第16話 初めてだったから慣れなかったけど、いろんなプレイができたから
カンナが、ギャルゲーと共に駅に去っていった直後。
「……う~ん、すみません。見たような覚えは確かにあるんですが、よく思い出せないんです。なんだったかなぁ……」
「スマホで検索してみるか」
俺は『蜂楽屋』というキーワードで検索してみた。
すると出てきたのは、
「あ、回転焼きですね、これ」
そう、あんこがたっぷり詰まっているであろう茶色の焼き和菓子が、スマホの液晶に登場したのである。
俺のスマホを覗き込んでいたあかりちゃんもその景色を見てポツリと言ったのだが――回転焼き?
「いや、今川焼きだろ?」
「回転焼きですよ、なにを言っているんですか、先輩」
「今川焼きだって!」
「回転焼きですっ」
あかりちゃんにしては珍しく自己主張してくる。
回転焼きなんて初めて聞いたぞ。
これは今川焼きだろ……常識的に考えて……。
「あ、でもちょっと待ってください。これ、地域によって確か呼び名が違うんですよ。場所によって今川焼きだったり回転焼きだったり呼ばれ方が別々だったような……」
「そういえば、小学校のころの同級生が大判焼きとか御座候とか言っていたような――」
と言って、俺は盛大に話がズレていることに気が付いた。
和菓子の名前はどうでもいいのだ。今川焼きだと思うけど。
とにかくスマホに出てきた和菓子屋は、よく調べると福岡の饅頭屋であった。
「これは絶対関係ねえな」
いつかカンナが言っていたもんな。
似たような苗字の饅頭屋が福岡にある、って……。
つまりカンナとは関係ないわけだ、この店は。でも美味そうだから、いちおうブクマしとこ。
「すみません、先輩。話をふるだけふって、思い出せないなんて」
「いや、いいよ。よくあることだもんな」
「カンナさんに尋ねてみたらどうです? 家族や親せきがテレビに出たことがあるかどうか、みたいに」
確かに聞いたら、教えてくれると思うけれど。
だが俺は、首を振った。
「いや、いいよ。……あの子がなにも言わないってことは、秘密にしたいと思っているか、どうでもいいと思っているからだろうし」
どんなやつにでも、話したくないこととかあるしな。
「そもそも珍しい苗字ってだけで、あかりちゃんの知ってる『蜂楽屋』とカンナは無関係の可能性も高いしね」
「……そう言われたら、そうですね。……でも……カンナさん、やっぱりちょっと、お金持ちかな、とは思います」
「ん? ああ……『スクメモ』だけじゃなくて、ゲーム機まで買いやがったからなあ」
まさかプレイした初日に、ゲーム機ごと買うとは思わなかったよ。
5万円もサッと出したしな。高校1年生が持ち歩いている金額じゃねえぞ。
「うちとしては売り上げが増えてよかったですけれど。先輩、良いお客さんを連れてきてくださって、ありがとうございます」
「はは、確かに売れたのはよかったよな」
「そのお礼というわけじゃないですけれど……その、先輩」
あかりちゃんは、そこでちょっと上目遣いになった。
「う、うちで夕食、食べていきませんか? わたし、今夜のごはん係で――今日は、お父さんもお母さんも遅くなるんで、ひとりで食べるの寂しいから……」
ちょっと、もじもじしている。
「どう、ですか?」
どうもなにも、断る理由はない。
「食費も浮くし、そりゃ助かるよ。じゃ、いただくとするかな」
「……! は、はいっ! ありがとうございます! ……やった……!」
あかりちゃんは、小さくガッツポーズをとっているが、ありがとうはこっちのセリフだよな。
言われてみれば腹も減った。今川焼きの画像なんか見ちゃったから、なおさらだ。とりあえずは腹ごしらえといこうか。
「しかしカンナのやつ、いまごろ家でゲームをして遊んでるんかなあ」
「まだ帰宅してないと思いますよ。でも、帰ったらするでしょうね」
「速攻でバッドエンドになってたりしてな。ははは」
まあ、オタクとしては少しでもゲームを布教できた喜びもある。
明日、感想を聞くのがちょっと楽しみだぜ。ふひひ。
で、翌日である。
教室に入った俺は、微妙にザワついている室内に気が付いた。
その理由も、すぐに分かった。
「くかー。すぴー。くおーくおーくおー」
寝ていた。
カンナは。
机の上に、腕でまくらを作って。
爆睡である。スキだらけじゃないか。ど、どうしたお前……!?
「あ、アニキ。おはよッス。……あの、ツンツン姫、いったいどうしたんスか?」
始業前とはいえ、カンナが教室で眠っていることなんて、かつてなかったことなので、甲賀は驚愕しまくって俺に尋ねてきたのだ。いや、他の生徒も少々驚いていた。一部の女子など「姫、どうしたの?」「体調でも悪いのかな」なんて心配そうに言っていたが――
俺には分かる。
こいつ、ゲームで徹夜したな!?
「むにゃむにゃ……。スクメモ……。1日中遊んでも、遊びきれな~い……、一家の楽園~……むにゃむにゃ……」
あかん。
意味不明なことを口走っている。
幸い、いまの彼女の寝言を聞いたのは俺だけのようだが、このままではカンナはやらかしてしまいそうだ。そんな予感があった。
「お、おいカンナ、起きろ。意味不明なこと口走ってるぞ」
俺はカンナに接近して、ヒソヒソ声でしゃべりかける。
「ふわ? ……ああ……ふお……ここ、学校……?」
「ああ、そうだ。登校したのも忘れてるのか? しっかりしろ。博多弁がみんなにバレるぞ」
「ああ、うん……」
カンナは、寝ぼけ眼をこすりながら、なんとか目を覚ました。
そしていつもの『ツンツン姫』モードに――なったと思ったが、
「山田くん、ゆうべはありがとう。初めてだったから慣れなかったけど、いろんなプレイができたから。あれ、すごく良かったよ……? おかげで寝不足なんだから……」
半分まだ眠っているのか。
口調こそクールで博多弁など
しかし、かつて教室では見せたことないほどの長ゼリフで、分かるやつにだけ分かるような、おそろしいことを口走られた。嘘は言っていない。なにもいつわりは告げられていないが、だけどさ、そういうセリフはさぁ――
ざわ……!!!!!!!!
「ひぃっ!?」
教室中が、悪意と憎悪と嫉妬の空気に満ちあふれた。
殺す。ころす。コロス。
男子生徒たちからの圧倒的な敵意。
と同時に(まさかあのメガネが)的な信じがたいという気持ちが、室内に渦を巻いている。カースト底辺のオタクのくせに、どうして、という眼差しだった。
「メガネ……メガネに……越された……だと……? ありえねえ……ふざけんな……」
佐藤など完全に闇堕ちした顔をしている。
憎しみでひとが殺せる
「ち、違うからな、みんな。これにはちゃんと
「あんたをアニキと慕った時代が確かにあった。だがそれももはや今日までだ」
「キャラ変わってるぞお前!? ち、ちょっと、カ――蜂楽屋さん。みんなに誤解されてるんだ。なんとか言ってくれ!」
「むにゃむにゃ……山田くん……むにゃむにゃ……」
「って、また寝始めてるし!」
そのときであった。
「おはよーう。ん? あれ、蜂楽屋はどうしたんだ?」
担任が呑気に入ってきた。
これほどまでにおぞましくなっている室内の空気を読まないとは、このひともなかなかのKYだな。
「体調でも悪いのか? よし、山田、蜂楽屋を保健室に連れていってやれ」
「え、俺――いや、僕がですか!?」
先生が相手なので、一人称を改める俺。
「最近、蜂楽屋と仲がいいだろう。連れてってやれ」
そんな理由かよ。
かなりガバい高校と思っていたが、これほどとはな。
まあ、この教室内の空気から一瞬でも逃れられるのはいいのかな。
なんて思っていた、そのときであった。
「せんせー」
クラスの中にいた女子がひとり、手を挙げた。
「山田くんって男子ですよねー。蜂楽屋さんを連れていくなら、女子がいたほうがいいと思うんですけどー」
その女子生徒によくよく目をやると――
うげっ。こいつかよ。俺は心の中で眉根を寄せた。
言うまでもなく同じクラスの女子で、カースト上位に属するやつだ。
オシャレや流行に敏感なことを示すかのように、ショートの髪を赤く染め上げ、ブレザーのボタンは本来丸っこいのに角張ったものに改造している。
ネクタイはつけずシャツのボタンは第2ボタンまで開きっぱなし。おまけにスカートはクソ短い。
ギャルっぽいつーか、なんつーか。
いつも佐藤みたいなリア充軍団とつるんでいるし。
はっきり言って俺は嫌いなタイプの人間だ。ちくしょう、高校出たら振り込め詐欺の出し子でもやって警察にあっさり捕まりやがれ。
でもこいつがなぜ、カンナを保健室に送るなんて言い出すんだ?
そんなに親切なやつじゃないだろ、この女。たぶん。
「おー、石川か。よし、じゃあ山田と石川、蜂楽屋を保健室に送ってやれ。他の者は、ホームルームをやるぞー」
「ってわけだ。よ、ろ、し、く、ねー★」
ウザい感じにドヤ笑いする石川。
やっぱりこいつムカつくわ。
しかし魂胆はいったいなんだ?
なんでカンナに近付こうとする?
「むにゃむにゃ……ア、サ、デス……なんちゃって……むにゃむにゃむにゃ……」
肝心のカンナはふらふらと立ち上がって、俺の耳元でだけふざけたことを口走る。
こいつ、人の気も知らねえで。もういっそすべてをブチ撒けてやろうか。
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