第5話 チェンジ、ォリュンポス!

 火の粉が飛び散る戦場で、異形の竜と鋼の巨人は組み合っていた。

 紅の拳を固く握る。関節から火花が散り、煙が吹き出す。燃え上がったヴォルガンの輝石により生み出される無限のエネルギーは全身を循環し、余剰分は各関節から炎となって噴き出す。

「行くぜトカゲ野郎、土手っ腹ぶち抜いてやる!!」

 腰を落として拳の一撃。怯んだ竜の顎に続く裏拳。

 脳を揺さぶられ、呻き後ずさるメガニュート。フロウはすかさず追撃に移る。

「藤巴亜流、旋回脚!」

 オーソドックスな回し蹴り。キックはパンチよりも射程が長い。バランスを崩し足を止めるメガニュート。

 そこでフロウは背後からの気配に気づいた。竜頭の機体が三機、不意を突くように襲いかかる。すかさず振り返りカウンターパンチ。両手を組んで振り下ろし、東武ごとコックピットを叩き潰す。次、低い姿勢から蹴り上げて胴体を破壊。最後に飛びかかってきた機体の足を掴み、そのまま振り返ってメガニュートに叩きつけた。

「いつでも来い! 束になっても無駄だがなあ!!」

 竜頭の残骸に腕を付き入れ、背骨にあたる内骨格を引き抜く。起き抜けのメガニュートを何度も殴打し、遂に起き上がらなくなったそれの腹部に突き刺した。

「思ったよりは骨のあるやつだったが……アタシにかかればこんなもんだ」

 戦場を見渡す。ドラゴエンパイアは一層され、レジスタンス達の間には束の間の平穏が訪れていた。

「なんとか片付いたみてえだな」

 肩の力を抜く。フロウに呼応するように、ヴォルガんテスを包んでいた炎も収まった。どっと疲れが押し寄せる。体への負担が大きいのだろうか? いいや、しかしこの体の重さはそれどころではない。まるで一気に歳をとってしまったかのような――

 そこでフロウは気がついた。振り返りネイサーの姿を確認する。イサミもすぐにネイサーの状態に気がついた。

「博士!?」

「おい、オバサン! 大丈夫かよ!?」

 座席にもたれかかり、ぐったりとしているネイサー。激しい戦闘に肉体が耐えられなかったのだろう。顔色が悪く、額からは脂汗が染み出している。しかし彼女は心配無用とばかりにかぶりを振った。黒衣の袖で鼻血を拭い、苦々しげに言う。

「私は問題ない。……気にするな。それより、空を見ろ……」

 震える指で指し示された先では、ドラゴエンパイアの新たな戦力――大きな翼をはためかせ、メガニュートが降下していた。

「新手か、クソッ。次から次へと湧いてきやがる」

 フロウは身構え、上手く体に力が入らないことに気づく。体が上手く動かない。この感覚には覚えがあった。

「おいババア! 気にすんなじゃねえだろうがよ!!」

 ヴォルガンテスは三人の心を一つにしなければその真価を発揮しない。今のネイサーは、もはやそれどころではないのだ。

 息も絶え絶えにうずくまるネイサー。彼女の肉体はもう限界だ。フロウは叫んだ。

「なんとか二人で動かせねえのか!? もうあんたを乗っけて戦えねえ!」

「不可能では、ない……だが、パワーが……」

「できるんだな!? じゃああんたは下ろすぞ!!」

 言うが早いかコックピットハッチを開き、ネイサーをつまみ出して避難所のレジスタンスに預ける。

「このオバサンはあんたらに任せる! いいか、テメエが死んでもこいつは守れ。このオバサンが居なきゃ人類は終わりだ!」

 増援はメガニュート一機。ヴォルガンテスはフルスペックを発揮できない。真正面からの殴り合いではこちらが不利だ。

 それでも。

「行くぞイサミ!」

「おう!!」

 絶対に退かない。諦めない。逃げ場なんてものはどこにもない。あったところで叩き潰す。

 正義感? 使命感? いいや、これはただの意地と根性だ。たとえ知らない因縁だろうと、売られた喧嘩は買い叩く。買って叩いて叩きのめす。それがフロウの生き方だ。

 機体が重い。全身を倦怠感に支配されたような第二の肉体を、しかし気合で突き動かす。フルスペックが出せなくても、ここで逃げる理由にはならない。

 メガニュートの咆哮。大地に降り立った異形が、ヴォルガンテスを睨めつけて舌なめずりした。その舐め腐った態度が気に食わない。今に後悔させてやる。

「ヴォルカニック……ナックル!!」

 叫ぶ。叫ぶ。意味もなく。鋼の拳に気合を込めて、炎がなくても殴りつける。

 だが、しかし、パワーが足りない――

 鈍い音と共に跳ね返る拳。ならばと残骸から再び背骨を引き抜き突き立てるも、あっさりと奪われ折られてしまう。手数も足りずに圧倒され、じわりじわりと後退する戦線。

「ヴォルカニックキック!」

 効かない。

「さっきからなんだ武器でもあるのか!?」

「ただ叫んでるだけだよアタシは!」

 叫ぶと気合が入る。だから叫ぶ。

「策がないなら俺に代われ! まだるっこしくて見てられん!」

「代われつったってセンターがアタシなんだからしゃーないだろ!?」

 格上相手に懸命に粘るも、力及ばず押し負ける。姿勢を崩され避難所近くまで突き飛ばされた。

「だからさっさと俺にやらせろ!」

「横でピーピー騒ぐんじゃねえ! 集中できねえだろうが!」

 苛立つフロウ。ヴォルガンテスと繋がっていなければ今すぐイサミを殴っていた。

「俺の邪魔するつもりなら父上の弟子だって容赦しねえぞ」

「そのお父上に守られっぱなしだったクセに何言いやがる」

「貴様父上を愚弄するつもりか!?」

「お前を愚弄してんだよ! いいから黙ってじっとしてろ!」

 迫るメガニュートを前にいがみ合う二人。いよいよもってリンクが切れる――そんな二人の様子を見かね、ある人物が喝を入れた。

「いい加減にしろ! お前達には協調性というものがないのか!!」

 棒切れを杖に立ち上がり、震える体で叱咤する。それは他でもない、ネイサーだ。

「黙れババア! イサミの野郎がさっきからうるせえんだよ!! あんたまでうるさくなってどうすんだ!!」

 フロウは叫ぶ。数多の暴漢達を黙らせてきた鬼の威嚇だ。しかしネイサーはものともせずに怒鳴りつける。

「黙らんか! フロウ、私はお前にリーダーを任せたはずだ。それをお前は! 目の前を見ろ! 敵はもうすぐそこだぞ!」

「なんだと!?」

 眼前に迫るメガニュート。完全に追い詰められている。我武者羅に蹴り上げた足を受け止められ、遥か頭上へ投げ飛ばされた。

「フロウ、お前は頭を冷やせ!!」

 どこからかネイサーの声が聞こえる。なんらかの仕掛けを施していたのだろう。再び重力に捕われ落下するヴォルガンテスの中で、彼女の声が響いた。

「チッ、……クソが」

 状況が状況だ。それにネイサーには策があるのだろう。フロウは怒りをぐっと堪えた。

「聞こえるかイサミ!」

「博士、俺は一体どうすれば――」

「イサミ、お前のビギナーズラックに賭ける! ……レバーを引いて叫べ、『チェンジォリュンポス』だ!!」

 おっかなびっくりレバーを掴み、イサミは叫ぶ。

「チェンジ……ォリュンポス!!」

 ――刹那、機体の上下が入れ替わった。

 コックピットがイサミをセンターに上下反転。腕とウィングが変形し下半身を再構成。代わりに上半身となった脚部は股から大きく開き、その中から新たな頭部が姿を現す。

 一般的に、人体の腕と足では足のほうが太く、長い。その足が新たに太い腕となり、先端からは拳の代わりに円錐形が姿を現した。

 ヴォルガンテス第三の姿――その名もォリュンポス。

 統べる世界は海と地中。今ここに、人類の新たなる一歩が踏み出された。

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