第12話 遂に集いし無敵の刃
竜巻のような炎の渦。圧倒的な火力を誇るそれがメガニュートを飲み込んでしまうのに、わずか一秒もかからなかった。
紅蓮の業火が邪悪な竜を塵一つ残さず燃やし尽くす。
炭も灰も、残らなかった。
「とんでもない火力だ。気をつけないとこっちまで燃えちまいそうだよ」
イサミの言葉にフロウは頷く。
「ヴォルガンの輝石……だったか? なんつーパワーだ。あのオバサンもとんでもねえもの使わせやがる」
周りの木々に燃え移っていないのが不思議なぐらいの火力だった。――そこまで考えて、フロウはとある疑問に辿り着く。
「おい、待て。なんで地面が焦げてねえんだ?」
メガニュートすら燃やし尽くす程の炎だ。そんなものがこの辺り一帯に広がったというのに、焼け焦げたような痕はどこにもない。メガニュート同様焼き尽くされてしまったのかとも考えたが、地形に目立った変化がない。そもそも仮にそうであったところで、表面に焦げ跡ぐらいは残るはずだ。
それらの痕跡が、この場には一切合切存在していなかった。
「……さっぱりわからねえ」
イサミもしばらく考えていたようだが、何も思い浮かばず諦めたらしい。やれやれと両手を振る。
……まあいい。それより生存者の救助だ。もっとも、居ればの話ではあるが。
とにかく、手早く進めなければ増援が来るやもしれない。機体を降りて呼びかける。
「おーい、誰か生きてるかー?」
フロウとトニックが捜索役。イサミは機体に残り、いざという時に瓦礫をどかすなり応戦するなりしてもらう。
それなりの敷地に広がる瓦礫の山。ここから生きている人間を探すのは骨が折れそうだ。それに、死体の数が多すぎて気分が悪くなる。今更怯えて泣き喚いたりするつもりはないが、それでも何も感じないわけではない。
とはいえ、フロウの反応はマシな方だ。少なくとも、立ち尽くすトニックと比べれば。
「おい、さっさと動けよシスター。それともブルっちまったか?」
肩を叩こうとして、彼女が震えていることに気づいた。まさか本当にブルっているとは思わなかったので、フロウは呆気にとられてしまう。
「なんだよ、見慣れてないのか? あんな暴力三昧で、死体の一つも見たこと無いってのか?」
俯きながら、トニックは胸の前で指を組む。
「いえ……わたくしは、神に仕える身ですから。死者を弔うことも、珍しくはありませんでした」
彼女は珍しく殊勝だった。
饒舌なことに変わりはないが、しかし語り口にいつもの威勢がない。そこまで考えて、フロウはある心当たりに気がついた。
「……まあ、なんだ。オバサンはああ言ってたけどよ、アタシは事故みたいなもんだと思うぜ。そりゃ、あの調子で何度も逃されちゃあ、こっちも堪ったもんじゃねえけど……」
全身を炎に巻かれ苦しみの中で絶命した者。逃げる途中で瓦礫に巻き込まれた者。衝撃によって手足を欠損した者。遺体が綺麗に残っている方が珍しいぐらいで、中には贓物を四方に散らしている者すら居た。
この死体の山は、全てトニックに殺された人々なのだ。
「誰だって間違いはある。アタシは刹那主義だからな。わかってくれりゃ構わねえよ」
フロウの励ましの言葉に、しかしトニックは俯いたまま言う。
「わたくしが赦されたところで、それが亡くなった方々への手向けになるわけではありません」
そう。謝罪も後悔も、神への懺悔でさえただの気休めだ。いくら償ったところで罪は消えない。やり直すということは、過去を書き換えるということではないからだ。
それでも残された者は前へ進まなければならない。それが死者への唯一の手向けだから……ではなく、生きとし生けるものに定められた使命であるが故に。
「まあいいさ。祈って気が済むならいくらでも祈ればいい」
それだけ言って、フロウは捜索に戻る。これでも非常事態だ。ゆっくりしている時間はない。
「気が晴れることは、ないでしょうね」
「そうかい」
トニックは何やら言い返そうとして、しかし少しの間口ごもる。口を開いたり閉じたりしながらひとしきり迷った後、こう言った。
「あなたのせいですよ」
「何がだよ」
「あなたがわたくしに声をかけたから、こうなったのです。あなたにも、責任の一端があるのです」
それを言うなら、彼女を見初めたネイサーが全ての元凶なのだが。しかし彼女が求めているものが真実の追求でないことは明白であるため、フロウは何も言い返さず、曖昧に首肯した。
「そうかもしれねえな。けどよ、それがどうしたってんだ」
どこに着地したいのか判然としないため、適当な言葉を返す。
そこからが早かった。
「ですから、あなたはまずわたくしを巻き込んだ責任を取っていただけませんか?」
電光石火の一太刀に、フロウは思わずたじろいだ。
「え? は? あ、おい、なんだよその理屈は。ワケわかんねえこと言ってんじゃねえ」
責任転嫁されても困る。
そもそもここで責任の一端をフロウに押し付けたところで何かが変わるわけでもない。彼女の意図が掴めずに、フロウは戸惑うばかり。
だからか、トニックは早々に答えを提示した。
「今は、この感情を共に受け止めてください」
「そりゃ別に構わねえが……」
人殺しの経験などごまんとある。今更心を痛めるようなことでもない。
どれ、それなら初めて人を殺した時の事でも思い起こしてみようか。あれは確か本土に居た頃。両親を喪い天涯孤独になってから、しばらく経ったある日のことだ。
風が冷たいある日のこと。ヤらしい目をした金持ちのおっさんに誘われた。なんの誘いかは言うまい。キモいので断ろうかとも思ったが、着ているコートが暖かそうだった。だぁら誘いに乗っるフリをしたのだ。それから連れていかれた廃屋で、絞殺して奪った……というお話。
罪悪感もわずかに存在したが、当時は生きることに精一杯だったためあまり感情は揺り動かなかった。謎の高揚感があったことだけは、覚えている。生きるために仕方なく……というわけでもないので、正当性は欠片もなかっただろう。それからも、無差別殺人こそしなかったが、ケンカ相手をふとした拍子に殺してしまうこともあった。性根はあまり変わっていないだろう。
それが今や人類のために(愛や正義が目的でなくとも)戦っているというのだから、未来とはわからないものだ。
話を戻そう。
「まあ、そうだな……とりあえず」
手でも合わせておこう。
少しばかり死者に思いを馳せ、それからすぐに救助を再開する。こんな事している間に力尽きてしまったのでは、それこそ浮かばれないだろう。
トニックはしばらく使い物になりそうにないし。
※
それから数日、彼女のメンタルケアに付き合ってやった。
その大半は、彼女の胸の内にある、とりとめのない感情の吐露を受け止める……要するに、懺悔のようなものを聞いてやることだ。これではどちらがシスターなのかわからない。
今日も部屋にやってきたトニックに、フロウは訊ねる。
「それで、シスター。今日はなにがしたいんだ?」
「本日は、お礼を申し上げに参りました」
どうやら精神の均衡をおおよそ取り戻すことができたらしく、顔色も以前よりは良くなっていた。
「良かったたなシスター」
フロウの言葉に、トニックは何か言い返そうとして、わずかに逡巡を挟む。それから、意を決したようにこう言った。
「その、お礼を申し上げた直後にこんな事を言うのも不躾だとは思うのですが……」
「なんだよ」
「トニック・サブキリル・ジン・カムイショーです」
「は?」
急に発せられた単語の羅列にフロウがポカンとしていると、しびれを切らしたようにトニックは言う。
「わたくしの名前です。これからは、『シスター』ではなく名前で呼んでくださいな」
「なんだ、そんなことか」
「そんなこと、ではありません。名は
事実なのだが、しかし彼女がスタンスを変えた以上、こちらがヘソを曲げている理由もない。
「わかったよ、トニック。これからよろしくな」
「ええ、不束者ですが、どうか」
和解……と言うべきなのかはわからないが、二人は軽い握手を交わす。
ヤれるかな、と思ったが、特に何も起きなかった。
ヴォルガニックサーガ 抜きあざらし @azarassi
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