第7話 あたし、二次元の世界に宣戦布告しちゃる
「ええと……」
俺は、次の言葉を告げるのに、きっかり三十秒かかった。
かかった上で、俺は思わず、
「これ、もしかして、罰ゲーム?」
さらっと言ってしまった。
「なんよ、罰ゲームって」
「いや、だから――カンナが誰かとゲームかなんかで勝負して負けて、その罰として俺に嘘の告白をさせられてるとか、そういう――」
「はあっ!? そんなわけないやろ!! なんであたしがそんな酷いことせないかんの!?」
「そ、そうだよな。そりゃそうだ。悪かった」
確かに、この疑問はカンナに対して失礼だった。
だけど、俺にも言い分はあるんだ。
だって、だって。
いままでの人生で、俺に対するリアル女子の態度って。……うぐぐ。と、トラウマが。
「だいたい、あたしにそんな遊びをする女友達がひとりもおらんことくらい、山田くんは知っとろうもん!」
「……それも、本当に悪かった」
つらい。
気持ちが分かりすぎて、つらい。
「だけど、それなら――なんだってカンナは、俺に告白するんだ? 俺に惚れるような要素なんかあるか?」
「あるし! あんた、あたしにいっぱい優しくしてくれたやん! チャラい男の告白からも守ってくれたし、ラーメン屋さんもネットで調べてくれたし!」
そ、その程度で?
守るってほど戦ったような覚えはない。
ましてラーメン屋をネットで調べるとか、正直誰でもできるぞ。
これで男に惚れるとかチョロインすぎやしませんか、カンナさん。――などと、俺は彼女の攻略難易度の低さをわりとガチで心配したのだが、
「そら、山田くんからしたら、大したことやなかったかもしれんけど。……でも、でもでもあたしは、全部、本当に、すっごい嬉しかったとよ? やけん、あんたのこと、大好きになったっちゃけん!」
「う……」
「好き。……本気で、あんたのこと、大好き」
ストレートな告白。
カンナは、もじもじ。
長く、それでいてサラサラの金髪を、白い指先でいじり回しつつ、視線をあちこちにさまよわせていて落ち着きがない。ほっぺたは相変わらず真っ赤である。――だが、声音は真剣そのものであった。
「あたしと、付きおうてくれる?」
「それは……」
考えてみれば、すごい話だ。
学校1の美少女にして、教師の間にさえファンがいるという噂の『ツンツン姫』が、告白してきているんだから。
現実のこととは思えない。もしかしてこれは夢なのでは――と、自分のほっぺたをつねろうとした、そのときだった。
【メッセージ、メッセージ♪】
「うおっ!」
「きゃっ!」
萌えボイスがあたりに鳴り響いた。
音がしたのは、俺の携帯からだった。
俺のスマホにメールが来たときには、この声が鳴る設定にしているのだ。
よりにもよってこんなタイミングでメールが来るなんて。
携帯を見てみると登録しているゲーム系のメルマガだった。
てか、危ねえな……。
学内なのに、携帯をマナーモードにするのを忘れていた。
うちの学校は校則ガバいけど、授業中に携帯が鳴ったらさすがに取り上げられてしまうのに。
「や、山田くん。いまの声、なんなん? 着ボイスってやつ?」
カンナがおそるおそるといった様子で尋ねてきた。
「ん? ああ、そうだよ。携帯に電話やメッセージが来たら、『スクールメモリアル』ってゲームの日野ヒカリが教えてくれるように――」
そのとき俺の脳内で、美少女が涙をひとすじ流した。
『俊明くん。わたしと、ずっといっしょにいてくれるよね……?』
名作ギャルゲー『スクールメモリアル』のヒロイン、日野ヒカリの声がとどろく。
ヒカリは……いい子だった……。
本当にいい子だった……一番のヒロイン……。
難病をもった身体でありながら、画家になりたいという夢に向かってひたむきに頑張る美少女。
俺はそんな彼女にぞっこん惚れ込んだし、そしてヒカリも俺を選んでくれた。俺たちは相思相愛で、将来を共に誓い合った。『大人になったら結婚しよう』――虹のかかった空を見上げて、俺は確かにそう言ったのだ。
そうだ。
俺はいま目を覚ました。
俺には、ヒカリがいたのだ。
「ゲーム? 日野……ヒカリ? それって、どういう――」
「『俺の嫁』だ」
「……はい?」
「カンナ、ごめん。俺にはもう、嫁がいるんだ」
俺はハッキリと言った。
正確に言うと、嫁ってのは息子に嫁いだ女性のことを指すから、日本語を正しく使うと『俺の妻』と呼ぶのが正しいのだが、まあそこはスルーしておくとして、
「ど、どういうこと? あんた、高校生で嫁って……それもゲームっていま言わんかった!?」
「ああ言った。言葉通りの意味だ。つまり俺は、ゲームに出てくる女の子を嫁にしているんだ」
「はあっ!? 意味分からんし! 意味分からんし! ちゃんと説明しんしゃい!」
「つ、つまりだな」
恥ずべきことではないはずだが、どうにも赤面してしまう。
照れるな、山田俊明。誇りをもって紹介しろ!
「この子が俺の嫁なんだ。日野ヒカリっていうんだよ」
画面では、アニメ絵の美少女が優しげに微笑んでいた。
カンナは、呆けたみたいに口を開けている。
「東光学園の2年生。病気がちで、よく学校を休んでいるんだけど、それでも真面目な子で、勉強も運動もできる限り一生懸命頑張っているひとなんだ。将来の夢は絵描き。中学時代からコンクールに応募もしたりして、入選したこともあるんだよ。
まったくすごいよな。俺、ヒカリを見てると恥ずかしくなっちゃったよ。自分は健康な身体なのに、毎日を無為に過ごしていて。こんなことでいいのかなって本気で思い悩んじゃって。でもヒカリは、そんな俺でも『大好きだよ』って認めてくれたんだ。へへっ、あんときは嬉しかったぜ。俺は決めたね。一生をヒカリと共に過ごすんだって――」
「誰もそんなこと聞いとらんし!!」
カンナがすごい声で吼えた。
「あ、あんた、なん考えとうと!」
「ご、ごめん。そうだったな。告白してきた女子に向けて、別の女のことをペラペラしゃべるのは、さすがにマナー違反だったな。これは俺が悪かった。すまん――」
「そうやなくて! それもやけど! げ、ゲームって……実在しない女の子やん……。あたし、それに負けるん……?」
「実在しないってのは言いすぎだろう。彼女は存在する。俺たちとは違う次元の世界に――」
そのとき、またも携帯が鳴った。
【メールマガジンが届いたぞ、我が主】
クールな声だった。
『蒼き鋼の恋愛学園』の
登録していたメールマガジンが届いたら、彼女が知らせてくれるようにしているのだ。ふふ、いい声だ。ヒカリとはまた違う癒やしだよな。
「……ねえ、いまのは別の女の子の声に聞こえたけど」
「ん、ああ、いまのは他の子だからな。紫優香って言って、身体の半分が機械で出来ている女の子なんだ。最初は周囲に感情を見せない子だったけど、俺にだけは心を開いてくれるようになった。そこで見せてくれたちょっとした弱さが、俺はとにかく守りたくて……。もちろんこの子も『俺の嫁』だ」
「あんた何人、嫁がおるん!?」
「今日までの時点で89人だな」
「
「それは違うぜ。浮気じゃなくて本気だ。俺は全員に対して平等に愛を注いでる」
つもりではあるんだが。
でも確かに、甲賀からは『気が多すぎるッス』って言われたことあるな。
『ワンクールどころか10日で俺の嫁が増えてるッス』なんて言いやがって、あいつめ。
仕方ないだろ。
毎クール、アニメをチェックしてたらひとりかふたりは必ず俺の性癖、もとい好みに突き刺さる子が登場するし、それにSNS《ヒウィッター》に張り付いてると、毎日のように可愛い女の子と出会えちまうんだから。プロアマ問わず、絵師さんや漫画家さんが魅力的なイラストをアップしすぎなのがいけない。ふへへっ、罪なひとたちだぜ、まったく。
だけど平等に好きなのは間違いないからな!?
毎晩ちゃんと、すべての嫁の画像に向けて「好きだよ」って語りかけているんだぞ。
「まあそういうわけで、俺には嫁がいる。だからカンナとは付き合えない。本当にすまない」
「な……な……なしてこんな……いくらなんでも、こんな失恋……あんまりやし……くらす……くらしちゃろうごたる……」
なにか物騒なにおいのする博多弁が聞こえてきたが、そこはあえてスルーしとく。
「カンナも可愛いとは思うよ。三次元にしてはトップクラスの美少女だし」
とりあえずフォローしておこう。
実際、カンナが美人なのは俺でさえ認めるところだしな。
スタイルもめちゃくちゃ良いし。ブレザー着てるのに盛り上がった胸元なんか、いつ見ても凄いし。惜しい。これが二次元の住民だったらいまごろカンナの抱き枕カバーが家に10枚はあっただろうし、おっぱいの部分だけ微妙にフヤけているに違いない。なぜフヤけるかって? 言わせんな恥ずかしい。
「可愛い……。あたしが……」
「ああ、可愛いよ。それは保証する」
だから俺のことなんか、すぐに忘れられるさ。
そう言おうとした。だが、俺がセリフを言う前に、
「やったら、まだあたし、チャンスあるってことよね?」
「え」
斜め上の反応だった。
カンナは、なにかを決意したように、キリッとした面持ちで、俺に顔を近付けてきた。
「ねえ、そうやろ? あたしのこと、可愛いって思うんやろ? やったら、あたし――まだあんたのこと、諦めんっ!」
「な、な、な、なんだと!?」
「あたし、あたし、二次元の世界に宣戦布告しちゃる!」
「なに、なに、なに、なに――」
「山田くんを、あたしのほうに、振り向かせてみせるけん! あたし、あたし――」
と、そこでカンナは、俺に人差し指を、ビシィッ! と――
さながら『お前が犯人だ!』とミステリーアニメの探偵役がクライマックスで告げるがごとく突きつけながら、なおかつ赤面しまくりながら、吼えたのだ。
「必ずあんたの一番になれるごと、ちかっぱ頑張るけん!」
キーンコーンカーンコーン……。
チャイムが鳴り響き、昼休みが終わる。
ちかっぱ、という博多弁が『とても』という意味なことを知ったのは、次の授業中にこっそり携帯で調べてからのことだった。
なお、教室に戻ってからの彼女は、いつものツンツンぶりが微妙に消えて、ときどき俺にチラリチラリと熱っぽい視線を送ってきていた。
それを見て、クラス中はまた妙にざわつき、佐藤は魂が抜けたみたいな顔となったが、とりあえず俺は『アニキ、裏切ったッスね……?』みたいな目を向けてくる甲賀に、どう説明をするべきか、真剣に悩んでいた。
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