第12話 いっぺんでいいから、福岡県から思考パターン外してくんない?
というわけで、カンナにゲームをプレイしてもらうことになった。
「とは言うものの、なにからプレイしてもらうべきか……ゲーム初心者にオススメして、楽しんでもらえるゲームとなると……」
ゲームに限らず、なにかを布教するときってけっこう気を遣うよな。
「そらやっぱり、あんたの一番の奥さんが出とるゲームやろ。『スクールメモリアル』のヒカリやったっけ」
「『スクメモ』かあ」
なんとなく、ギャルゲーを三次元の子にプレイさせることには、やはりなにかこっぱずかしいものがあるんだが。
「それにあれはちょっと昔に発売された、典型的な選択肢ギャルゲーだし、カンナが楽しめるかどうか難しいなあ。スマホゲーから移植された『蒼き鋼の恋愛学園』のほうが、アクション要素もあるし、まだ初心者でも楽しめそうだぞ?」
「楽しいかどうかは、二の次やし! あたしは山田くんの奥さんをこの目で見たいと!」
カンナはキリッとした顔で言った。
どうせゲームやるなら楽しんでほしいんだけどなあ。
まあしかし、スクメモは選択肢を選んでいくだけのゲームだから、ゲーム初心者でも問題なくプレイできるって意味ではいいのかもな……。
「分かったよ。じゃ、『スクメモ』をやろう。コントローラーの使い方は分かるか?」
「うんっ! 説明書読んだけん。分からんかったら尋ねる! あたし、頑張る!」
カンナは鼻息も荒く、コントローラーを握った。
というわけで『スクールメモリアル』が開始される。
主人公の名前は、俺の名前、山田俊明を入れてスタートさせた。
●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲
【ふわぁ~あ……朝だなあ……】
●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲
「あ、なんかセリフが出てきたばい」
「主人公だよ。家で起きたんだ。こいつは高校2年生。どこにでもいる平凡な学生さ」
●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲
【今日は英語の授業があるんだったな……かったるいなぁ……】
ドタドタドタドタ!
【おっはよー! 俊明、なにその眠そうな顔! 気合足りないぞ!】
●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲
「わっ、なんか女の子が出てきた!?」
カンナの言う通り、画面にはポニーテールの女の子が笑顔で出てきている。
「この子は新井ひまり。高校3年生で、主人公の家の隣に住んでいる幼馴染なんだ。ひま姉と呼ばれていて、主人公のお姉ちゃんみたいな存在。毎朝、起こしにきてくれるんだよ」
「お隣さんで幼馴染。……の女の子が、朝、起こしに来てくれるん? それなのにこのゲームの主人公は、平凡な学生って設定なん?」
「まぁギャルゲーの世界じゃわりと平凡だな。ありふれすぎててゲップが出るレベルだ」
「これで!? ……他のゲームもやってみたくなるばい、ほんなこつ……」
カンナは目を丸くしているが、早くもなかなか嬉しいセリフを言ってくれるじゃないの。スクメモを満喫してくれたら、もっと濃いギャルゲーをプレイしたっていいんだぜフフフ。
●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲
【ひまりさん、おはようございます!】
【ん、おはよー】
通学路を歩いていると、同じ学校の生徒たちが、ひま姉に向けてあいさつをしてきた。
ひま姉は、そんな彼らに向けていちいち挨拶を返してやっている。
【ひまりさん、おはようございます! 今朝もお目にかかれて嬉しいです!】
【はーい、あたしも嬉しいよ。今日もよろしくね】
【ありがたきお言葉! ボク、いっそうの忠誠を誓いますっ!】
ひま姉に声をかけられた男は、もうそれだけで卒倒しそうになっている。
うーん、いつもの景色ながら、大した人気だな、ひま姉は……。
●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲
「ひま姉って、やけに周りのひとたちにペコペコされとるねえ」
「ひま姉は、学校で生徒会長もやっているからな」
「生徒会長って、そんなにイバれるもんやなかろ? うちの高校の生徒会長だって、別に存在感ないやん」
「ゲームとか漫画だとよくあることなんだよ。やたら権力の強い生徒会とか、人気者の生徒会長。ま、ひま姉がみんなにペコペコされている理由はそれだけじゃないんだけどな」
「それだけやない、って――」
カンナは、そこで、ちょっと小首をかしげてから言った。
「バックにヤクザがついとるとか?」
「なんでそんな恐ろしい答え導き出すの!?」
ひま姉がみんなにペコペコされているのは、美人の上に明るくて優しいからだ!
単純に慕われているからだ! 間違ってもヤクザは関係ない! 修羅ってないから、ひま姉は!
「あのな! 俺はこのゲームに出てくるキャラではヒカリが嫁さんだがな、ひま姉もけっこう好きなんだぞ! それを言うに事を欠いてお前、お前……!」
「だ、だってそうやと思ったんやもん! 福岡のころにあったとよ? 友達が住んどったアパートの組合長、『オレはヤクザと知り合いや』が口癖やったし――」
「よせよ、そういう紙一重みたいな話は! とにかく、ひま姉は美人なだけで普通の子なの! 暴力団とは関係ないの!!」
激しくツッコミを入れる。
カンナは「むうー……」と理解したようなしないようなうめき声を発しながら、とりあえずゲームを進める。
●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲
ひま姉とは靴箱で別れて、俺は二年A組の教室に向かう。
【うーっす】
教室に入ると、すでに何人かのクラスメイトが席に座っていた。
俺も着席する。――すると、隣の席の女子生徒と目が合った。
【………………】
【おっ。おはよう、春日部さん】
●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲●▲
「あっ、なんか頭に紅しょうがをつけた女の子が出てきたばい」
「ヘアピンだよ、これ」
画面に登場しているショートカットの美少女は、確かにピンク色の飾りを髪につけているが。
この子は主人公のクラスメイト、春日部由依だ。いわゆる無口クーデレ系ヒロイン。俺の嫁じゃないが、キャラとしてはなかなか人気がある。
「それにしても無口な子やねえ。おはようの一言も言わんで。周りから嫌われるばい」
「『ツンツン姫』が言えたことかよ、それ」
「ぐ。……あたしはいいと。……あたしはいいと! あたしはあれやもん、正当防衛ってやつやもん! 理由があって無口しとるんやもん!」
カンナは、ぶすっと膨れてしまった。
「それなら、春日部由依だって理由があるってこと、想像つくだろ?」
「え。じゃあこの子も、博多弁を周囲にからかわれてから無口に……? あたし、この子に感情移入できるかも……?」
「……いや。残念ながら博多弁は関係ない」
そんな理由でキャラに感情移入できるひとも初めて見た。
俺に否定されて、カンナは「なーんだ」と興味を失くしてしまったようだが。
「実はこの子は、周囲からちょっと誤解されているんだ。親が大企業の社長で、そのために周囲からとっつきにくいと思われている。その上、親がお金の力で高校に裏口入学させた、なんて無責任なうわさまで広まっているんだよ。それでこの子は、まわりに心を閉ざしてしまっているんだ」
実はそのうわさを広めたのは、由依の父親のライバルの娘。
つまり商売敵の娘であり、そのあたりはストーリーを進めることで分かっていくんだが……。
まあそのへんは、ネタバレになるからな。俺は簡単な設定を語るだけにする。カンナには新鮮な気持ちでゲームを楽しんでもらいたいし。
「あー、そういうの分かる。腹立つねえ、そういうの!」
カンナは、うんうんと何度もうなずいた。
「根拠もないうわさ話で嫌われるのが、いっちゃん腹立つけんね! あたしだってそうよ。福岡の犬鳴村の話は、全部都市伝説やって何回も言うてるとに、誰も信じてくれんでから! 山田くんは知っとる? 福岡には犬鳴村っていう法律が及ばんところがあるって話。あれ全部嘘やけんね! 無責任なうわさやけんね! 信じちゃいけんよ!?」
「いっぺんでいいから、福岡県から思考パターン外してくんない?」
『スクメモ』をプレイし始めてから30分。
恐ろしいことに、俺の嫁であるヒカリはまだ影も形も出てきていないのである。
ゲーム序盤からこれだ。先が思いやられる……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます