第7話 チームメンバーを探せ!

 目に入るのは緑と茶色。寒季にも関わらず辺り一面に生い茂る草木。鳥のさえずりや猿の雄叫びが、木々の間に吸い込まれていく。

 ネイサーに渡されたメモを眺め、フロウは唸った。

「おいおい、こんなところに教会なんてあるのかよ」

 見る限り、ここは完全に森の中だ。このご時世だ、人気ひとけが無いのは仕方がないだろう。しかし人間が立ち入った形跡すら見当たらないのはおかしい。

 なぜならこのあたりに教会があり、そこに三人目のチームメンバー候補が潜んでいるからだ。

 無学なフロウでも、教会というものが人間の信仰によって保たれているのはわかる。フロウは神など信じていないが、旅先で宗教施設に世話になったことなら何度かある。その時ぐらいは神なるものに感謝を捧げたりもした。口だけだが。

 彼らは寄付やなんらかの売上(加えて、場合によっては国からの支援)で教会を維持していて、故に実質的には商業施設となんら変わりない。人が居なければそもそも成り立たないのだ。

 とても一人で維持できるようなものではない。

「博士も会ったことはないらしいからな。噂が間違っているのかもしれん」

 イサミの言葉に頷きを返す。

「だよなあ。アタシもそっちに賭けるぜ」

 とはいえ、他に探すようなアテもないのだ。ならばこのあたりを巡るより他ない。せめて廃屋でも見つかればいいのだが。

「それにしても薄気味悪いところだぜ。昼間だってのに薄暗いしよ」

 針葉樹林に遮られ、陽の光はぼんやりとしか届かない。葉の落ちた木もあるにはあるが、主流ではないようだ。

 片足を欠損した野獣の死体なども転がっていて、

 それなりに厚着をしてきたのだが、それでもわずかばかりの肌寒さを感じる。こんな辛気臭い場所からはさっさとオサラバしたいものだ。

「とっととメンバー見つけて帰りてえよ、まったく」

 虚空にぼやいた次の瞬間、足に何かが引っかかった。一瞬遅れて金属のぶつかり合う音。トラップか? 見ればフロウの足には地面スレスレに張られたロープが引っかかっていた。枯葉に紛れて気づけなかったのだ。

 音源からは距離がある。他に罠が起動した素振りもないことから、来訪検知用のものだと思われる。対象は人間か、あるいはドラゴエンパイア。しかしこの規模は数週間で敷設できるものではない。これは以前から仕掛けられている人間用の罠だ。

 ならば先手を打たせてもらう。

「走るぞ!」

 音源へ向けて走る。岩を飛び越え縄を断ち切り――数歩後ろでイサミが叫ぶ。

「フロウ、上だ!」

 頭上に広がる木の陰。その狭間には人影が!

「なにぃ!?」

 白布の裾をはためかせ降下するのは金髪の女。鈍く光るメイスを掲げて眼前に迫る。バックステップで回避すると、先程までフロウが立っていた地面が大きく抉られた。

 ゆらりと立ち上がったこの物騒な女は、どうやらシスターらしい。

 その修道服は一見すると白と黒のツートンだが、黒い部分は酸化して変色した血液だ。メイスにも血液のような跡が波打つ文様を刻んでおり、犠牲者達の怨嗟が浮かび上がっているかのようだった。

 因みにシスターが刃物ではなくメイスを使っているのは戒律が理由な場合と権力の象徴な場合があるのだが、この国の国教であるボルカニカ教に関しては戒律が由来だ。なんでも、生きた存在に刃物を向けてはいけないらしい。危ないからね。

 話を戻そう。

 何より目を引くのが、その視界を覆う黒い布だ。目隠しのように幾重にも巻かれ、完全に視覚を潰している。

 こちらに顔を向けたシスターは、何かに気づいたらしく首を傾げた。

「あら、あなた方はただの人間なのですか?」

 言動から察するに、彼女はフロウ達をドラゴニュートと勘違いしていたのだろう。コミュニケーションの可能性を感じ取り、フロウは一歩歩み寄った。

「そうだ。この辺りで教会を探しているんだが、あんたはなにか知ってるか?」

 やってきたのがシスターなのだから、この縄の先に教会があるのだろう。とはいえ味方が増えるのに越したことはない。きちんと対話を重ね、お互いに意思疎通を図るべきだ。

 そういえば、尋ね人の特徴を確認していなかった。案外、このシスターこそが件の候補者なのかもしれない。

「まあ! それでは、あなた方は入信者なのですか!?」

「そういうワケじゃないんだが、そこに尋ね人が居るらしくてな。トニックって言う、スゲー強い奴らしいんだけど、あんたは何か知ってるか?」

「なのであれば、あなた方の尋ね人はわたくしですね。わたくしがトニックです。ここに居を構えて、布教活動を行っています」

 ドンピシャだ。思ったよりも簡単に見つかった。後は適当に説得して味方に引き入れるだけ。先刻の発言から鑑みるにドラゴエンパイアとは敵対しているようだし、それも簡単だろう。

「そうか。なら話がある」

「懺悔でしょうか? それならば、わたくしの後に続いてください。教会にご案内します」

「いいや違う。手を貸して欲しいんだ」

 すでに振り返っていたトニックは、フロウに首だけ向けて訊ねる。

「……それは奉仕活動のご依頼ですか?」

「そんな大層なモンじゃない。いや、ある意味じゃ奉仕活動みたいなモンだが……ドラゴエンパイアをぶっ潰すんだよ」

「ドラゴエンパイア、とは」

 どうやら何も知らないらしい。こんな森の中に引きこもっていると、外の情報も届かないのだろうか。わけもわからず襲ってきたドラゴニュートをひたすら撃退していたと考えると、気の毒にも思える。

「あんたも出くわしたんだろ? ドラゴンみたいな人間みたいな……ドラゴニュートって言うんだが、そいつらの集まりだ。この島を制圧して人類を滅ぼそうとしている」

「なるほど……。申し訳ありません。わたくし、世俗には疎いものですから」

「いいんだ。それで、どうなんだ? 手を貸してくれるのか?」

「……ぶっ潰す、というのは、具体的にはどうなさるおつもりで?」

「どうって、そりゃ……戦って殺すんだよ」

 トニックの表情が曇った。

「……申し訳ありません。わたくしはあなた方のお力になれません。主の命により殺生を禁じておりますので」

「なんだそりゃ。あんただってドラゴニュートに襲われたんだろ? その時に殺してないのか?」

「いいえ、わたくしが行っているのは救済活動です。断じて殺生ではございません」

 どこかのイカれたカルト宗教のように、死が救済とでも言うつもりなのだろうか。怪しい雲行きにあたふたするイサミの様子を横目で確認しつつ、フロウは続ける。

「信用できねえな。アタシは育ての親父に『見ず知らずの他人を簡単に信じるな』って言われてんだ。特にあんたみたいな血まみれのシスターなんかはな!」

 フロウが刀を抜く。同時にトニックがメイスを投げた。血まみれの鉄塊はフロウとイサミの間を通り抜ける。ハズレだ。気を取り直して刀を構えると、背後でイサミの悲鳴が聞こえた。

「うげぁ!」

 振り返る。するとどうだ、倒木がイサミの脳天に直撃していたではないか! 見れば根本には先程のメイスが深々と突き刺さっている。トニックの狙いはこれだ。

 耳元に囁き声。

「養父様には、『取り込み中に余所見をするな』とは言われなかったのですか?」

 視線を向ければそこにはトニック。

「しまっ――」

 蹴り上げられた白い足に構えていた刀が弾き飛ばされる。

 勢いのまま修道服の裾を跳ね上げ、流れるような動きでナイフを抜く。太ももにホルダーが巻かれていたのだ。見えただけでも五本は挿さっていた。戒律じゃないのかよ!

 フロウは左腕を構えて首元を隠す。逆手上段の構え――急所を守るのと同時に、相手が狙いを変えている隙に裏拳を叩き込むための構えだ。だがトニックは最初から首など狙っていなかった。

 ナイフを順手に握りながらも、その拳骨はフロウの顔面を捉えていたのだ。眉間を打たれてよろめくフロウ。その脳天に、ナイフのハンドルが振り下ろされる。

 刃物は使わないのかよ!

 金属を頭に打ち付けられ、徐々に意識が遠のいていく。五感がぼやける。もはやどこが痛むのかもわからない。

 フェードアウトする視界の中、トニックが浮かべた笑みには、場違いな慈愛が湛えられていた……ような、気がする。

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