第12話 ミーナ(一)
きっかけは、ひとりの患者が運び込まれてきたことだった。
名前は、ミーナ。年齢は14歳。容姿からすると、生粋のラウディアンだ。
褐色の肌の金粉の痣の比率が高いことからも、かなりの優生種なのが分かる。
遺伝子データでも、両親ははっきりしている...いずれも故人だったが、政府が育成している子どもだ。問題はない。能力はランク無し......というのが、初見だった。(能力の発揮が見られない子どもはNランクなはずだった)
スタディ-エリアの所属は、第五エリア......これも初見だった。
まずは、政府に最も優遇されるべき子どもなのだが......。
症状は......外陰部裂傷、外性器損傷、内臓損傷......と全身の骨折、殴打による鬱血痕......端的に言えば、暴力と性的暴行による著しい身体の損傷。
その心は、激しい憎悪と怒りで満ちていた......と思われる。
思われる、というのは、オペレーションに入る際に、
―決して、彼女(彼)の内面的エネルギーにアクセスしてはいけない。―
とDr.クレインに釘を刺されたからだ。
通常であれば、オペレーションに従事するドクター達は、患者の内的な意識と交感しながら、術式を選択して進める。痛みの加減、部所を患者にテレパシーで尋ねながら進めるのだが、ミーナの場合は、それが全く不可能だった。
ミーナの身体を取り巻くエネルギーは、怒りと憎悪(たぶん)で真っ黒に染まり、損傷部位を確定することすら困難な状態だった。
物理的医療知識、技術に秀でたDr. クレインと教授❮プロフェッサー》マシューの指示のもと、手術は進められ、外的損傷の療術では稀に見る、八時間という長い時間をかけて終了した。
私も、他のドクター達も少々は物理的施術を学んできているが、いつものエネルギー施術の数倍も疲れた。
「近頃の若い者は弱いのぅ......」
ベガからの亡命者とラウディアンの混血という教授❮プロフェッサー》は、粒子クリーナーで両手を洗浄しながら、それでも穏やかな微笑みを浮かべて、言った。
「わしらの若い頃には、十数時間という長い時間に及ぶ物理的手術もあったぞ」
ベガの人々は長命で知られていて、だいたいの平均寿命が500年くらいだという。ラウディアンの平均寿命が200年くらいだから、教授の長い白い髭や額の深い皺からすると、もぅ百年以上、患者を診続けていることになる。
へたばっている私達に対して、やはりDr.クレインも平然としていた。
患者の肉体組織のホログラフィーをレイヤーごとに確認しながら、暗い眼差しで治療方針のデータを見ていた。
「今回はなぜ、 物理的療法を?」
肉体の物理組織のヒーリング施術に長けたDr.タレスがDr. クレインに尋ねた。実際のところ、Dr.クレインと教授❮プロフェッサー》が物理的ないわゆる手術を執刀し、私と教授❮プロフェッサー》の秘書が助手を、Dr. タレスは同時進行で、打撲痕や骨折部位のエネルギー施術にあたっていた。
「時間がかかりすぎるんじゃよ」
教授❮プロフェッサー》が秘書からドリンクを受け取りながら言った。ベガの薬草から作った薬草茶だという。教授❮プロフェッサー》は、ベガから亡命する時に、沢山の薬草の種や苗を持ってきて、この病院の敷地内の菜園で育てている。術後や高齢者の緩和ケアの大きな戦力だ。
「エネルギー療法だけでは、患者の生体エネルギーの状態が悪すぎて、効果が期待できない。ここにいる全員のエネルギーを費やしても、患者の負のエネルギーを相殺できない。
要は、Dr. タレスが肉体組織の細胞を復元しようとエネルギーを送っても、患者の負のエネルギーに喰われてしまうんじゃ」
教授❮プロフェッサー》は、ずずっ......と茶をすすった。
「かといって物理的療法だけでは、骨折や打撲の治癒にも時間がかかる。細胞の自己修復能力が著しく低下しているからな。君に接合-修復をしてもらって、縫合部位の修復に患者のエネルギーを集中させたいんだ」
「生命力自体は、強いですからね」
Dr.クレインがため息混じりに言った。
「だから、一命を取り留められた。......自分でこの病院の近くまで、身体を運んだんですからね、大したものだ」
「運んだ?」
「瞬間移動❮テレポーテーション》だよ。切実に生命の危機を感じたんだろう。相当な能力者だよ、ミーナは」
「ならば、なぜ......」
性的暴力などを?......と言いかけた私の目に、とんでもない映像が飛び込んできた。
着飾った男女......間違いなく上流階級の人々だ。褐色の肌はラウディアン。他に外惑星の地位のある人らしい、勲章や王冠、高価そうなアクセサリーをした人達......。
真ん中のステージには、ミーナを初め、数人の少年少女......ざっと見たところ、雌雄同体の子達だ。身形は薄いシルクの上衣だけをまとっていて、下半身も育ち始めたばかりの胸乳も露にさらけ出されている。
ミーナは、黙って、じっと唇を噛んで立っているが、中には泣き崩れている子達も多い。
誰かの上品ぶった、だが最低に下卑たエネルギーを帯びた声がした。
―今宵は、最高ランクの能力持ちのキャストをご用意しました。どうぞ、存分に彼らの『恩寵』を受け取ってください。なお、各ルームには、エネルギーシールドを設け、キャスト達にはコントローラーを着けてありますので、存分にお楽しみください―
少年少女達の悲鳴があがる。彼らは次々に別室に連れ込まれていく。悲鳴と怒号、苦痛の叫びと嘲りの声......ある部屋から男の叫び声があがる。
意識を移すと、男がふたり、壁に叩きつけられている。呆然とする男女が他に三人......ミーナが怒りに震えている。血塗れの下肢......怒りと憎しみのエネルギーがコントローラーの制限を越えたのだ。背後からスタンガンを充てられ、気絶するミーナ。
―上客になんてことしやがる。孤児のくせしやがって......―
殴る蹴るだけでなく、エネルギーで弾き飛ばされ、地面や床に叩きつけられるミーナ....。
―殺せ―
ミーナを見下ろしながら、冷ややかに言うタキシードの男。黄金の炎が燃えるようなこの髪型と巨躯には、僅かだが見覚えがあった。
「そこまでだ、Dr.シノン」
はっ......と我れに還ると、Dr. クレインの相眸があった。彼の手が私の頬に触れる。
「それ以上は見てはいけない。......君の担当の患者ではないのだし.....」
「担当じゃない?......ミーナはまだ、十四才でしょ?」
「Dr.バルケスが担当する。彼女はベテランだ。心配はいらない」
「何故?......」
てっきり私が担当するものと、担当すべきと思っていた矢先のDr.クレインの言葉に私は憤然とした。確かにDr.バルケスはベテランだ。たが彼女は小児科医ではない。成人の担当の医師だ。
「君は繊細すぎる......君を壊したくない」
言い置いて立ち去る後ろ姿に尚も抗議しようとする私の言葉を教授❮プロフェッサー》のエネルギーがやんわりと、だが厳しく止めた。
「Dr.クレインは、君が大事なんじゃよ。わかってやりなさい.....」
教授❮プロフェッサー》は、私の頭をくりくりっと撫でて立ち去っていった。私がいつも子ども達にするように......。
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