第4話 藤巴の一族、イサミ
一日でも早く欠けたマグラの穴を埋めるべく、ヴォルガチームは新メンバーを募集していた。
とは言えヴォルガンテスを乗りこなせるのは超人のみ。ドラゴエンパイアへの憎悪から我こそはと挑む者こそ多いものの、シミュレータの時点で全員が脱落している。
「下ろしてくれ! 助けてくれ!! ああ! 目が! 耳が!? 鼻――」
候補者とシミュレータのリンクが途切れたのを確認し、ネイサーは眉一つ動かさずに呟く。
「三八番も駄目だったな。次」
これでも書類審査でかなりの数を落としている。それでもなお芳しくない結果に、フロウは少し焦りを覚えていた。
「なあオバサン、アタシみたいにスカウトはしねえのか?」
フロウはこのような試験を受けていない。ネイサーに見初められ、直接誘われたからだ。流れ者であるフロウは、いわゆる根無し草。噂が立ったこともあるが、それほど有名な人間ではない。ここにたどり着くまで、他にもネイサーのお眼鏡にかなう人材は居たはずだ。
彼女はフロウを一瞥すると、遠い目をして頷いた。
「確かに居た。とびっきりの奴がな。だが……」
「なんだよ。なんか問題でもあったのか?」
「それがな――」
彼女が苦々しげに口を開いた、その時。
「試験会場ってのはここか!?」
部屋のドアをバタリと開き、見知らぬ女がズカズカと踏み込んできた。まるで熊のように大柄な女だ。二本の大槍を背負っていて、山ごもりでもしていたのか衣服の劣化が激しい。
「そうだが……お前は何者だ」
ネイサーが知らないということは、候補者の一覧になかったということだ。仮にも防衛の要であるメイデ・ラボのセキュリティは厳重。正規の手順を踏まずに踏み込めるような場所ではない。
女は頬の十字傷をなぞるように掻き、ガッハッハと豪快に笑った。
「安心しろ。兵士は倒したが殺してはおらん。まあ面接ぐらいに思ってくれ」
そのあまりにも滅茶苦茶な物言いに、フロウは思わず口を挟む。
「オメー面接の意味わかってんのか? 面と向かって接するって意味だぞ」
「お? あんたがヴォルガンチームの先輩って奴か? これから宜しくな、先輩!」
「先輩……ヘヘッ、なんだ、可愛いトコあんじゃねえか……」
ネイサーから白い目を向けられている。知ったことか。アタシは快楽主義者なんだ。
値踏みするように女を眺めたネイサーは、腕を組んで頷いた。
「まあいい。書類審査はパスしたことにしてやろう。だがこのシミュレータに耐えられるかな?」
※
「いやあ、スリリングなアトラクションだったな。満足満足」
この女の肉体と三半規管は驚異的なものだった。通常のシミュレータは勿論のこと、フロウが三分で気絶した十倍モードですら余裕で軽口を叩いていたほどだ。
「二次試験は合格だ。追って三次試験の日程を伝えよう」
ネイサーは特に驚くようなこともなく、淡々と手続きを進めている。これぐらいはこなしてくれないと困る、とでも言いたいのかもしれない。とはいえ重大な事実を捨て置くことはできなかったらしく、そこで少し口籠った。
「それで……そうだな、そもそもお前の名前を聞いていなかった。お前は一体何者だ」
「俺か? 俺はイサミ・フジドモエだ。藤巴流開祖、ジャック・フジドモエの一人娘だ」
驚くことに、それはフロウのよく知る名前だ。
「ジャック・フジドモエだと!?」
「そうだが、どうしたんだ?」
女――イサミ・フジドモエは首を傾げた。彼女は知らないだろう。フロウ自身、彼女の存在を知らなかったのだから。しかしその父であるジャック・フジドモエのことを、フロウはよく知っていた。
「ジャック・フジドモエは、アタシの元お師匠様だ」
そう。天涯孤独の身であった小娘を拾い、フロウという名前までくれたのがその男、ジャック・フジドモエだ。短い時間ではあったが、彼に教わったものが今のフロウを形作っていると言っても過言ではない。
意外な繋がりに、イサミはガハハと豪快な笑い声を上げる。
「そうかそうか。あんたが父上が拾ったっていう小娘だったか。まさか実在していたとはな」
「適当だからなあの人。アタシの事はどう言ってたんだ?」
「そうだなあ。とんだじゃじゃ馬だったとか、手に負えないガキだったとか、教えた中で一番凶暴だったとか、そんな話ばかりだったなあ」
「俺には娘に女らしさが足りなくて困ってるって言ってたぜ。嫁の貰い手居ねえだろってな」
「そりゃそうだろう。ガハハハハ」
思い出話に花を咲かせ、それから今に思いを馳せる。
「それで、今はどうしてるんだ?」
「父上は――」
それまで軽い語り口だったイサミが、急に口を閉ざした。しばらくフロウとネイサーの間で視線を彷徨わせ、何度か瞬きしてから意を決したように口を開く。
「父上は……ドラゴエンパイアから俺を庇って死んだ」
「なんだと?」
サイレンが鳴った。レジスタンスからの救援要請だ。話を遮りネイサーが言う。
「予定変更だ。三次試験は実戦で行う。イサミ、今からお前はヴォルガンチームだ」
「う、お、オス!」
重苦しい空気のまま、三人はヴォルガンテスに乗り込んだ。センターはフロウ。機体とリンクし水晶の瞳から世界を覗く。
ヴォルガンテスは島の地下を通り、各所に隠された拠点から出撃する。ドラゴエンパイアにラボを特定されないための措置の他、目的地までの地上移動を極力減らすという狙いもあるそうだ。難しいことはよくわからないのでフロウは戦いにだけ集中する。
岩陰から顔を出し周囲を確認。敵の姿はない。早くレジスタンスの元へ――
「待て、お前はヴォルガンテス!?」
振り返る。ドラゴエンパイアの偵察メカだ。超人的な反射速度で飛び出したフロウは敵機に飛びつき首をもぎ取った。剥き出しの関節から腕を突っ込んでコックピットを握り潰す。なんとか仲間を呼ばれる前に片付ける事ができた。気を取り直してレジスタンスの元へ向かう。
過去の戦争で使われていたであろう古い砦が、今再びその役割を果たしていた。各所から上がる煙、飛び交う怒号や悲鳴、ありとあらゆる異物や汚物が入り混じった悪臭。
戦場は惨憺たる有様だった。
圧倒的な戦力差。残虐ドラゴエンパイアに追い立てられ、逃げ惑う非戦闘員。生産な有様に、フロウは考えるよりも先に動き出していた。物見塔に組み付いた敵機を引き剥がし、腕を引き抜いて反撃を封じる。振り返りざまにコックピットを潰して次の獲物へ。
有象無象の機体の中に、ひときわ目を引く姿があった。
「なんだ、俺はあんなの見たこと無いぞ」
「新手だろうな。だが妙だ」
一言で言い表すならば、異形そのもの。
ヴァンパイアメイルは魔物の遺骸と人工物を継ぎ接ぎにして作り上げた巨人だ。その姿形は様々で、人型を大きく逸脱したものもままある。そんな複雑怪奇な概念を定義づけているのは、名前にも冠しているように吸血による直感的操作だ。
その機体は、ドラゴンを無理矢理二足歩行に落とし込んだような歪な姿をしていた。
一般的に、ヴァンパイアメイルの操縦は機体が人型を逸脱すればするほど困難なものとされている。直感的な操作で自分の体の延長のように扱えるが故に、肉体を超えた範囲を扱うには習熟が必要なのだ。
そのセオリーから行けば、あの機体はぎこちない動きをしていてもおかしくない。だというのに、まるで生き物そのもののように生き生きとしているではないか。
「メガニュート……実用化されていたとは」
ネイサーが呟く。
「知ってんのかオバサン」
「ああ。アレはドラゴニュートが自らの肉体に更なる改造を施した姿だ」
「メカじゃないってか……!」
こちらに気づいたメガニュートが、獣じみた反応速度でヴォルガンテスに迫る。真正面から受け止めるも、巨体から繰り出されるパワーに圧倒される。外皮も分厚い。なんとか振り払い、力比べに持ち込む。
「正面からは分が悪い! ヴォルガンファイヤを使え!」
「なんだそりゃ!」
「炎をイメージして叫ぶんだ!」
「……ヴォルガンファイヤ!!」
その血を通じて伝わるなにか。
真紅の胸部装甲に刻まれた紋章が光を放つ。体が熱い。内側から湧き出す情動が、怒りが、無限の力が湧き上がる。
それは人間の
全身を駆け巡る情熱の火が巨人の関節から噴き出し、今この瞬間――ヴォルガンテスは炎となった。
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