第26話 いまからカンナさんのおうち、行ってみますか?

「なあなあ山田。姫、なんで最近、学校に来ねえの?」


 朝、教室に行くと石川がいきなり尋ねてきた。


「いや、俺に言われてもなあ。こっちが聞きたいくらいだし」


「姫に電話かけたりしねえの?」


「知らないんだよ、カンナの電話番号。そもそもあの子、携帯持ってねえし」


「マジかよー。……んー、ならしょうがねえのかな。でも気になるな」


 石川はそう言いながら、クラスの中のリア充グループの中へと戻っていき「山田知らないってさー」と声をあげた。


 カンナの欠席は、確かにクラスの関心ごとだった。

 それまで毎日登場していたクラスのお姫様が来なくなったんだから、当然といえば当然だ。

 ましてその理由が『病気じゃない』というのなら、なおのことだ。なにがあったのか、そりゃみんな気になるよな。


「アニキ……」


「うおっ!?」


 背後霊みたいなテンションの甲賀が、いつの間にか隣にいた。

 気配まるで感じなかったぞ。スキル暗殺者か!


「アニキ……石川さんとまでしゃべるなんて……どんだけ陽の者になったんスか……。もう昔のアニキはいないんスね。ヒカリの抱き枕カバーのなかに湯たんぽを入れて『ヒカリ、あったかいね』ってほおずりしてたアニキはもう――」


「お前声がでかいよ、声が!」


 教室の中でオタク的キャラとして扱われている俺だが、それでも越えちゃならねえ一線は守りながらオタトークしてんだぞ! まあ湯たんぽヒカリしてたのは事実だけど!


「……ヒカリ、か」


 その名前で思い出す。

 カンナのやつ、あんなにはしゃいで『スクメモ』の攻略本、持ってかえっていたのにな。


 あいつ、なんで学校に来ないんだよ。

 昼メシ、もう今週はずっと学食じゃねえかよ。

 カンナの作ったラーメンやごぼう天うどんの味と香りが、なんだか懐かしかった。




 その日の放課後。

 俺は『ゲームショップ もちづき』に向かった。

 新発売のゲームをチェックしたいのと、もしかしたらカンナがこっちに顔を出していないかなと思ったのだ。まず可能性はゼロだと思っていたが……。


「で、なんで君までついてくるの?」


「いいじゃねえの。うちもバイトの件であかりちゃんのところに話があったし」


 俺の隣には、白い歯を見せた石川がいる。

 気崩したブレザーのポケットに両手を突っ込んで、フラフラとした歩き方だ。


「ね、ね、山田。こうしてると、彼氏と彼女で歩いてるって気、しねえか?」


「女ヤンキーと、舎弟扱いされている哀れないじめられっ子にしか見えないと思うぜ」


「ヒネてんなー。てかそんな言葉がサラッと出てくるあたり、山田さてはそういう願望あるな? 女にコキ使われるドMになりたいとか! へっへっへ……」


「ねえよ! 俺の嗜好は至ってノーマルだ!」


「とか言ってけっこう顔赤えじゃん。まんざらでもないんだろ? ほら、うちの足の裏舐めてみる? 指の間まで舐めて掃除しな?」


「お前声がでかいよ、声が! お前も!」


 みんな思ってること安易に口に出しすぎだろ!

 指の間までとか、むしろそれは石川の願望じゃねえか?


「あっ、山田先輩、石川先輩」


 おっと。

 気が付いたら、『ゲームショップ もちづき』の前に辿り着いていた。

 あかりちゃんが、セーラー服姿で店の前の掃除をしているぞ。


「おっす、あかりちゃん」


「真面目に掃除してるねー、えらいえらい。アメ玉あげよっか?」


「石川先輩、からかわないでください。……あれっ。山田先輩、カンナさんはいないんですか?」


「ん、ちょっとな」


 この反応を見る限り、やっぱりこっちにも顔を出していないか、カンナは。


「しばらく学校を休んでるんだ。なんで欠席してるのか、俺たちも分かんねえ。あかりちゃん、もしかしたら知ってるかなと思って来たんだけれど」


「いえ、わたしのほうには、なにも。あのアキバのとき以来、お会いしていませんし」


「やっぱりそうか、そうだよな」


 カンナがひとりでここに来るはずないか。


「あ、でも先輩。カンナさんといえば」


「うん?」


「少し前に、わたし、蜂楽屋って苗字に覚えがあるって言ったじゃないですか?」


「ああ、そういえば――そんなこと言ってたな」


「そのこと、お父さんに話したら――お父さん、知っていましたよ」


「なに?」


「蜂楽屋さんのこと。……つまり、カンナさんのお父さんのこと」


 あかりちゃんが口にした情報に、俺は思わず何度かまばたきをした。


蜂楽屋大作ほうらくやだいさくさんといって、福岡では有名な会社の社長さんらしいですよ。去年、東京のほうに進出してきたそうです」


「姫って社長の娘だったの? マジで姫だったんだ?」


 石川がすっとんきょうな声をあげる。

 あかりちゃんは、小さくうなずいて、


「で、その蜂楽屋さんは、去年、この町の商工会議所にも顔を出したそうです。そのとき、うちのお父さんともあいさつだけはしたそうで……。去年、お父さん、確かにそんな話をしていました。それでわたし、蜂楽屋って苗字に覚えがあったんですね」


「そういうことか。……カンナ、金持ちだったんだな……」


 そういえば『スクメモ』のソフトも、本体ごと買っていたもんな。

 5万円もいきなり出して。ただの女子高生とは違うと思っていたけどさ。


「あの――カンナさん、ずっと学校を休んでいるんですよね? 事情は分かりませんが……。もし気になるなら、いまからカンナさんのおうち、行ってみますか?」


「うち? ……カンナの自宅? 場所、分かるの? あかりちゃん」


「はい。ここから国道沿いにまっすぐ歩けば着くはずです。それも思い出したんです。去年、お父さんと買い物をしたときに――『あかり、例の蜂楽屋社長の家はここだぞ』って、大きな家を指さしていましたから」


「カンナの家、か……」


 俺はうつむき、若干思案した。

 そして、首を縦に振った。病気でもないのに学校を休むカンナのことが、気がかりだった。


「行ってみよう。カンナに会えたら、しめたもんだ」

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