第10話 襲撃、合成メガニュート!

 暗い、ジメジメとした洞窟。右肩から竜の頭を生やした筋骨隆々の男が、先程から何度も大広間を往復している。

 どれだけそうしていたのだろうか。遂にしびれを切らしたらしく、地団駄を踏みながら激しく声を荒立てる。

「ええい、ただのメガニュートにあのヴォルガンテスを倒すことなどできん。やはり吾輩が直々に叩きのめしてくれる!!」

 それに対して、背の低い腰の曲がった男はこう返した。

「まあ、待て。今一度こやつらにチャンスを与えるのもいいのではないか?」

 言いながら、巨大な異形に視線を向ける。先日の戦闘でヴォルガンテスに大敗を喫し、隙を見て逃げ出してきた二体のメガニュートだ。

「ははっ。グローブ将軍、我々にもう一度チャンスを!」

 グローブ将軍と呼ばれた筋骨隆々の男は、しかし首を横に振る。

「戯言を。またむざむざと逃げ帰ってくるだけだろう。先日の戦いぶりはこの目にしっかり焼き付いているぞ。一方的にやられていたではないか」

 すると腰の曲がった男はこう言った。

「無論、このまま再戦の機会を与えるわけではない。こやつらで合成メガニュートを仕立てるのじゃ」

「合成メガニュートだと?」

「左用。さすればそのパワーは三十倍、いやそれ以上まで跳ね上がる」

「お、お待ち下さい、我々を合成するということは、我々の精神は……」

「たわけが! 元より敗北した時点で貴様らの命の灯火は消えたも同然! ならば少しでもドラゴエンパイアの、いやシンラドゥ様のために全身全霊燃やし尽くすのじゃ!」



 メイデ・ラボには所員用の食堂がある。物資が少ないので、おかわりは無いしあまり豪華なものも出ないが、三食が保証されているという事実は何事にも代えがたい。

 もちろん、ヴォルガンチームもこの食堂を利用していた。

 一人だけ少し離れた席で食事を摂るトニック。そんな孤高の存在を眺めながら、フロウはイサミの肩をつつく。

「なあイサミ。あいつの宗教ってなんだかわかるか?」

 何の躊躇いもなく肉料理を頬張るトニック。自炊なら殺してないのでオッケー理論も通らなくはないが、他人が作った料理だとその限りではないだろう。あるいは、殺生という行為自体に問題があって、結果は関係ないのかもしれない。

 どちらにせよ、そんな虫のいい戒律など聞いたことがなかった。

「そんなの俺が知るわけないだろ」

 イサミも同様らしい。知ってた。

「だよな」

「博士なら何か知ってるんじゃないか?」

「どうだろうな。あのオバサンが何考えてんのかよくわかんねえ」

 中空に視線を漂わせながら、ぶっきらぼうに言う。先日の件で、フロウはネイサーに不信感を抱いていた。

 それを敏感に察したのか、イサミはバシバシとフロウの背中を叩く。

「まあまあ、そんなピリピリすんなって。博士みたいなムチャクチャな人が、たかだかシスター相手に怯えるわけないって」

 ネイサーを信頼しているのか、あるいはただ脳天気なだけなのか。多分どっちもだな。イサミはあまり頭のいい人間ではない。もっとも、フロウも他人ひとの事は言えないのだが……。

 ともあれ彼女は場を和ませようとしてくれたのだ。気持ちには気持ちを返さなければならない。

「ああ、まあ、なんだ……イサミ、あんたのことは信頼してるよ」

 今はその単純さに救われる。褒めているのか貶しているのかよくわからないが、少なくともこれは本心からの言葉だった。

「任せとけ。俺がいれば百人力だ」

 胸を張る彼女は、なんとも頼もしい。自慢の仲間だ。

 そうこうしている間に、トニックは昼食を終え席を立っていた。スラリと長い足に、ピンと伸びた背筋。修道服にまだら模様を刻む血痕は長い年月と幾度もの洗濯を経て変色し、暗緑色にも似た色合いを放っている。

 絶対的な自信を纏うその鮮烈なる出で立ちは、否が応でも目を引いた。

 孤高の体現者……とでも形容すればいいのだろうか。同じヴォルガンチームでありながら、この数日間で一言も言葉を交わしていない。馴れ合う必要があるとは思わないが、意思の疎通もマトモにできない相手と一緒に戦うのは不可能だ。

 さりとて自分から話しかけるつもりにもなれず、時間だけが過ぎる……かのように思えた。

「して、あなた方――」

 声の主へ振り向き、フロウはぎょっとする。

狗神狗神様の教えに興味がお有りのようですね」

 片付けを終えたトニックが、隣の席に腰掛けていたのだ。足跡ひとつ立てない見事な隠密行動。野生動物並の勘と感覚を持つフロウですら気づかなかった。

 そんな離れ業を成し遂げたトニックだが、特に誇るようなことでも無いらしく自慢げな素振りも見せずに語る。

「狗神様とは、天帝……つまりこの世界の意志により遣わされし者。狗神様は天帝の意志で様々な教訓をわたくし達に届けてくださいました。その教えに従うわたくし達を、外部の人間は天帝狗てんていぐ教と呼ぶようです。他所のまやかしと同様に扱われるのは、誠に遺憾なことでありますが……」

 天帝狗教……聞いたことのない宗教だった。類似するものがないか考えてみたが、そもそもフロウは無学なので宗教のことなどさっぱりだった。

 イサミに視線を向ける。どうやら彼女も知らないらしく、首を横に振った。

 トニックの語りは続く。

「主の教えは普遍的なものばかりです。物は大切に使うこと、身だしなみは清潔さを第一に考えること……わたくしのローブも長いもので五年ほど愛用しております。選択しても落ちない汚れなどいくつかありますが、清潔さは保っているつもりです」

 他にも、食物は残すなだとか、規則正しい生活を心がけろだとか。

 彼女の語る教えは、確かに平易なものばかりだ。とはいえ他の宗教の戒律をよく知らないので、マトモな比較はできない。しかし、都合が良すぎる……という印象が覆ることはなかった。

「そして禁じられているのが、殺生です。加えて、地獄の炎に触れてはいけない、というのもありますが……地獄の炎というのがなにを指すのか、わたくしは存じ上げておりません。また、己を鍛えるための手段として視界を封じることを奨励しています。わたくし以外に大成したという話は聞かないのですが……」

 考える。この長話を、どう切り上げてもらうべきか。機嫌を損ねることなく、なるべく穏便に――

 風雲急を告げるサイレンが鳴った。個人的な思索も思惑も、その全てを瑣末事にしてしまう。考えうる限り最悪の切り上げ方。とはいえ起きてしまったことは仕方がない。

 出撃だ。

 急ぎヴォルガンテスへ乗り込む。張り巡らされたレールで急行。ハッチを開いて戦場に飛び出――せなかった。

 ハッチの鉄板が開いた瞬間、魔法弾で爆破されたのだ。狙われたのか、あるいは偶然か……いいや、長考するべきではない。なぜなら、今回の戦場は女子供の集う隠れ家だからだ。

 レジスタンスの基地が併設されているとはいえ、メガニュートを相手に生身の人間がマトモに戦えるわけがない。開閉機構の壊れたハッチをこじ開ける。爆発。狙われている。

「フロウ、俺に任せろ!」

「おうよ!」

「チェンジォリュンポス!!」

 ドリルでトンネルの壁を突破。地面を掘り進み足音の真下から躍り出る。

「ドリルチャージ!!」

 勢いよく飛び出したヴォルガンテスは、直上に居たメガニュートの右半身をえぐり取った。まだ息がある。地上に出たなら――

「チェンジドラゴネイド!」

 足が腕に、腕が足に、ウィングが背中に――機体の上下が入れ替わり、コックピットが反転する。再びセンターとなったフロウが叫ぶ。

「ヴォルガンファイヤ!!」

 炎を纏った鋼の巨人。半身を喪ったメガニュートに頭から突撃しその場に押し倒す。身動きを封じダブルスレッジハンマーでトドメを刺したら素早く離脱。魔法弾による爆発。メガニュートの残骸は欠片も残らなかった。

「味方ごと撃つったぁちっとオイタが過ぎねえか? それとも、ドラゴニュートってのには仲間意識がねえのかよ」

 爆炎を背に着地。視線の先には異形の姿。左右二対の翼をたたえたそれは、どこか見覚えのある姿形をしていた。

「知ったことか! 殺す!!」

 大きな翼で風を起こす。竜巻並の突風だ。巨体の纏う炎は吹き飛ばされ、レジスタンスの砦がぐらぐらと揺れる。腰を落として踏ん張るヴォルガンテスに、巨大な魔弾が直撃した。

「ぐああ!」

「お前を殺すしか! 俺達にはねえんだ!!」

「俺達、だと?」

 複数形。しかしメガニュートは一体しか居ない。いいや待て。思い出すんだ、あの姿形を――

「そうかお前、あの時の!」

 トニックを引き入れた時に取り逃した個体だ。あの二体が、どういうわけか合成されている。

「そうだ! こうして合成メガニュートとして舞い戻ってきたのだ!!」

「名前そのままじゃねーか!!」

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