第2話 不滅の戦士、ヴォルガンテス
名前も知らない竜顔のヴァンパイアメイルが、フロウをギラリと睨めつける。
「お前か、さっきアーサーを殺ったのは。
互いに対話の余地はない。残された手段は唯一つ。
「ボルガだかオルガだか知らねえが、ヴァンパイアメイルも武器みたいなもんだろ!? なら、アタシが使いこなせないわけがねえ!」
黒衣のオバサンに視線を向け、フロウは叫ぶ。
「その話、乗った!」
「ならば行くぞ! 私についてこい!」
三人は素早くヴォルガンテスに乗り込む。コックピットには見慣れぬ装置が並んでいて、フロウにはよくわからなかった。
「どうすんだ、これ……」
「そのリングに腕を通すんだ」
言いながら、道着の女は自らの腕をリングに通す。フロウも真似して腕を通すと、手首にチクリと痛みが走る。ヴァンパイアメイル――吸血甲冑の名前の通り、このマシンは装者の血液を吸うことでシンクロし、動作する。
「よし大体わかった。サンキューな。えっと……」
「マグラだ。ワイバーンの操縦は俺に任せろ」
なんの話だ? よくわからなかったが、相手の名前はわかったので適当に頷くことにした。
「ああ。よろしくな!」
あちこち触って感触を確かめていると、オバサンが叫んだ。
「ボサッとしてるな! 敵が来るぞ!」
「わかったよオバサン!」
「オバサンじゃない! ネイサー博士と呼べ!」
はっきり言ってうるさい。どうにも注文の多い年増女だ。とはいえ敵が迫っているのもまた事実。
竜顔のVMが巨大な腕を振りかぶった。こちらも応戦しようとするも、機体が上手く動かない。おぼつかない足取りでなんとか回避したかと思えば、盛大に尻餅をついてしまった。
「なんだその程度か! コケオドシめ!!」
追撃の蹴りは回避に失敗。内臓ごと揺さぶられるような衝撃を受けて、意識を手放しそうになる。舌を噛み締め頬をつねり、なんとか思考を繋ぎ止めた。同じように体勢を崩しながら、額を押さえてネイサーが言う。
「ヴォルガンテスを動かすには三人の心を一つにしなければならない」
「なんだそりゃ気持ち悪い」
生憎、みんなで力を合わせるだとか、そういった類のイベントは苦手だ。他人と足並みを揃えることなど苦痛でしかない。しかしネイサーはフロウの思考パターンを読み切っていたらしく、こう返したのだ。
「あいつらドラゴニュートは太古の昔人類に敗北して息を潜めていたんだ。それが今の今になって再び姿を現した……お前はどう思う?」
「女々しい奴だ。もう一度引導を渡してやる!」
「だろうよ!」
するとどうだ、先程までとは比べ物にならないぐらいに機体が軽くなったではないか。
「ふん!」
眼前にまで迫っていた拳を切り抜け、体のバネを使って起き上がる。続く攻撃を二、三度躱す。相手の攻撃パターンはおおよそ掴んだ。そこに反撃を差し込んでやればいい。
三回凌いで、次――前に出る!
アッパーカットに見せかけ跳躍。空中できりもみし素早く着地。
天才的な格闘センスで瞬く間に適応する。ヴォルガンテスを手足のように操り、竜頭の背後に回り込んだ。
「そこ!」
鋼鉄の指が土手っ腹を貫く。お手本のような見事な貫手だ。が、これはフロウの技ではない。心が一つになっているのでマグラの技術も駆使できるのだ。
「馬鹿なァアアアアアア!!」
哀れ。断末魔の悲鳴を上げて、竜頭は爆発四散した。燃え上がる木々を前にして、初勝利の余韻に浸る――暇はなかった。
「オンとボウルがやられたか……しかしあやつらはドラゴエンパイアの中でも最弱……」
「ただの人間に遅れをとるなど、ドラゴニュートの面汚しよ」
半人半竜。様々な異形を持ったヴァンパイアメイルが、地を割り山を砕き姿を現す。中には見上げるほどに大きな機体もあった。そしてとにかく数が多い。
「間に合わなかったか……!」
ネイサーが歯噛みする。マグラもまた同様に苦悶の表情を浮かべていた。確かに芳しい状況ではないが、いくらでも逃げ道はあるはずだ。なぜ彼女らがここまで苦々しい表情を浮かべているのか、フロウにはわからない。
「なんだよ。そんなにヤバけりゃ一旦逃げればいいだろ」
軽口を叩くフロウに、マグラは言う。
「逃げ場がどこかにあるならな……」
「?」
解説を付け足されたようだが、それでもよくわからない。確かに敵の数は多いが、万全な方位陣形ではなかった。深夜の森は薄暗く、隠れる場所も多い。この程度の窮地であれば、これまでの人生で何度も脱している。まさか、彼女らの武力がこの程度に劣るわけあるまい。
「……お前にはまだ話していなかったな。奴ら……ドラゴエンパイアの侵攻計画は、水面下でジリジリと進んでいた。我々は、
敵が動いた。
放たれた棘鉄球を難なく回避。根本の鎖を掴んで引き寄せる。鉄球の主に、瞬間移動じみたダッシュで一撃――撃破! まずは一体目。この調子なら逃げながらでも半壊させられるのではないか。彼女らが何に慄いているのか、フロウにはわからない。
「わからないか? わからないなら教えてやる。奴らが兵を挙げたのはここだけじゃない。この島の主要都市全てにおいてだ!」
主要都市、全て――
「いきなりこの島を制圧するつもりか!?」
どこからか声が聞こえてくる。
「そう……そのために、我々ドラゴニュートは雌伏の苦渋を舐め続けていた。だが、それも今や過去のことよ!」
遠くのどこかで火柱が上がった。
それも一本や二本ではない。風にのって嵐のように、世界を炎に包み込む。
――あの方角は、さっき助けた少女の住む町だ。しかしそれも、もう。
燃える街をバックに、刺々しい装飾を全身にあしらった機体が立ち上がった。
「しかし貴様らは驚異になりえる。光栄に思え。ドラゴエンパイアの帝王であるこのシンラドゥが直々に処刑してくれるわ!!」
「テメエがくたばれハンパ野郎が!!」
「待て、焦るな!」
マグラの静止も聞かず、フロウは機体を駆る。逃げても意味がないなら立ち向かうしか無いだろうが。
一斉にかかってくるものだと思っていたが、意外なことに前に出たのはシンラドゥの機体だけだった。フロウのバックスタブを軽くいなし、圧倒的な力の差を見せつける。取っ組み合いの攻防。力比べでは分が悪い。
「その程度か? 見込み違いだったようだな」
「黙れ!」
ならば小技だ。下半身を跳ね上げカニバサミ。重心を変えて引き倒――せない。フィジカルに差がありすぎるのだ。戦って勝てる相手ではない。
「よせフロウ! 退くぞ!」
マグラがフロウの肩を掴む。頭に血が上ったフロウは、鬼のような形相で返した。
「退くってどこに!?」
しかしマグラはそれを上回る気迫でフロウににじり寄り、強烈な頭突きをお見舞いする。じわりと血を滲ませながら、フロウの目を見て叫んだ。
「話してる時間はない! とにかく落ち着け!」
「ぐ……」
痛みと気迫に気圧されたフロウは、飛び退いてシンラドゥから距離を取った。仕掛けてくる様子はない。完全に見くびられている。
「ヴォルガンテス第二の力……チェンジワイバーン!」
マグラの叫びに応えるよう、ヴォルガンテスは姿を変える。上半身が回転。コクピットシート配置が変わり、マグラをセンターに据えて動き出す。
フェイスガードが開き、水晶の瞳が輝いた。
「ヴォルガンファイヤ!」
鋼の機体が青白い炎に包まれる。全身に力が漲っていくようだった。
「逃がすか!」
ひときわ大きな機体の腕が伸びる。捕食者の如く迫り来る二本の腕を、変形したヴォルガンテスは垂直跳びで回避。そして跳躍から――飛翔。しつこく遅い来る腕から逃げるよう、急旋回を繰り返す。
「歯を食いしばれよ!!」
マグラは叫ぶ。返事をしている余裕はなかった。
ありとあらゆる方向から入れ替わりに襲いかかる重力加速。激しい目眩に見舞われて、フロウは前を向いていられなくなる。
滲む視界にぼんやりと映ったマグラが赤く染まっていたのは、果たして充血のせいだったのだろうか。
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