第11話 覚醒、ヴォルガンテス
突風と爆発。
陸と地中が駄目なら、残るは――空だ。
「トニック、任せた!」
「来ると思いましたよ、チェンジワイバーン!」
上半身の前後を入れ替え、跳躍。一瞬で暴風域を抜ける。羽ばたいて急降下。位置エネルギーを加えての体当たり。大地を砕かんばかりの一撃だ。
しかし――
「ぬるいわ!」
ヴォルガンテスの突進を、メガニュートは軽々と受け止めていた。
「パワーも二倍ってか!?」
「力比べなら俺だ! チェンジォリュンポ――」
「喰らえ!!」
反転する景色。頭から地面に叩きつけられたのだ。ゴロゴロと地面を転がり砦に激突。逃げ惑うレジスタンス。立ち上がろうとするヴォルガンテスに瓦礫が降り注ぐ。
「こなくそ! シスター、もう一度ジャンプだ!」
再び跳躍。目にも留まらぬ早さで空中を舞い踊り魔弾をかわす。力比べで負けるのならこうだ。
「チェンジドラゴネイド!」
素早く変形。キックの姿勢に移行。運動エネルギーを反転し垂直落下へ。
「それは無駄だと!!」
「そうかよ!」
確かにただのキックでは再び力負けするだろう。だから今度はこうするのだ。
「ヴォルガンドリルキィーック!!」
※
ヴォルガンテスの足だけを変形させてドリルを展開。合成メガニュートの左肩を抉り取る。
「小癪な!」
懐に潜り込んだ邪魔物を排除するべく、メガニュートは残った右腕を振るった。しかしフロウは腕を変形させてスラスターを展開。素早くその場から離脱する。
「ようやっと勝手がわかってきた。このままガンガン行くぜ、ヴォルガンファイヤ!」
スラスターとドリルを駆使した超高速近接戦。新たなマニューバを矢継ぎ早に繰り出し手数で相手を圧倒する。
片腕をスラスターに変えての姿勢変更。ウィングを微調整した空力調整。部分変形を用いた重心変更。その全てを、フロウはほとんど本能的に使いこなしていた。
ヴァンパイアメイルとは
トニックは息を呑んでいた。
このフロウという女性の第一印象は、『粗野で野蛮な人間』だった。性質で言うならば、獣の方が近いかもしれない。
しかし今目の前で機体を駆る女性は、極めて人間的な高等技術を駆使している。ヴァンパイアメイルという道具を意のままに操ることは、人間にしか為し得ない行為なのだ。
獣のような粗暴さと人間的思考制御。それはある種の二面性と言い表してもいい。
とかくこのフロウという人間は、トニックの理解の範疇を大きく逸脱していた。
理解できなくて、恐ろしい。それが正直な感想だった。
「やるな、フロウ……!」
イサミが呟く。彼女はトニックに比べてフロウとの付き合いが少しばかり長い。それ故の信頼関係なのだろうか? わからない。あの異常者を、どうして理解できようものか。理解できないものを、どうして信頼できるだろうか。
それが不気味で仕方がなかった。
※
有利に運ぶかと思われていた戦いだが、戦況が変わるのに要したのはほんの一瞬だった。
ほんのわずか一瞬、攻撃の手を逃れ空いたメガニュートの右腕から、魔弾が放たれたのだ。それはヴォルガンテスではなく――避難所を急襲した。
爆発。
振り返れば上がる黒煙。
ついさっきまで避難所だったものは、そこに潜んでいた女子供もろとも跡形もなく消し飛んでいた。
次いで、横殴りの衝撃。形勢は逆転していた。避難所の残骸に気をとられていた隙に、メガニュートはフロウを追い詰めたのだ。
「なんと卑劣な……!」
トニックが爪を噛む。それを嘲るように嗤うメガニュート。
「その吠え面が見たかった!」
「ドラゴエンパイア、許せません……!」
苛立ちを露にするトニック。しかしそれを咎めたのはネイサーの声だった。
「まだわかっていないようだな」
以前と同じだ。コックピットのどこかから聞こえる彼女の声は、冷たく突き放すようであった。
「そのメガニュートはお前が逃がした相手だ。ならば、その犠牲者はお前が殺したも同然」
風にのって届くのは、ネイサーの声だけではない。
あつい。くるしい。いきができない。おかあさんどこ。いたい。きもちわるい。いえにかえれるとおもったのに。
それは炎に呑まれた人々の無念の声。
「聞こえるだろう、彼らの声が」
「な、なにを」
狼狽えるトニック。ネイサーは続ける。
「奴らはわかり合えるような相手ではない。殺さなければ殺される。これは生存競争だ。お前には、それを左右するだけの力がある。命を選ぶ力だ」
そう、きっとネイサーは最初から理解していたのだ。トニックが無殺生を貫けば、いずれ誰かが代わりに死ぬと。だから彼女も、同様に選んだのだ。トニックに身をもって理解させるために。
「お前の言う神はお前に力を与えた、それは命を選ぶ力だ! 戒律に甘んじて目を背けるな! お前は何を殺し、なにを生かす!!」
それは、命の価値を、優先順位を選べる権利ではない。
義務なのだ。力がある者は、その使い方を自ら考え決めなければならない。
「選べ!!」
敵の猛攻をなんとか凌ぎながら、フロウは横目でトニックの様子を伺う。唇を噛み締め、額に汗を浮かべた彼女は――しばらくの逡巡の後――コクリと、小さく頷いた。
「主よ、お許しください。わたくしは……わたくしは、選びます」
刹那、機体の動きが軽くなった。
鋭いキックでメガニュートを弾き、再び大地に立ち上がる。
「急にパワーが!?」
狼狽えるメガニュート。フロウも感じていた。機体のパワーが、格段に上がっているのを。
いいや、しかしその理由はハッキリとわかる。三人の心が真に一つになったからだ。トニックの戒律が妨げていた意志の統一が成され、フロウの猜疑心が設けていた心の壁が取り払われた。
確かにこれまでも、三つの心はドラゴエンパイア打倒で統一されていただろう。しかし、ヴォルガンテスの真価は発揮されていなかったのだ。
三人の思いが近づけば近づくほど、ヴォルガンテスの力はより強いものとなる。
「次で決める! ヴォルガンファイヤ!!」
装甲から溢れる炎は苛烈さを増していた。
風の中にあっても消えない赤々と渦巻く炎はその熱量を増していき、いつしか蒼い炎へと変わる。全てを燃やし尽くすが如く、信じられるか、このパワー!
「な、なんですかこの力は!?」
「俺も感じる! 凄いパワーだ!」
炎の鎧を身に纏い、ヴォルガンテスは駆け出した。メガニュートと組み合う。パワーは既に互角。――あるいはそれ以上。
「どういうことだ!? この熱さは――」
後ずさるメガニュートに追撃の拳を叩き込む。
「さっさとくたばれや!!」
パワーとパワーの応酬に、差し挟まれる斬新なマニューバ。バックステップでフェイント、そこから続くドロップドリルキック。燃え盛る炎を巻き込みドリルが分厚い装甲を貫く。
「なぜだ!? 体が熱い! 灼けていくようだ!!」
「そりゃあ燃えてるからなあ!!」
ヴォルガンテスの纏う炎が、メガニュートの分厚い装甲を焼いているのだ。燃焼し脆くなった装甲に、鉄拳がめり込んでいく。
「まずい、まずいぞこの炎は。俺の、俺の体が……」
激しく狼狽えるメガニュート。効いている証だ。攻めの姿勢でラッシュを決める。
「最後は三人で決める。いいかシスター!?」
「……はい」
それは神に対する謝罪だろうか。トニックは俯き、両手の五指を組む。対してイサミは気楽なものだ。
「俺も忘れるなよ!」
「忘れるもんかよ!」
三つの心が一つになれば、魂の炎は百万倍に燃え上がる。体内に循環する気功を練り上げるが如く、己の内から湧き出す意志の力、それがヴォルガンの炎――
「ヴォルカニックアーク!!」
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