ヴォルガニックサーガ
抜きあざらし
ドラゴエンパイア反攻作戦
誕生! 無敵のヴォルガンテス
第1話 流れの女剣士、フロウ
「や、やだ……誰か、助けて……」
少女のか細い声が、夜の野山に吸い込まれる。
「へへ、助けなんて来ねえよ。ここには俺達しか居ないからな」
下卑た笑みを浮かべるのは、このあたりで幅を利かせている山賊だ。執拗にハチマキを触りながら、怯える少女を満足気に眺め、臭気を伴う白い息を吐いた。
「気をつけなお嬢ちゃん。寒季は日が暮れるのが早いからな」
もう一人の男は、無骨な戦斧を構えている。月明かりに照らされたそれはところどころに赤黒いものが染み付いていて、本来の用途を否が応でも想起させた。
「安心しな。暴れなきゃ痛くはしねえよ」
「むしろ気持ちいいかもな」
「途中で死んじまわなければな」
沸き立つ男達は、少なく見積もって十人。戦う力の無い少女がどうこうできる相手ではない。このまま暗いところに連れて行かれて、酷いことをされて殺されるんだ。恐怖で引きつった少女の頬に、一筋の涙が伝う。
その雫に映り込んだ人影に気づいた者は、果たしてどれだけ居たのだろうか。
「うあああああ! イテエ! いてえよぉ!!」
赤い血を吹き出し無様に泣き叫ぶ男は、次の瞬間には物言わぬ肉の塊と化していた。続いて閃く剣戟が、次々と山賊達の息の根を止める。
「この野郎!」
男が斧を振り回した。巨大な刃が空間を薙ぎ取ると、居場所を失った人影が大地に降り立つ。
その姿を見て、ハチマキの男は叫んだ。
「待て、女だぞ!」
スラリと伸びた長い足。馬の尾のように束ねられた黒髪は、寒季の夜風にたなびいている。しかし何より山賊たちの目を引いたのは、サラシに押し込められた豊満な乳房だった。
飛んで火に入るなんとやら。男達は歓喜した。
「女だ! 新しい獲物だぞ!」
「わざわざ犯されに来るなんて姉ちゃん、物好きだなあ?」
ニタニタと粘着質な笑顔を浮かべ、意気揚々と武器を構える山賊達。その姿を見て、女は言う。
「おうおうテメエら、揃いも揃って下品なモンおっ立てやがって。アタシのかわい~い鼻が曲がっちまうだろうがよお!!」
迫りくる剣や斧。振り下ろされたそれらを、女は刀一本で払い除けた。気圧された男達に急接近し、一人一人確実に息の根を止めていく。鮮やかな剣閃。辺り一面に飛び散る血糊。
あれだけ居た山賊を一人でのした女剣士は、返り値を拭ってから怯える少女に手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「あ、あなたは……」
「アタシか? アタシはフロウ。流しの剣士をやってる。それより今日は君の家に泊めてくれないか? 前の宿を追い出されちまって」
名乗ったフロウは、図々しく少女に迫る。
「え? ああ、はい」
命を救われた手前、少女は困惑しつつも断ろうとはしなかった。
※
「また追い出されちまった……」
少女に夜這いを仕掛けた結果、家主である彼女の父に叩き出されてしまった。満喫できなかったうえに寝床まで失ってしまい、フロウは途方に暮れる。
「う~、こんな島来るんじゃなかった。結局ドラゴンもドラゴニュートも居ねえしさあ」
フロウが訪れたこの島――マジヌ島――は、竜にまつわる伝説が有名だ。伝説は伝説なので竜が跋扈していたのは千年以上も昔の話なのだが、フロウは楽天家なので少しぐらい生き残っているのではないかと思っていた。
「あーあ、つまんねえなあ~!」
叫びながら石を蹴飛ばす。小石ではなく、足の平ほどもある丸石だ。自慢の馬鹿力でそれを蹴飛ばし、穴ぐらの中に放り込む。
するとどうだ。穴ぐらの奥からうめき声が聞こえてきたではないか。
人間がこんなところに住んでいるとは思えない。であれば、熊かなにかだろうか? それならば都合がいい。ちょうど腹が減って、夜食が欲しくなってきたところだ。
しかし穴ぐらから飛び出してきたのは、全く予想外の存在であった。
「誰だ、俺様の寝床に石を放り込んだやつは!」
額から生えた四本の角。背中に広がる大きな翼。足と足の間から覗く、太い尻尾。人間ではない。これは――伝説にあったドラゴニュートそのものだ。
ドラゴニュートはフロウを見ると、苛立たしげに呟く。
「クソアマが……ブッ殺して」
そこから先は聞き取れなかった。フロウの体が、空高く浮き上がったからだ。
「ぐふぅ!?」
嗚咽。遅れて腹部に激痛が走る。ただの一撃の殴打で、天高く吹き飛ばされてしまったのだ。それだけではない。背中に衝撃が伝わり、今度は大地に向けて真っ逆さまに落下する。
「――っぁ」
声にならない悲鳴を上げて、フロウは硬い地面に叩きつけられた。ボロボロになった背中を踏みつけ、ドラゴニュートは言う。
「運が悪かったなニンゲン。ここでくたばりな!」
そう言われて素直に従うフロウではなかった。
「お断り……だ!!」
自慢の馬鹿力でドラゴニュートを払い除け、腰から刀を抜こうとする。が、鞘の中で歪んだそれは言うことを聞かない。仕方がないので腰紐を解き、棍棒として構える。
「ニンゲンにしては頑丈だな。だが、俺様自慢の爪にかかれば!!」
ドラゴニュートの両手から、鋭い鉤爪が姿を現す。一本一本が刀のように研ぎ澄まされたそれは、今すぐにでもフロウを八つ裂きにするべく不気味に脈打っている。これでは刀ごと断たれてしまいそうだ。
ここで逃げるべきか? だが、遂に目的の竜人に出会えたのだ。ここで退いたらもう二度と会えないかもしれない。ならば最強を目指す剣士として、逃げ出すわけにはいかないだろう。
「いいぜかかってこい。アタシには指一本触れさせねえよ」
フロウが煽ると、ドラゴニュートは圧倒的な瞬発力で一気に間合いを詰めてきた。
「ほざけ!」
ギリギリで回避。足元の大地がバックリと割れる。とんでもない切れ味だ。一撃でも喰らえばオダブツだろう。
ならば一太刀も浴びることなく斬り伏せればいい。ただそれだけのことだ。一歩踏み込んだフロウは、返す刀の鉤爪をバックステップで回避。地面に顎を擦り付けそうなギリギリの低姿勢で鉤爪の下をくぐり抜ける。間合いに入った――
「天知る地知る
全身全霊――限界を超えて振り下ろされた刀は、鞘を被ったままドラゴニュートの頑強な筋肉を寸断。巨大な肉体を真っ二つに切り裂いた。
「フゥー……よし」
息を整え、納刀するべく鞘に手をかけようとして……失敗した。そもそも抜刀できていないのだから当然だ。誰に見せるでもなく小さな咳払いをして、腰紐に鞘を括り付ける。
刹那、大地が激しく揺れた。地鳴り――いや、それだけではない。山の中から謎の巨人が姿を現す。いや……アレは巨大な人ではない。
「ヴァンパイアメイル!?」
魔物の遺骸で組み上げられた、人類の新たなる鎧。とはいえアレぐらいのサイズになるとなかなかに高価なものだと聞く。そんなものが? こんな辺鄙な島に?
それに誰があんなものを動かしているんだ。疑問は尽きない。ただひとつ言えることは――あのVMがフロウに明確な殺意を向けていることだ。
負けるつもりは微塵もないが、それでもサイズに差がありすぎる。苦しい戦いになるのはまず間違いない。
「せめてあのデカブツがこっちにもありゃあ……!」
「あるぞ!」
謎の声に振り返ってみれば、女の姿が二つある。一人は黒衣を羽織った初老のオバサン。もう一人はフロウと同年代の、明らかに強そうな道着の女。どちらも顔がいいので射程圏内だが、今はそんな事を言っている場合ではない。
「あるのか!? ならすぐに貸せ!」
フロウが叫ぶと、オバサンはビッと人差し指でこちらを指差す。行儀が悪い。
「お前の戦いは見せてもらった! お前こそが最後の一人、ヴォルガンチームのリーダーだ!」
「チームだと!?」
「そう、その通り!」
オバサンがパチンと指を鳴らす。背後の地面を砕き、新たな巨人が姿を現した!
「ヴォルガンテス。私達の希望だ」
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