第3話 残虐、ドラゴエンパイア

 危機は脱した。朝日が登るまで逃げ続けて、辿り着いた先は知らない地下施設。周囲を見渡しフロウは呟く。

「なんなんだよ、ここは」

「メイデ・ラボ。ドラゴエンパイアに対抗するため作り上げた秘密基地だ」

「そんなモンがあったのかよ。聞いたこともねえぜ」

「秘密だからな」

 そう言ったネイサーは、彼女と同じように白衣を着た数人の男女に出迎えられた。

「お疲れ様です、メイデ博士。遂に、ドラゴエンパイアが……」

「知っている。今は一刻でも早くヴォルガチームを揃えなければ」

 理解できない。勝手に話が進んでいるので、フロウは蚊帳の外だった。当事者として許せなくなり、会話に割って入る。

「なんのことだかサッパリわからねえ。巻き込んだからには全部説明しやがれ」

「そうだったな。お前にはまだ教えていなかった」

 そう言うと、彼女は格納庫の奥を指差す。

「所長室に来い。そこで説明する」



「お前も見た通り、ドラゴエンパイアはこの島の各地で一斉蜂起した。報告によれば、電撃的な夜襲によってこの島の八割を制圧したらしい」

 象徴室の椅子に腰掛け、どこか遠くを眺めながらネイサーは語る。

「十数年前から連中の動きは察知していた。いずれこの時が来ることもな。私はそれに備え、人を集め、ヴォルガンテスを建造した。お前に声をかけたのも、その一環だ」

 流れは大体わかった。だが、そもそもこの話からは前提が抜け落ちている。

「それはわかった。でもよ、そもそもあいつらはなんなんだ?  人類に敗北しただとか、息を潜めていただとか……これだけじゃよくわかんねえよ」

 ネイサーは小さく頷く。

「そうだな……。お前は、この島の言い伝えについてどれだけ知っている?」

「伝説ってーと、ドラゴンのか? そんなの、ドラゴンとドラゴニュートが居たって事以外知らねえよ」

 フロウはあまりにも浅学だった。しかし実のところ、島の外に伝わっている話だけなら彼女の知識とあまり変わらない。せいぜいが、そこに大昔人類と生存戦争を繰り広げていた――と続く程度だ。シンプルが故に有名だが、あまりにも肉が削ぎ落とされているせいで本質から大きくズレている。

 故に、専門家であるところのネイサーが語る伝説は、大方に伝わる話と趣を異にしていた。

「島外にはそのように伝わっているようだが、実際の話しはもう少し複雑だ。まず、この島には竜と人が存在していた。お互いに干渉せず、それなりに良好な関係を築けていたらしい。とある事件が起きるまでは、な」

「事件?」

「そうだ。暗黙の了解であったお互いの不可侵が、一部の若い竜によって破られたのだ。人間よりも遥かに強い力を持つ自分達が、なぜ人間を脅かしてはならないのか、とな」

「そりゃそうだよな」

「しかし人間もそう簡単には負けん。蜂起した若竜を鎮圧するため、様々な手練手管を用いた。その一つが竜との同化……ドラゴニュートへの肉体改造だ」

「なに、あいつら元は人間だったのか?」

「そうだ」

知られざる事実を、彼女は滔々と語る。

「竜との同化は多くに支持されたわけではない。故に新たな派閥が生まれた。ヴォルガンの輝石……無限に燃え続ける神の燃料は、人類に多くの知恵をもたらした。様々な戦術で竜に対抗したのだ」

「それで結果はどうなったんだ?」

「人類は勝利した。だがそれだけでは終わらなかった。手にした叡智の炎で新たな扉を開いたのだ」

 一呼吸置いて、彼女は続けた。

「ヴォルガンの炎は、人間以外の全てを焼き尽くした」

「やたら物騒じゃねえか」

「その通り。とはいえ、伝承によくある比喩表現や誇張も大いにあるとは思うが……とにかく、看過できずに動き出した老竜も、人の道を外れたドラゴニュートも、その全てを焼き尽くした。そのあまりの恐ろしさに、人々は敵を全て焼き尽くしてからヴォルガンの輝石を封じることにした。大方、炎による新技術でこれらを殲滅したというところだろう」

「それで、今になってドラゴニュートの生き残りが湧いて出てきたってワケか」

「そういうわけだ。そしてそれを察知した私は、伝承を元にヴォルガンの輝石を発掘し――」

 覚えのある流れだ。長くなりそうだったので、途中で言葉を遮った。

「それならさっき聞いたぜ」

「……そうか」

 あるいは、彼女は話し好きなのかもしれない。こういった状況でなければ、もう少し社交的な女性だったのだろうか。ふとそんな事を考え、意味のないことだとかぶりを振った。

 気まずい雰囲気が漂う。辛気臭いのは苦手なので、違う話題を振ることにした。

「ああ、そう言えばマグラの奴はどうしたんだ? まださっきの礼を言ってなかったと思ってな」

 ここに来てしばらくは目眩が酷かったので、他人の安否どころではなかったのだ。マグラのようにタフな女性なら多分大丈夫だろうという信頼もあった。

 しかしネイサーは表情ひとつ変えずにこう言ったのだ。

「あいつは死んだ」

「は?」

「死んだ。ワイバーンの速さに耐えきれずにな」

 そのあまりにも淡白な言い方が、フロウの神経を逆撫でした。

「な、なんだよそれ! あんた、少しは悲しいとか感じないのか!? 血も涙もないのかよ!?」

 机を叩いて訴える。天板を叩き割りそうな勢いにも関わらず、ネイサーは少しも動じない。そのまま立ち上がり、部屋を去る。

「私は新たなメンバーを集める。お前は次の戦いまで休んでいろ」

 振り返ることなく、一瞥もせず、ネイサーはどこかへ行ってしまった。そのあまりにも薄情な態度に、フロウの怒りは頂点に達する。

「なんなんだよあいつは!! クソが、やべえ話に巻き込みやがって」

 苛立ちのやり場を失ったフロウは、職員の静止を振り切って研究所の外へ飛び出した。今は少しでも気を紛らわしたい。丸一日島を歩き回り、そして――徐々に言葉を失っていった。

「……なんだよ、これ」

 もはや誰のものかも判然としない悲鳴。

 見知った景色が炎に包まれていた。

 この島へ来る時利用した港が、しばらく滞在していた街が、獲物を探しに彷徨った森が、全てドラゴニュートに制圧されていた。変わり果てた景色は、しかし確かに知っていたはずのものなのに。

「だ、誰か! 助けてくれ!!」

 近くで人が襲われている。フロウは迷わず駆け出していた。

「大丈夫か!?」

 瀕死の男がドラゴニュートに取り囲まれている。拾った岩と棒で全員叩き殺し、男の元へ駆け寄った。

「生きてるか!? おい!!」

「おかげさまで、なんとか……でも、長く……は、もたないでしょう……」

 男の顔は青白く、血の気が失せている。わずかな知識で看病したが、それから程なくして事切れてしまった。

「クソ、ドラゴエンパイアの奴らめ……」

 憤るフロウ。そこへ黒服の男が駆け寄ってきた。

「フロウさん、こんなところに居ましたか」

「誰だ」

「メイデ博士の使いです。さあ、早くラボに戻りましょう」

 こんな状況でフロウに接触する博士と言えば、ネイサーぐらいのものだろう。メイデ・ラボというのは、どうやら彼女のファミリーネームから取ったらしい。

「……あんな薄情な女のところ、今更戻れるかよ」

「マグラ様の事ですか?」

「そうだよ、お前はどう思う?」

 訊ねると、黒服の男は顔を伏せ、瞑目した。

「非常に残念に思います。しかし……一番辛い思いをしているのは、メイデ博士のはずです」

 納得できない。

「どうして。あいつは眉一つ動かさなかったんだ」

「マグラ様は、メイデ博士の一人娘ですから」

「なんだと!?」

 言われてみれば、どこか面影があるような、ないような。いや、この世には似ていない親子など、ごまんと居る。まったくもって無意味な話だ。

「それでも、博士は人類のために心を鬼にして戦い続けているのです」

「……あんたは、アタシにそれを伝えに来たのか?」

 フロウの問いに、男は首を横に振る。

「いいえ。あなたを連れ戻すように、とだけ」

「そうか」

 改めて周囲を見渡す。言葉で言い表せないほどの惨状。これが、ドラゴエンパイアの生み出した "結果" だ。連中を野放しにしておくつもりは、さらさらなかった。

「わかった。アタシも腹を決めよう。……ドラゴエンパイアは、この手で必ず叩き潰す」

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