第17話 まさか山田くんと姫が付き合うなんてありえないよね

「むにゃむにゃむにゃ。しろうさぎ〜……しろうさぁぎ〜……あなたのおめめは、なぜまっか〜……むにゃむにゃ……」


 保健室に連れてこられた博多っ子。

 俺にしか聞こえない小声で寝言をほざきながら、ベッドの上でぐっすりである。気楽なもんだぜ、ほんと。


 なお保健の先生。

 ベッドで爆睡中のカンナをチラッと見て、


「疲れが溜まっているのね、少し寝かせてあげて」


 とだけ言って、用事があるからと職員室に行ってしまった。

 実際ただの睡眠不足なんだけど、ほんと適当だな、この学校の教師は。


 で、問題は――


「んー、やっぱり可愛いねえ、姫は」


 石川暎いしかわえい

 このギャル女だ。

 寝込んでいるカンナの顔を覗き込んでは、ニコニコ笑っている。


「石川さん。あんまり顔近付けると、蜂楽屋さん起きちゃうぜ?」


 そう言って、俺はやんわりと石川をたしなめた。

 こんなのは口実で、実際は顔を近くに持っていかれると、カンナがうっかり寝言で博多弁を漏らすんじゃないかという懸念からそう言ったんだけどな。……ここまでしてカンナをかばう必要もねえ気がするが、まあ一応ね。


「ね、ね、ね。山田くん。ぶっちゃけて聞くけどさ」


 石川は、カンナの顔を覗き込んだまま話しかけてくる。


「な、なんだい?」


「姫とメガネくんって、付き合ってんの?」


「はッ!?」


 俺は意外な質問にギョッとした。

 石川は、ニーッと笑いながら振り向いてくる。

 顔立ちだけ見れば、けっこうな美少女だ。猫を思わせる吊り目が愛らしい。赤毛の下の目鼻立ちもスッとしてるし。メイクさえしてなけりゃな。いや実際なんでJKなのに化粧したがるかね。俺はスッピンでも美少女なのが好き。


 って。

 俺の好みはどうでもよくて。

 石川は、快活な声で問うてくる。


「いやね、じつはクラスの中でめっちゃ話題になってんだよね。最近、姫と山田くん、めっちゃ仲いいじゃん。あいさつとかしてるし、いっしょにランチ食べたりしてるし。あの姫がだよ!? こりゃまさかのまさか、じつはすっごいラブラブなんじゃないか~って噂でさ」


 お、おう。

 そう言われると、まあ噂になるのは当然かもしれんが。

 誰とも会話をしていなかったカンナが、俺にだけは口を利くんだからな。


「で、うちとしては本当のところどうなのか、探りを入れに来たってわけさっ!」


 ……なるほど。

 石川が俺とカンナについてきたのは、それが聞きたかったのか。そういうことか……。


「残念ながら、俺と蜂楽屋さんは付き合っていないよ」


 俺は穏やかに告げた。

 まあこれはいちおう事実だしな。


「蜂楽屋さんとは……ちょっと話をする機会があってさ。勉強のこととかで……。それで最近、ちょっと話をしただけさ」


「へえ~? ……姫が? 山田くんに? ほんとにぃ?」


 石川は疑わしそうに聞いてくる。


「でもさでもさ、今朝なんか姫、すっごいこと口走ってたじゃん? ほら、ゆうべはありがとうとかプレイがどうとか」


「あ、あれは」


 俺は一瞬、口ごもる。

 そ、そういや言ってたな、そんなこと。


「寝ぼけてたんだよ、きっと。そうとしか思えない」


「寝ぼけて、ねえ。そのわりにはわりとハッキリ目を見て言ってた気がするけど」


「寝ぼけてだって!」


 これもまあ事実ではあるが。

 なんか弁明みたいになってしまっているのが辛い。

 くそっ、カンナの博多弁を隠してあげようとしているあまりにこんな目に……!


「だいたい真剣に考えてみてよ。蜂楽屋さんが、俺なんかと付き合うわけないだろ?」


 なんか自分でも悲しくなってくる言い訳である。

 だが、この言い分はけっこうな説得力があったらしい。

 石川は、ほ、という感じで吊り目を大きく見開いて――


「あっはっはっは! そりゃそうだね!」


 馬鹿笑いを始めた。


「まさか山田くんと姫が付き合うなんてありえないよね! ごめんごめん、絶対にありえないこと言っちゃったわ。いや、うちらどうかしてたわ。そうだよねえ。うん、ほんと、なにもかも勉強のこととか、寝ぼけてなんだね。そっちのほうが納得いくわ!」


「は、はは、そうだろ? あはは……」


「あっはっはっは!!」


「ははは――はははは――」


 げらげら笑いと、引きつった笑い。

 ふたつの笑い声が、保健室内に響き渡って――




 ぎゅっ。




 そのときであった。

 寝ているカンナが、ニュッと白い手を伸ばして。

 俺の右手を、つかんできたのだ。……指先はやがて、うねうねといやらしく、もとい怪しくうごめき、俺とカンナの指先は絡み合う――


 いわゆる、恋人繋ぎになった。

 石川は唖然。俺は呆然。カンナは寝たまま。しかし、




「むにゃむにゃ。……山田くん……大好き……」




 カンナは白い頬を染めて、恋する少女丸出しな寝顔と声音でそんなことをつぶやいて――

 じゃなくて! ちょっと待ってちょっと待って、カンナさん!?

 おたく、なにひとの努力を無にするようなことしてくれてんの!?


「……姫……?」


 石川のまなざしは、しっかりと俺とカンナの絡んだ指先に注がれている。あ、ヤバい。これはどんな弁明もきかねえ……!

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