第8話 <幕間>博多の女(ひと)、なやむ

 ――必ずあんたの一番になれるごと、ちかっぱ頑張るけん!




「……はぅ」




 思わず、吐息が漏れた。




 あたし、なんちゅうこと、言ってしもうたっちゃろ。




 あたし、二次元の世界に宣戦布告しちゃる――そんなことも言うてしもうた。




 あの言葉は、山田くんの好きなアニメ――だっけ? ゲームやったっけ? あれを否定することになるんやなかろうか……。




 そんなことしたら、山田くんに本当に嫌われてしまう。あたし、山田くんにだけは嫌われとうない。




 でも、でもでも。……あたし、言わずにおれんかった。




 だって、だって、本当に好きやけん。




 山田くんと付き合いたいけん。




 フラれておしまいだなんて、絶対に嫌やけん。




 だから、二次元の女の子が好きだって言われても……。




 あたし、その二次元の子に負けたくないけん!




 山田くんの一番になりたいけん!




 やけん、やっぱり宣戦布告。




 あたし、絶対山田くんを振り向かせてみせるし!




 でも、どうしたら振り向いてもらえるっちゃろ?




 アニメとかゲームの子にできんで、あたしにはできることを探さな。




 ………………。




 色じかけ?







『山田くん。あたし、あんたにやったらなにされてもよかとよ? ……もう準備できとるけん。女に恥ばかかせんで……』




『チューして、チュー。ほら、はよ。こんなに待っとうっちゃけん。ほら、はよ。はよはよ。……あっ、もう。……えへへ、くすぐったかあ……』




『もう……なして、そげなところ触ってくると? そこはお・へ・そ。……あっ、女の子のおへそ触るの好きなん? 変わっとお……。あっ、やらしか手つき……好かん。いっちょん好かん。……うそ。……好いとうよ……』







 う、わーーーーーーーーーー!




 ちがうちがうちがう、なん考えようとあたし!




 あたしとしたことが、あたしとしたことが……!!




 こういうんじゃなくて、もっとこう、ピュアーな感じの作戦やないと!




 いかん、いかんよ。えっちな子はきっと嫌われるけん!




 ……でも……




 山田くんと……ちょっとくらいなら……そういう関係に……




 ちがーーーーーーーーーーう!




 いやらしかっ! ほんなこつ、いやらしかっ!!




 もうあたし、どげんしたっちゃろうか!? たまらんちゃん!




 もう、山田くんが好きすぎてどうにかなっとるごたる!!




 ………………。




 心臓が破裂しそうなほど、バクバク言いよる。




 ……あたし、いつも教室じゃクールな顔をしとるけど。




 今日に限っては、表情を保つだけで必死だった。




 山田くんのほう、思わずチラチラと見てしもうて。




 山田くんから、ときどき妙な目で見られた。




 やっぱり、変な子と思われたばい。




 どげんしよ。




 ……いまちょっとだけ、中学3年生のころを思い出しよった。




 東京に転校してきたあたし、博多弁を同じクラスの子にからかわれて。それで自分がうまく出せんようになって、ひとりぼっちになって。




 さみしかった。誰からも相手にされんで、辛かった。クラスの女の子たちが、ときどきこっちをチラッと見てはクスクス笑ってくるのが、腹立たしいやら悲しいやら。あたし、人間そのものを嫌いになりかけよった。自分のなにが悪いのか、どうしてそこまで嫌われなきゃいけないのか、どうしたらみんなに笑われずに済むのか。そればかり考えよって……。




 ――高校に上がって、博多弁をやめてからは、いじめはなくなった。男子からはいっぱい告白された。好きだって言われた。やけどそんなの、ちっとも嬉しくないけん。あたしに近寄ってきた男子、ほんの少しもあたしのことを知らんくせに。それで好きだと言われても、困るだけやん?




 でも山田くんはちごうた。博多弁を笑わんかった。ラーメンのこと親身になってくれた。そして、そして――「また明日あした」って言ったら「ああ、またな」って言ってくれて――本当に、翌日も、あたしと話をしてくれて……。




 人間って、たったひとりのひとが、一緒にいてくれるだけで、こんなにも嬉しくなれるんやね。こんなにも、あったかい気持ちになれるんやね。




 ……あたし、山田くんが好き。大好き。本気で好き。




 アニメやゲームの子がライバルでも、負けたくない。




 やけん、頑張る!




 絶対、あたし、彼女になってみせるけん!




 ゲームの女の子が相手でも、勝つけんね!




 …………。




 でも、山田くんは、どうやったらあたしを好きになってくれるやろ?




 むむむ。




 ……やっぱり、色じかけしかなかやろか?







『ふふ、山田くん。案外、敏感なんやねぇ……? 耳たぶに、ちょーっとだけ、ふ~ってしただけやのにね? ……したら山田くんも、あたしにしてくれる? ほら、ふ~って。……あは、もう、どこに息吹きかけよるんよ。くすぐったかぁ――』







 ち・が・うッ!!




 なんでそこで変な妄想でてくるん!?




 あたしの馬鹿。ばかばかばか。ほんなこつ、アホやなかろうかっ!?




 と、とにかくいまのあたしは山田くんの好きなゲームとかアニメの女の子に勝つことが目標! 二次元の子よりあたしのほうがいいって思わせな!




 敵国降伏、敵国降伏! どうか神風ば吹きますようにっ!!

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