゃないわ......!―
と私が擁護すれば、
―アイツの手は血に汚れている―
と言う。
―彼女をそこまで追い込んだのは、政府よ!―
と私が憤慨すれば、重い溜め息をついて黙り込む。わかっているのだ。わかっているからこそ、イーサンは政府の職につかなかった。付くことを拒んだ。―汚い奴ら―の味方はしたくない。けれど、星を守る役目からは逃れられない。
―だから、医者になったんだ―
政府の、人々の罪を『浄める』......一人でも多くの人間の命を救い、エネルギーを正常な状態に戻すことで、この星の歪みを糺す......それがイーサンの選んだ『道』だった。
―一滴の水でも、集まれば『流れ』になり、『大河』になり、『大海』になる―
イーサンの主張は正しい。正しいが、気の遠くなる『時』がかかる。
この星には、そこまでの猶予は、無い。
譲れない『正義』が、日々彼を悩ましめている。冷徹で無表情な表面と異なり、彼の内面は恐ろしく繊細だ。
出口の無い煩悶は、そのエネルギーを澱ませる。......一刻も早く解決の糸口を見いださないと、彼自身が潰れてしまう。
私は何より、それを恐れていた。
「博物館へ、行きましょう」
私は思いきって切り出した。
「そんな所になにが......」
「ここで頭を抱えていても始まらないわ。何があるかはわからないし、無いかもしれないけど、ここで悩んでいるよりはマシよ」
渋るイーサンを、私はオフィスから引きずり出した。『水』は澱んではいけないのだ。流れねばならない。それには『動く』ことしか無いのだ。
冷涼な気温に設定された、紛い物の『秋』の街を私達は博物館へ急いだ。
そして、ラウディスを近隣惑星の中でも文明の優れた『優秀な』星に導いたとして、
落胆するイーサンと私の背中に、愛らしい声がふわりと被さった。
「ダディ、マム。元気してた?」
金色の髪を揺らして、ルーナが駆け寄ってきた。可愛い我が子の出現に難しい一方だったイーサンの顔が途端に綻んだ。
「ルーナ、どうしたんだい?いったい、どうしてわかったんだ?」
嬉しそうに微笑み合う姿は、本当に良いものだ。ルーナが、私の方をちらっと伺って、にっこり笑った。
「マムがメッセージをくれたの。用事で博物館に行くから、ご飯を食べに行きましょうって......」
「アーシーが?」
訝しげに見るイーサンに、私はルーナの肩を抱いて言った。
「たまには気分転換も大事よ。最高の癒しでしょ?」
「そうだな.....」
笑い合って大仰な建物を出る私達の背後に、密かな眼差しがあることに気付かないまま、私達は街へと繰り出した。
「ねぇ、ルーナ......」
私はハンバーグ的なものを頬張るルーナに、何気なく訊いてみた。
「マスターΩ《オメガ》って知ってる?」
「知ってるわ」
ルーナは屈託なく髪を書き上げて笑った。
「ラウディスの守護者、偉大な存在って、聞いてる」
「他には?」
「後は知らないわ。教えてくれない。歴史学のコースを取れば教えてくれるかもしれないけど......」
「そう......」
イーサンが思い切りイヤな顔をしていたので、この話は打ち切って話を変えた。
「どう?ルーナ、勉強は楽しい?」
「楽しいわよ。......それに、みんな変わってるわ。私は純血のラウディアンじゃないのに、肌が白くて羨ましいって言うの」
ルーナは、不思議そうに、だが自慢気に私達を見た。
「白い肌は、ラウディアンみんなの憧れだからね。君は、アーシーと僕の良いところを受け継いだから、格段にキレイなんだよ」
「そうね」
ルーナの微笑みはどこまでも屈託がない。私は同じ年で、過酷な運命と戦うミーナの昏いが、力に満ちた瞳を思い出した。
彼女!ミーナ》がいつか心から笑える日が来ることを心の底から祈った。
私達は、そのためにも、マスターΩ《オメガ》を目覚めさせねばならない......。
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