第9話 一線は超えてません

『いろいろあって蜂楽屋さんとは話すようになった』


『だが二次元を裏切ったわけじゃないから安心しろ』


 授業中、甲賀のSNSに向けてメッセージを送る。

 いくらあいつでも、カンナの博多弁のことは秘密にしておくべきだと思って肝心な部分は触れていないが……。


 そこは仕方ない。

 落ち着いたらすべてを話そう。いつ落ち着くか知らんけど。


 しかし――

 カンナの告白。

 あれはたまげたなあ。


 俺は顔を左に向けて、遠くの席に座っている、カンナの横顔をじっと見つめる。

 綺麗な前髪が、サラサラと揺れている。


 もうこれだけで美人だ。

 美少女はただいるだけでも美少女なのだ。


 ……うん、やっぱ、無理だわな。

 俺と彼女じゃ、住む世界が違うっていうか。

 付き合ってる姿とか想像もできねえし……。


 だいたい、俺には二次元がある。

 ヒカリや優香を裏切ることなんて、俺にはできねえよ。

 彼女たちと、どれだけの時間を共にしてきたと思っているんだ。


 よし。

 決めた。

 カンナの告白は、やっぱりキッチリ断ろう。

 それがいい。さっきはチャイムのせいで、はっきりノーと言えなかったけど、放課後、面と向かって俺の意思を伝えよう。


 そう決めたら、すっきりした。

 なーに、大丈夫。さっきも思ったけど、カンナなら、他にいくらでも彼氏とか見つけられるさ。あのサッカークソ野郎の佐藤みたいなやつには、できたら捕まってほしくないけれど――






 そのときであった。






「なんか、とんこつ臭くね?」






 教室中に、ヒソヒソ声が広がっていく。






「あ、だよね。わたしもさっきから思ってた」


「学食のラーメンのにおい? でもうちのラーメン、しょうゆ味だし」


「誰か昼休みに、家庭科室でラーメン作って食ったんじゃね?」


「おいおい、学校でラーメン作る馬鹿がどこにいるんだよ!」


 ぎゃははは、とリア充軍団が笑いまくる。

 クラス中が、それに釣られて笑った。甲賀でさえ笑っていた。

 授業中だぞ静かにしろー、と教師が注意するが、笑いはなかなか収まらなかった。


 ……そんな中。

 ひとりだけ笑っていない生徒がいた。


 言わずもがな、カンナである。

 眉一つ動かさず、口元も歪めず。

 それはいつもの『ツンツン姫』の姿なので、他のみんなは気付いていなかったが――俺には分かった。


「(ガタガタガタガタガタ)」


 おいおいおいおい。

 カンナのやつ、いまめっちゃ震えてるぞ。

 机と椅子が小刻みに揺れてる。危ない、危ない、危ない。

 プルプルしてる。顔もちょっと赤くなってる。あ、ほんのり涙目にまでなってやがる。


 とんこつラーメンを食ったことがバレたらヤバい、と思っている顔だ。

 そりゃそうだ。学校でフクロ麺を調理して食ったとかバレた日には、先生から怒られるだけでなく教室内で爆笑の対象になること確定である。てか、いまのカンナのカバンの中、鍋とか器が入ってるんじゃないか? あれいま持ち物検査されたらそれですべてはジ・エンドだな。


「やっぱ、もうしばらくは一緒にいるか……」


 小さな声で独りごちた。

 いや、だって、放っておけないだろ、あれ。

 うっかりしたら、クラスカースト最底辺まで落ちていきそうな危うさがカンナにはある。それはさすがに気の毒だしな。

 好きとか付き合うとかそのへんはともかく、友達として一緒にいることにしよう。……うん、これは浮気じゃない。トモダチ、トモダチ。これはゲスの極みじゃない。一線は超えてません。




 ――必ずあんたの一番になれるごと、ちかっぱ頑張るけん!




 そのときなぜか、さっきの彼女の言葉がフラッシュバックした。

 どうしてだろう。好意を必死に伝えようとしてくる彼女の表情が、まぶたの裏から消えなかった。


 一番なんて。

 なれるわけないじゃん。

 三次元が、俺の一番になんか。……なあ?


 そのときである。

 甲賀から返事が戻ってきた。


『それが世界の選択か……』


 マジメモードのときにオタクネタを振られると、わりとイラッとすることを俺は学んだ。

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