第9話 結成、ヴォルガンチーム!

「おうおうおうトカゲ野郎共! アタシ達が相手になってやるよ!!」

 相対するはメガニュートが二体。それぞれ上半身は飛龍、下半身は人間を模している。

「気色悪いミックスしやがって。行くぞ!」

 ヴォルガンテスが動く。走る。だが――

「馬鹿め! この翼が見えんのか!」

 大きな翼をはためかせ、二体のメガニュートは空を舞う。フロウ担当の『ドラゴネイド』モードも空を飛べるが、素早い動きには対応できない。イサミの『ォリュンポス』は論外だ。

 ヴォルガンテスの空中戦形態、は『ワイバーン』だ。そして、メインを張るのは――

「シスター! レバーを引いて叫べ! 『チェンジワイバーン』だ!」

「急に何を!?」

「わからないなら手取り足取り教えてやる!」

 空いた左手でシスターの右手を掴む。そのまま強引に、レバーを後ろへ。

「叫べ!」

「ちぇ、チェンジワイバーン!」

 上半身の前後が逆転。腕だったものが背後に周りスラスターを。翼だったものが細かく形を変えて翼腕に。足のブロックが移動し先端が細くなる。

 コックピットのセンターがトニックに入れ替わった。

「こ、これ、ど、どういたしましょう!?」

「思ったとおりに動く! 最強の自分をイメージしろ!」

「そんな曖昧な!?」

「右だ!」

 来た。メガニュートの突撃をギリギリで回避。下腹部を締め付けんばかりの重力加速。フロウは慣れたものだったが、トニックからしたら不快なものだったらしい。髪と同じバターブロンドの眉をわずかに歪めていた。

「空を飛ぶのは初めてか?」

「人間は飛ぶ生き物ではありませんから」

 そうは言っても適応が早い。フロウの指示がなくとも、彼女はメガニュートの突撃を回避し続けていた。

 確かな手応えを感じたところで、大きな手が肩を掴んだ。

「フロウぅ~、実は俺も初めてなんだよぉ~」

 イサミだった。こいつはクマみたいな図体をしているわりに繊細なところがある。しかし今回はメインになりえないし、ネイサーのようにギブアップまでは行かないだろう。適当に励ます。

「信じてるぜイサミ!」

「お、おう……」

 こいつのケアに時間を割いても仕方がない。それより今は目の前の敵だ。

「それじゃあシスター。次は攻撃だ」

「概ねわかってきましたわ」

 この女にはセンスがある。とびきりの戦闘センスだ。竜の飛び交う空の果て、トニックはすぐさま反撃に転じた。

「せい!」

 両側からの突撃を蹴り技でいなす。上空で二体のメガニュートが激突。力の掛け方を調節して同士討ちに持ち込んだのだ。

 彼女の足さばきはカウンターファイトだけに留まらない。

 バランスを崩し墜落したメガニュートを蹴手繰り回し、踵落としで地面に叩きつける。振り返り、体勢を立て直したもう一体と相対。

 こんな時は――

「バニシングレイだ」

「ば、バニシングレイ!」

 広げた翼から無数の光線が放たれた。雨霰の如く降り注ぐ光がメガニュートの身を焼き尽くす。黒煙を上げて墜ちる姿を尻目に次の獲物へ向かう。

 先に叩き落され立ち上がろうとしていたメガニュートに膝蹴り。木々を薙ぎ倒し特徴的な後頭部が地面にめり込む。二体の行動不能を確認し、フロウは叫んだ。

「さあトドメだ! 叫べ、ヴォルガンファイヤー!!」

 しかし、ここまで素直に指示に従っていたはずのトニックが、急に反旗を翻した。

「殺生は致しません」

「んだと!? 甘ったれたこと言ってんじゃねえ! 戦場をなんだと思ってるんだよ!」

いくさにも秩序があります。いたずらな殺生は神の意志……いえ、人道に背く行為です」

 彼女の左手が腰に伸びる。よく見ればごく小さなスリットが空いていて、服の上から太腿のナイフホルダーに手が届くようになっていた。要するに、事と次第によってはここでナイフを抜くつもりなのだ。

「なーにが人道だよ暴力シスターが。連中ダルマにして監禁してた癖によ!!」

 今にも取っ組み合いになりそうな勢いで言い争うフロウとトニック。いがみ合う二人の間にイサミが手刀で切り込んだ。

「おいおい二人共、落ち着けって」

「イサミもぶっ殺すべきだと思うだろ!? なあ!?」

 興奮したフロウは前のめりになりながら激しく訴える。しかしイサミは白けていた。

「俺もそう思うけど、前見てみろよ」

「あ?」

 見れば、二体のメガニュートが空を飛んで戦線を離脱しているではないか。グズグズしている間に取り逃がしてしまったのだ。

「おいシスター! お前がチンタラしてっから逃げられちまったじゃねえかよ!」

 フロウは激怒した。しかしトニックは悪びれもせずこんな事を言う。

「これでよいのです。これで」

 自分の主義を変えるつもりはない。――彼女は横顔で語る。もはや何を言っても聞かないだろう。こんなことならチェンジしてトドメを刺してやればよかった。



 取り逃したことについて、ネイサーは特に何も言わなかった。不殺主義を咎めるでもなく肯定もせず、粛々とトニックを招き入れる。

「トニック。君を正式にヴォルガンチームに招き入れたい」

 フロウを強引に誘ったあのネイサーと同一人物だとは思えなかった。高圧的な態度は鳴りを潜め、相手の立場を尊重するよう手を差し伸べる。

「衣食住は保証しよう。全てが終わった後、教会の再建にも協力する」

「恐縮です」

 トニックは手を取った。あくまで柔和な声色だったが、しかしその口元はちっとも笑っていない。気に食わないことがあればすぐにでも暴力行為に走りそうな勢いだ。彼女が本気で暴れれば、ここに居る三人でも取り押さえるのは難しいだろう。

 その戦闘力を、ネイサーは恐れていたのだ。

 だから口籠ったし、一度は勧誘を諦めた。そして今もこうして下手したてに出ている。

「手を貸してくれる、ということでよろしいのかな?」

 ネイサーの問いに、トニックは首を縦に振った。

「わたくしで良ければ、力をお貸ししましょう。ですが……」

 ちらりとフロウに顔を向ける。時折こうして視線を意識した動きをするので、生まれながらの盲目というわけではないのだろう。仮に今も視力が生きているならば、目隠しを外した彼女の戦闘力は更に跳ね上がることになる。

 話を戻そう。今一度ネイサーに向き直ったトニックは、毅然とした態度で言った。

「わたくしは殺生を見過ごしません。たとえヴォルガンテスの操縦権がわたくしにあらずとも」

 ネイサーは頷く。

「構わない。君の信仰を尊重しよう」

「おいババア!」

 いきり立ったフロウに、ネイサーは刺すような視線を向けた。厳かに口を開き、射殺すような低音を放つ。

「お前は黙っていろ」

「ぐ……」

 不服ながら、ネイサーに反旗を翻すわけにはいかない。それは彼女がこのメイデ・ラボの最高責任者であり、同時にヴォルガンテスの事をこの世で一番理解しているからでもある。この女が居なければ、フロウ達は戦うことすらままならない。

 ……どうやら見損なっていたようだ。ただの人間への恐怖心から致命的な妥協を受け入れてしまうなんて。

「ふ、二人共……」

 イサミが心配そうに二人を見やる。しかしどうすることもできないのだろう。やがて俯いて何も言わなくなってしまった。

 ヴォルガンチームは揃った。

 確かに三人揃った。

 しかし、その意志が、心が一つになっているのかと言われれば……それは甚だ疑問だった。

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