第11話 山田先輩、お久しぶりです。

 駅の裏手にある二階建ての建物が『ゲームショップ もちづき』だ。

 中学時代からよく通っている店で、その品揃えには恐れ入る。

 何十年も前のレトロゲームから最新ゲーム、海外ゲームまで幅広く用意されている。


 ネットでゲームを買うのが当然みたいな時代だが、俺としてはこういう、頑張っている町のゲーム屋さんはもっと応援したいね。


「あたし、ゲーム屋さん入るの初めてやん……」


 カンナは大きな瞳をぱちぱちさせている。


「女の子が入っても、変な目で見られたりはせんよね?」


「大丈夫、大丈夫。ゲームに性別は関係ないぜ。それにこのお店は女のお客さんも多いからな。それに――」


 と、おしゃべりしながら店の中に入ると、


「いらっしゃいませー」


 やたら可愛らしい女の子の声が、俺たちを出迎えてくれた。


「な? このショップ、店長の娘さんがときどき店番やってるんだ。だから女の子でも無問題で入店できるさ」


「あっ、山田先輩。お久しぶりです」


「よう、あかりちゃん。店長は?」


「銀行に行ってます。だからわたしが店番なんです」


 そう言って、ショートカット、というよりおかっぱ頭の小柄な女の子が笑顔を作る。

 望月もちづきあかり。この店の主人の娘さんで、俺よりひとつ下の中学3年生だ。去年までは同じ中学の先輩後輩の関係でもあった。


 ぱっちりとした、吸い込まれそうなほど澄んだ大きな瞳が印象的な、可愛らしい子である。

 紺色のセーラー服に、なぜだかイノシシの柄がプリントされたエプロンを着用して、店番を頑張っている真面目な子である。いまだって、ゲームソフトを陳列する仕事をやっていた。


「店長、留守かあ。いつもみたいにゲーム、ここでやらせてもらっていいかな?」


「先輩なら、構いませんよ。気の済むまでゲームしてください」


「ありがとよ。その代わりに――よいしょっ!」


「あっ、先輩――」


 あかりちゃんが、くちびるに手をあてて頓狂とんきょうな声を出したのは、俺がダンボールの中にあったゲームソフトを手に取って、店の棚に並べたからだ。


 あかりちゃんは背が小さい。152センチくらいだ。

 そんな彼女がせいいっぱい背伸びして、棚の上のほうにゲームソフトを並べようとしていたので、俺は手伝った、というわけだ。


「せ、先輩。そんなことしなくていいのに。もう、いつも手伝ってもらっていますね、わたし」


「いや、ゲームをやらせてもらうんだから、これくらいしないと。他にも仕事があったら手伝うよ。俺ができることならな」


「あっ、き、今日はいいです。じゃなくて、大丈夫です。あとはわたしがやりますから、はい! ……あの、お茶でも淹れましょうか。いいお茶っ葉があるんです……」


 あかりちゃんは、風邪でも引いているのか変に顔を真っ赤にして、もじもじしながら言ってくる。


「くれるなら、もらおうかな。喉も渇いてたし」


「じゃあ、淹れますね。先に部屋に行っていてください」


「おう。……あ、それと……こっちの女子、蜂楽屋ほうらくやカンナっていうんだけど」


 と、言いながら俺は、一歩左へとズレる。

「え?」とあかりちゃんは顔を上げた。

 俺の背後にいて、完全に隠れた形になっていたカンナが、その姿を現す。

 カンナはなんだか呆然とした感じで、またこっちもちょっと頬を染めたまま、それでもぺこりと小さく会釈した。


「彼女、俺のクラスメイトなんだ。いっしょにゲームをやりにきたんだけど、いいかな? それとできたら、カンナの分もお茶、淹れてほしいんだけど」


「…………カンナさん、ですか……? ……き、綺麗な方……ですね……」


 あかりちゃんは、セリフこそ平凡だが。

 なんか、信じがたいものを見るような、こう……『えっ、どういうことですか?』と言いだしそうな表情をしていた。その上、声がヤンデレヒロインのごとく低い。いつも温厚なあかりちゃんにしては、なんか空気が微妙に冷えた感じだが――


 しかしあかりちゃんは、すぐにニコッと笑って、


「分かりました。カンナさんの分も準備いたしますね。カンナさん、わたし、望月あかりです。よろしくお願いします」


「……よ、よろしく……」


 おお、カンナが俺以外の人間にしゃべった。

 博多モードでないときは基本『はい』か『いいえ』しか言わない彼女にしては、これはめちゃくちゃ頑張ったほうだと思う。


「はい、それじゃお茶はあとで持っていきますので、奥の部屋へどうぞ」


 あかりちゃんはそう言って、レジの横にあるサイドテーブルの上でお茶を淹れはじめた。

 俺はカンナを引き連れて、店の奥にある一室へと入る。そこは四畳半ばかりの部屋で、室内には机と椅子がよっつ、それに液晶テレビとノートパソコン、さらに無数のゲーム機とソフトが準備されていた。俺はそのさっそく、室内の椅子に腰かけて、


「ここだよ、ここ。店長や俺がゲームをよくプレイするところなんだ。さ、カンナも座れよ――」






「話が違うやで!?!?!?!?!?!?」






「おお!?!?!?」






 いきなりカンナから罵声が飛んできた。

 しかも方言が、エセ関西弁風になってるぞ!?


「や、や、山田くん。あんた、さっきの女の子はなんね?」


「いや、紹介しただろ。あかりちゃん。このお店の娘さんで」


「めちゃくちゃ可愛いやないね! あんな女の子と仲良さげにお話してから! なにが女の子は二次元に限る、よ! 現実の女にはまるで興味がありませんみたいな顔しとってからあんた! あたし、あたしなんか裏切られた気分ばい!?」


「い、いやいやいや……!」


 俺はぶんぶんとかぶりを振った。


「そういうあれじゃねえから! あかりちゃんは中学の後輩で、それにゲームのお店の娘さんで――」


「学校の後輩や常連のお店の女の子ってだけで、ちゃん付けするとね? ふーん、東京はそげな文化があるとね。ふーん。ふーん、ふーん、ふぅーん? あたし九州の田舎もんやけん、ちゃん付けなんて長崎ちゃんぽんかお笑い芸人のウーチャンナーチャンくらいにしかしきらんけどねぇ。ふうーん?」


 ものすごいジト目になって、嫌味たらたらのカンナ。

 ちょっぴり涙目にまでなってるし。俺が文句を言われる筋合いは、ひとつもないと思うのだが。


 とはいえ、カンナの不満も理解できんでもない。

 さんざん二次元だのゲームの嫁だの言っておきながら、自分以外に親しい三次元の女の子がいるのが許せないのだろう。

 実のところ、俺とあかりちゃんが親しいのはちょっとした理由がある。いや、もちろん付き合うとかそういう話じゃない。中学時代にちょっとした出来事があって、それ以来、俺の中ではあかりちゃんは、三次元の女性の中で数少ない特別な存在になったのだが――


「先輩、お茶が入りました」


 おっと、もうあかりちゃんがやってきた。

 お盆の上に、お茶がふたつ。それにクッキーまでいくつかついている。


「おおっ、お茶菓子まで」


「あ、はい。わたしが焼いたやつなんです、それ。お口に合うかどうか」


 あかりちゃんは、ニコニコ顔で言ってくる。


「マジで? あかりちゃんが焼いたんだ。すげー。料理うまかったもんなあ」


「えへへ、料理にだけは自信があるんです、わたし」


「知ってるよ。何度もごはん食べたし。中学の体育祭とかでも弁当作ってもらったことあるもんなあ」


 俺は笑顔を、あかりちゃんに向けた。


「いつもありがとう、あかりちゃん。このクッキー、ありがたくいただくよ」


「はいっ。ぜひ召しあがってください! あ、カンナさんもよかったらどうぞ」


「…………はい……」


「それじゃ、わたしは店番がありますので、これで。ごゆっくり楽しんでください。……山田先輩」


「ん?」


「後日でいいので、またお話させてくださいね」


 優しげな笑みを浮かべて、彼女はそう言った。


「おう」


 俺がうなずくと、あかりちゃんは「やった、へへっ」とはにかんでから、部屋を出ていった。

 うーん、いい子だよなあ。お茶にお菓子まで準備してくれるなんて。

 とにかく準備は万端だ。さあ、いよいよゲームの始まりといきますか。


「さてカンナ。まずはどのゲームからしよ、うわぁ!?!?」


 振り返ると、カンナは、






〈○〉 〈○〉






 ↑こんな目をしていた。


 エロゲで陵辱された女の子キャラでたまに見る。光を失った瞳。


「ど、どうした、カンナ」


「納得いかん……。これでただの後輩やち言われても……う、うう、ううう……」


 プルプルプルプル。

 カンナは赤面+涙目で小刻みに震えている。

 拳までぎゅっと握りしめているその様は、まるでエロゲーやエロ同人で触手にでも責められている美少女キャラのようだった。


「頑張るとよ、カンナ。山田くんが浮気者なのは嫁が89人もおった時点で分かろうもん。……まだ勝負は始まったばかりやけん。ファイトばい、カンナ……! 相手が誰であろうとも負けんとよ……!!」


 カンナはブツブツ言いながら、「ファイト、ファイト」と小声でなにやら自分のことを励ましていた。失礼な。ひとを浮気ばかりする人間みたいに呼びやがって。二次元の嫁は全員平等に本気で愛しているんだぞ、俺は。

 だが――まあ、あかりちゃんと俺の関係について疑問を持つのも分からんでもない。確かに俺たちの間にはちょっとした過去がある。しかしそれは、カンナといえどまだ秘密にしておこう。カンナの博多弁同様、あかりちゃんにだって隠したいことはあるのだから――

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